第19話 ほのか、ウイン!

 炎の龍が再びあらわれて、ほのかを取り囲み、うねうねと舞い踊る。

 包囲の輪が狭まって、ほのかの身体が完全に覆い隠された。


 龍が離れると、ほのかの魔道着はすべて燃え散り一糸まとわぬ姿になっていた。


 龍の炎の色が、さらに赤く赤く変化したかと思うと、突然ごうと唸りをあげて、ほのかの柔らかそうな肉体を包み込んだ。

 ぐるぐると、炎の龍はほのかの身体を踊るように這い回り、突然、ぱあっと四散して消えた。


 そこには、真紅の魔道着に身を包んだほのかの姿があった。

 スカーレットフォームと呼ばれる、彼女の強化形態である。


「なんでいちいち服が溶けるんですかあ!」


 強化変身のバンクシーンが終了するや否、顔を赤らめて文句をいうほのか。


 その問いの、答えを述べるは簡単だ。



『お約束だからである』



 はーあ、とため息を吐いたほのかは、まだまだ吐ききれていないようであるが、キリがないと諦めたようで、


「まあ、いいや。……行きますっ!」


 たーん、と跳躍して巨木を軽々楽々と飛び越えていた。

 変身のために身を隠していただけであり、マーカイ獣は木の裏側にいるので、別に飛び越える必要もないのだが。


 それはさておき巨木を飛び越えたほのかは、マーカイ獣の前にすたっと着地。ぴしっとポーズとりながら決め台詞だ。


「パワーアップに勇気も無限。魔法女子ほのかスカーレット! この正義の炎をにゃみに、闇に、びゃっこする、ちみりょ……ちりみょ、えと、ちり、ち、ちみっ……」

「だから、噛みまくるくらいなら無理していうんじゃねえよ!」


 魑魅魍魎をいえず悪戦苦闘しているほのかにイライラしたか、マーカイ獣は怒鳴りながら、振り上げた腕をあらん限りの力で振り下ろした。


 がつっ!

 骨の砕けるような、鈍く不快な音が響いた。


 マーカイ獣ヴェルフの鋼のような爪が、ほのかの顔面に打ち下ろされたのである。


 空間を切り取り消滅させるほどの威力を持った、恐ろしい一撃を、ほのかはついに受けてしまったのである。


 ほのかの顔面に爪を食い込ませたまま、ニヤリ笑みを浮かべるマーカイ獣ヴェルフであるが、その笑みが驚愕に変わるまで一秒もなかった。


「それで、終わりですか?」


 ほのかが、まるでなんともない様子で、口を開いたのである。

 実際、ほのかの顔には傷ひとつ、かすりキズすらも、ついていなかった。


「バ、バカなっ! 俺の、俺の死の爪を受けて、なんともないはずが……」


 ずっず、とマーカイ獣は後ずさる。

 恐怖の形相で。


「終わりなら、今度は、こちらの番です」


 ほのかは、そっと目を閉じ、念じる。

 小さく口を動かし呪文の詠唱。


 いつの間にか、右手にグローブがはめられていた。

 デコボコとしたいびつな形状で、いたるところ機械仕掛けの、大人の頭部なみに巨大なグローブが。


 その得体の知れぬものに本能が危機を察知したか、マーカイ獣は息を飲み、後ろへと跳んだ。


 距離を空けようとしたのだろうが、しかし、その距離は跳躍前と寸分も変わらなかった。ほのかが、その分前進して詰めていたのである。


 光一閃。

 魔法のグローブによる一撃を頬に受けて、その圧倒的な破壊力にマーカイ獣ヴェルフはひとたまりもなく吹き飛ばされていた。


 だが、どこまで飛んで行くのかというくらいの勢いで吹き飛ばされたはずなのに、次の瞬間には、ぐん、と方向が変わって吸い寄せられるようにほのかへと戻っていく。


 吸い寄せられるように、というよりも、実際に吸い寄せられていた。

 パンチの勢いが作り出す真空によって。


「お、俺と似たような技でっ」

「お返しですう」


 ぶん、ぶん、右手のグローブが唸りをあげるたびに、マーカイ獣ヴェルフの身体がぐんぐん引っ張られて、あっという間に二人の距離は目と鼻の先。

「くそおおお!」


 空中で、体制不利ながらもマーカイ獣ヴェルフが爪を振り上げた瞬間である。


 ほのかの、天に穴を穿つような燃える炎のアッパーカットが、マーカイ獣の身体を捉えていた。


「ぐあああああ!」


 地獄の業火に全身を焼かれながら、

 断末魔の絶叫をあげながら、

 火山の爆発のように噴き上がりながら、

 マーカイ獣ヴェルフの肉体は、ぼろぼろと崩れて空気に溶けていった。


 それを見上げていたほのかは、戦いが終わったことを確信すると、グローブをはめたままの巨大な手を高く掲げて、



「ほのか、ウイン!」



 にっこり笑って自画自賛の勝利ポーズを決めた。

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