第13話 続・バケツは友達

 青い空。

 山に、

 海に、

 そして学校。

 廊下。

 教室。

 授業を受けている生徒たち。


 いつも落ち着かず騒がしい島田悟であるが、今日は自席でおとなしい。

 なんだか寂しそうな、なんだか落ち込んでいるような、彼の表情である。


 そんな彼の顔を、惚笛ほのかは胸の詰まるような心配そうな顔で見つめていた。

 両手にバケツを持ちながら、廊下の窓から。


 今日もまた遅刻してしまい、廊下に立たされているのだ。


 授業の終了を告げるチャイムの音が鳴り、号令の声。

 教室からぞろぞろがやがやと、男女生徒たちが出てきた。


 高木雄也と、それにくっついて島田悟も。

 悟は先ほどと変わらず、元気のなさそうな表情である。

 雄也は、ほのかの前に立つと、苦笑しながら、


「惚笛え、お前はまあた遅刻してえ。こう続くと、さすがに俺も擁護出来ないぞ。昨日は、宿題だってそんなに出なかったんだし」

「そうなんですけどお、色々と考えることがありましてえ」


 えへへと、ごまかし笑いするほのか。


「ふーん。悟が元気ないなー、とかかあ?」


 という雄也の言葉に、びくりと肩を震わせたのは悟である。

 震わせ、続いてほのかの顔をキッと睨みつけた。


「え、え、違う、私、誰にもなんにもいってませんよ!」


 バケツ両手に、言葉と表情で必死に弁解するほのか。

 雄也は、ははっと笑って、悟の顔を見る。


「早川さんが好き、ってことだろ。誰にいわれなくたって、気付くに決まっている。俺とお前と、知り合って何年経つと思ってんだ」


 その台詞に、疑いの晴れたほのかはほっと胸をなでおろしながら、


「はあ、それじゃあ雄也くんには隠しても仕方ないですね。実はその通りで、昨日、告白しちゃえば、っていったんですけど、私」

「こらあ、惚笛っ! 雄也はああいったけど、俺、まだ認めてなかったじゃんかよ。でもいまのお前の台詞で、なんだか事実確定みたいになっちゃったじゃねーかよ!」

「でも、好きなんだろ」

「でも、好きなんですよね」


 ハモるように、雄也とほのかの口が動く。


「うん」


 つられてしまったのか、開き直ったのか、悟は素直に頷いた。


「惚笛のいう通り、告白しちまえばあ?」

「いや、そ、そ、そ、そんなっ。この前、喧嘩しちゃったし」

「好きだからつい、とかいやいいじゃん」

「でも、あのっ、そのっ、しかしっ、おお、俺なんかっ、チビで不細工で性格悪いし、だから、ふつ不釣り合いでっ」

「そんなことないですよ。悟くんは、ちょっと口は悪いけど、でも本当は純情で、いい人です」


 ほのかはニコリ笑った。


「惚笛。いいやつだな。俺いつもお前のことバカバカいったり、足をかけて転ばせたり、スカートめくったりしてるのに。こっそり宿題のノートを隠したりとか」

「あれ悟くんだったんですかああ!」

「ああっ、最後のは嘘。ノリでいっちゃっただけだ」

「ほんとかなあ」


 ほのか、疑惑の眼差し。


「そんなことより、悟のその話だろ。告白するなら早くしないと、モタモタしてっと誰かに取られちゃうかも知れないぜ」

「そうですよ」


 という二人の言葉に、悟はしばし俯いて考えていたが、やがて、意を決したか、拳をぎゅっと握り、顔を上げた。


「よおし、告白だあっ!」


 握った拳を、高く突き上げた。


「おーーーーっ!」


 雄也とほのかの二人が続く。……いや、三人だ、輪の中に青髪の女子生徒ないきが加わっていたのである。


「都賀、お、お前え、いつの間にいいい!」

「さっきからいたじゃんかよ」


 ないきは、両手を頭の後ろで組むと、ははっと笑った。


「まあいいや、ここまできたら関係ねえ。お前も『悟くん告白応援隊』に入れ。今なら年会費は無料だあ」



『うん。やっぱり悟くんは元気じゃなきゃあ』



 ほのかは嬉しそうに、ニコリ微笑んだ。


「よおっし、今日の放課後に決行だぜーーーーっ!」


 再び腕をぶうんと振り上げる悟。


「おーーっ」


 全力で応援だあ。と、ほのかも元気よく右腕を振り上げた。



 バシャア!


 バケツを持っていることをすっかり忘れていたほのか。

 滝のような水を浴びて、全身水浸しになるのだった。

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