第18話 燃え上がる、ほのかな炎
ほとんど同じタイミングであった。
マーカイ獣ヴェルフが咆哮を上げながら走り出すのと、ほのかが意を決した表情で走り出すのは。
「ファイアリーロッド!」
走りながら叫ぶほのかの右手に、鼓笛隊のバトンのような、きらびやかに装飾された棒状の物体が握られていた。
魔法女子の基本装備である、ファイアリーロッドだ。ほのかの一声で、いつでも思念を実体化させて取り出すことが出来るのである。
ぎゅっと握りしめ、走り続ける。
風を切って走る二人の距離は、一瞬にして密着するほどに接近していた。
ぶん、と爪が唸りをあげる。
ほのかは、身体をひねって紙一重でかわしながら、ファイアリーロッドの先端でマーカイ獣の腹部をついた。
どおん、と爆発し、二人の姿は真っ赤な爆炎に包まれた。
マーカイ獣は後ろへ吹っ飛ばされ、技を放ったほのかも自らの爆風によって地面に身体を叩きつけられた。
ゆっくりと、注意深く、ほのかは起き上がる。
ふわふわと、ニャーケトルが近付いてくる。
「効果、あったのか……」
「分かりません」
というほのかの顔に、驚きの表情が浮かんでいた。
もうもうとした煙が晴れると、そこにはマーカイ獣ヴェルフが、平然とした顔で立っていたのである。
「蚊にさされた方が、よっぽど効くぜえ」
余裕そうな口調に、表情。
強がりなどではなく、確かにまったく効いていない様子であった。
マーカイ獣は、言葉を続ける。
「だけどよ、お前さあ……すっトロそうな顔してるくせに、さっきからチョロチョロと動きやがって、あったまくんだよなあ!」
吠えた。
空間どころか時をも揺るがすような、凄まじい吠え方であった。
どむ!
一瞬にして、マーカイ獣の上半身が大きく膨らんでいた。ただでさえ凄まじい筋肉量であったのが、数倍に増していた。
ほのかは、ひいーーっと情けない声を上げ、おどおどした表情で後ずさった。
「や、やっぱり逃げてもいいですかっ?」
涙目で、ニャーケトルに尋ねる。
「いいわけねーだろ!」
「だだ、だって、なんだかっ、だってだってっ」
筋肉の塊になったマーカイ獣を指差しながら、必死になにか訴えようとしている。あんな怪物に勝てるわけない、ということだろう。
だが、その指差す先に、マーカイ獣の姿はなかった。
消えていた。
そして、上空でなにかが風を切った。
「くたばりやがれえっ!」
情けなく怯えているほのかを、頭上から、マーカイ獣ヴェルフのさらに凶悪さを増した爪がぶぶんと唸りをあげて襲った。
紙一重、なんとかかわすが、そこへマーカイ獣ヴェルフの、着地ざまの一撃。
それすらも、とんとつま先で地面を蹴ってかろうじてかわすほのかであったが、だが、攻撃の勢いはあまりにも凄まじく、風圧によって吹き飛ばされていた。
「ぐっ」
大木に、背中を打ち付けた。
バキバキと音がして、大木は見るも簡単にへし折れ倒れた。
それだけの攻撃を受けたというのに、ほのかは痛みに顔をしかめつつも、すぐに立ち上がり、きっ、と前を向いた。
マーカイ獣ヴェルフが残忍そうな笑みを浮かべ、獲物を仕留めるべく雄叫びあげながら身体を突っ込ませてくる。
ほのかは、距離を取って体制を立て直すべく、大きな跳躍で後方へ下がった。
しかし……
「逃さねえ!」
ぶぶんっ、
ぶぶんっ!
「え、え……」
ほのかの目が、驚きに見開かれる。
マーカイ獣が腕を振るたびに、ほのかの身体が、胸ぐらを掴まれ引っ張られているかのように、引き寄せられていく。
「なにやってんだ、ほのか!」
ニャーケトルの叫び声。
「吸い寄せられるんです!」
「俺は本気を出せば、このように空間そのものを切り取り、消滅させることが出来るんだよ! お前も空間ごと存在自体を切り取ってやるよ、魔法女子ほのか!」
喜悦の叫び声、その破壊的壊滅的な攻撃から逃れようと、必死の跳躍を試みるほのかであるが、下がった距離の分以上に空間を切り取られてしまい、二人の間はだんだんと近づいていく。
あとわずか数メートルというところで、
「武器っ、武器を作れっ!」
思い出したように、ニャーケトルが叫んだ。
「そ、そうでしたっ!」
ほのかは必死に抗いながらも、目を閉じて、なんとか集中。念じ、右手に握ったファイアリーロッドを天へと掲げた。
ごう、と炎の龍が宙をうねり、消えたかと思うと、すーっとなにかが落ちてきた。
思念を具現化させて、無から武器を生み出す。前回の敵であるマーカイ獣ゾコルピオンとの激闘によって引き出された、ほのかの魔法女子としての新たな力だ。
ほのかはファイアリーロッドを心の中に戻して、代わりに落ちてきた新たな武器を掴んだ。……のであるが、
「にゃんだ、そりゃあ!」
ニャーケトルの、なんともいえない間抜けな声。
「え、ええっ! ああっ、これピコタンハンマーだっ!」
真っ赤な、合成樹脂製で柔らかい、叩くと中の笛でピコッと音が出る。ほのかが手にしていたのは、そんな幼児用の玩具であった。
「ひょっとしてえ……」
ぽわわわん、とほのかの回想シーン。
デパートの玩具売り場で、幼児と一緒になって玩具を振り回して遊んでいるところ。
『つ、次っ、次はあ、私がシャラシャラの役ですう。いきますよー、ひっさーつピコタンハンマーーっ!』
回想シーンの画面にヒビが入り、ガラスのようにバリンと割れ、
「んな幼稚なことばっかりしてっから、そんなもんが出来ちまうんだよ!」
激怒した表情のニャーケトルが、割れたガラスから顔を出した。
「そ、そんなこといわれてもっ!」
「クソの役にも立たねえもん作りやがって」
「でも、なにか隠された力があるかも知れない。ええいっ!」
ピコン。
あと一歩の距離にまで吸い寄せられたほのかの、先制攻撃。ピコタンハンマーで、マーカイ獣ヴェルフの頭を叩いたのだ。
「えいっ!」
もう一回、ピコン。
「お前なあ……」
マーカイ獣ヴェルフ、すっかり呆れ果てたか、ぶんぶん腕を振るうことも忘れて棒立ちであった。
しばし見つめ合う、二人。
の、間に流れる非常に気まずい空気。
沈黙。
その沈黙に、先に耐えられなくなったのは、マーカイ獣の方であった。
「舐めてんのかそれはあ! ふざけてないで、真面目に戦えええ! 俺までバカだと思われるだろうが!」
「ごご、ごめんなさあい。だって、まさかこんな武器が出るなんてえ」
「ごめんだあ? 謝る気持ちがあるなら、まずは誠意を込めて地面に手をついてもらおうか」
「ええーっ! そこまでしなきゃならないことですかあ? じゃあ……ふざけてしまって誠に申し訳ござい……」
渋々ながらも地面に膝をつき、手をつき、頭を下げて土下座をした……ところを、
「バカめ!」
グシ、と後頭部を思い切り踏みつけられ、
「むぎゃ!」
かなり硬い地面なのに、顔面どころか頭部まで完全陥没。
ずぽんっ、と土まみれの汚れた顔を上げたほのかは、ぷるぷる首を振ると、恨めしそうな涙目をマーカイ獣へと向けた。
「ず、ずるい……」
「てめえがバカなだけだーーーっ!」
相棒のあまりの情けなさに、ニャーケトルまで涙目であった。
「デブ猫のいう通りだっ! バカは死ねえ!」
と、マーカイ獣ヴェルフは目の前にひざまずいているほのかへと、ぶんぶんと両手の爪を振り下ろした。
だが、ほのかのいた場所にほのかはいなかった。
空中であった。
ぎりぎりで、大きく跳躍してかわしていたのである。
華麗にトンボを切って、そして着地。
どぼお、
と、不快な音がした。
道の端の排水溝に、たまたま蓋がされていない箇所があり、運悪くそこに思い切り片足を突っ込んでしまったのである。
慌てて足を引き抜くが、ブーツはすっかり汚泥まみれであった。
「さ、さ、さっきから卑怯な攻撃ばっかりっ!」
これで何度目であろうか、ほのかは目に涙を浮かべて、非難轟々マーカイ獣を睨みつけた。
「……単に、お前がバカなだけだろうが。そのデブ猫がいってたこと、聞いてなかったのかよ……」
聞いていなかった。
ただし、デブ猫のいっていたことを、ではない。マーカイ獣のいっていることを、である。
何故ならば、
「私、もう怒っちゃいました……」
そう、ほのかは静かに激怒していたのである。
仁王立つ彼女の後ろに、どおおん、と炎の龍がうねうねとうねる。
ほのかの顔がアップになる。
自分の感情を押さえ込むように、ぼそり、小さく口を開いた。
「ほのかの、ほのかな炎が……いま、激しく燃え上がります!」
どどどおおおん、と炎の龍が待ってましたとばかり激しく暴れうねり狂うが、しかし、ここでほのかは突然のテンションダウン、現実に戻って、
「ちょ、ちょっと待ってて下さいねっ。覗いちゃダメですからねっ! 逃げたりしませんから、私」
と、意表を突かれて唖然としているマーカイ獣へ、ほのかはお願いしながら後ずさり、大きな木の後ろに隠れた。
ここでナレーション、
『要は、これからパワーアップするつもりなのだが、最初の変身と同様に、やはり服がいったん全部溶ける。ほのかは性格は幼児だが、そういうところだけは恥ずかしいのである』
「幼児じゃないもんっ!」
などとまたもやナレーションに文句をつけるほのかであったが、最後にギャーッという悲鳴が繋がって語尾がモンギャーになってしまっていた。
何故にモンギャーと絶叫したかについて説明すると、先ほどからの戦闘による爆音轟音騒ぎを聞きつけたのか、浮浪者たちがわらわら集まっていたのである。
「あっちに行っててくださーい! えい、眠れっ!」
ファイアリーロッドをひゅんと一振り。
魔法で浮浪者のおっさんたちを夢の世界へ送ったほのかは、まだいやしないかと辺りをキョロキョロ確認すると、ふうっと息を吐きいた。
ロッドを持った手を天へと振り上げた。
詠唱。
「ティル、フィル、ローグ。二つの世界を統べる存在よ。我、契約せし者ほのかが願う。悪を滅し、調和を守護する、さらなる力を!」
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