第17話 戦いの中で出会った者は
まるでパワーショベルで掘ったかのように、大きく深く、えぐられていた。
地面が。
マーカイ獣ヴェルフの、鋼のように硬く巨大な爪が、砂場の砂をかくように見るも簡単に切り裂いたのである。
本来こうなるべきは、ほのかの肉体であったが、彼女は間一髪、横っ飛びでかわしていた。
マーカイ獣は、逃した獲物へ向き直ると、地を蹴り風のような速さで跳び、再びほのかを攻撃した。
だが巨大な爪が切り裂くは空気。
単発では終わらず、さらに、ぶん、ぶん、と巨大な爪が襲うが、ほのかは、横へ、後ろへとステップを踏んでなんとかかわし続ける。
大振りの一撃を身を屈めてかわすと、その隙をついて、ひゅん、と大きく後ろへと跳躍して木陰へと身を潜めた。
木陰を使って見えないようにしながら、さらに後ろの木、後ろの木へと跳ぶ。
「くそ! ちょろちょろしやがって! どこ行きやがった!」
地を震わすような叫び声が、公園内の空気を轟かせた。
「だって、動かなかったら切り裂かれちゃうじゃないですかあ。ちょっと様子見です」
生来ののんびり口調で、こそり唇を動かすほのか。
足元、地面に不意に生じた小さな影に、ぴくり肩を震わすと、瞬時に真顔になって空を見上げた。
影、巨大な金属の塊であった。
頭上から落ちてきたそれは、一瞬にしてほのかの視界をすべて塞ぎ、地面へと落ちた。
どおおん、という音とともに、土が爆発したかのように激しく吹き飛んだ。同時に、ぎしゃああ、と金属のひしゃげる、耳を覆いたくなるような不快な音。
間一髪のところで横っ飛びでかわしていなかったら、ほのかの肉体はぐしゃぐしゃに押し潰されていたかも知れない。魔道着が身を守っているとはいえ。
土煙、視界が晴れる。
空から落ちてきた金属の塊は、自動車、タクシーの車体であった。ひっくり返って、屋根が完全に潰れてしまっている。
先ほどから公園脇に一台停車していたが、その車体であろうか。
マーカイ獣が、ほのかのいる場所の見当をつけて、野球ボールのごとく軽々と放り投げた、ということだろう。
青ざめている、ほのかの顔。
ぶるぶると震えている、ほのかの全身。
自分が下敷きになっていたかも知れない、という恐怖のためではない、
それよりも、自分のことよりも、むしろ、
「も、もしも中に人が乗っていたら、どうなっていたと思うんですかああ!」
そう、ほのかの震えは、人の生命を大切に思う優しさからくる怒りのあらわれだったのである。
マーカイ獣の冷血無情っぷりに、憤り、怒鳴り声を張り上げていた。
「お、おい、ほのか!」
ニャーケトルの呼び声に、示す視線に、彼女は屈み込みながらタクシー運転席を覗き込んだ。
「人がいたああああ!!」
ひしゃげた隙間から見える運転席に、ヒゲ面の中年男の姿があったのである。
「だだ、だいじょう……」
「グガーーッ」
気持ちよさそうな大イビキに、ほのかとニャーケトルは仲良く車体に顔面強打。
「あいたあ。なんか気持ちよさそうに寝てるんですけど……って、お父さんじゃないですかああ! なに仕事さぼってるんですかああ!」
そう、タクシーの運転手は、ほのかの父、
「もう、こんな状況になっても眠り続けているなんて、どれだけ鈍いんだか」
「遺伝か」
ニャーケトルがぼそり。
「なにがですか? 私は鈍くなんかないですよ」
「悪い悪い。分かってるよ、本当はウスノロなんだってこと」
「そうですよお。私はウスノロなんですから。……ところでウスノロってなんですかあ?」
などと軽口投げ合いながら、ほのかはタクシーの車体に両手をかけると、
「よいしょ」
華奢そうに見える細い身体の、どこにそんな力があるのか、ひっくり返って逆さまになっていた巨大な金属の塊を、ごろり一回転させて起こしてしまった。
「お仕事を怠けていたこと、お母さんにいいつけた方がいいのかなあ。……それとも、黙っていてあげるかわりに、なんか買ってもらおうかな。……って、それは後の話。それよりも、いまは……」
ほのかは木陰から、舗装路へと出た。
ようやく居場所を探り当てたか、正面からマーカイ獣が歩いてくる。
ばちり火花を飛ばし合う合う二人。
ほのかは、ぎゅっと拳を握った。
『いまはとにかく、マーカイ獣を倒すこと。たまたま悪運の強いお父さんだったからよかったけど、普通の人だったら絶対に大怪我してたよ。……なんだか今回の相手はやたら凶暴そうで怖いけど、でも、だからこそ……』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます