第12話 ほのかの家

 夜空に浮かぶ薄黒い雲の隙間から、三日月が見え隠れしている。


 その遥か下、木々茂る坂道の途中に、ぽつりと建っている一軒家がある。

 こつぶえほのかが、父母と暮らす家である。


 二階の、道路に面している洋室が、ほのかの部屋だ。


「と、いうことがありましてえ」


 ほのかは、パジャマ姿でベッドに腰掛けている。

 ローブをすっぽりかぶった小太り猫である妖精ニャーケトルが、宙にふわふわ浮いて、


「へー」


 ろくに聞いておらず、ほのかの漫画本を読んでいる。

 カバーの絵からして恋愛もの少女漫画のようであるが、どこにそのようなシーンがあるのかニャーケトルは突然「ぎゃはははは!」と大笑い。

 ほのかは無言で、すっと立ち上がった。

 机の上に置いてあるペットの毛づくろい用ブラシを手に取ると、宙に浮くニャーケトルの身体を片手で押さえて、


 バリッザリザリッ!


 肉も裂けよとばかりの力でブラッシング。


「ニャギャーーーーーッ! なにすんだてめえええ!」

「そっちが話をまったく聞いていないからじゃないですかあ!」

「だからって、普通こういうことするかあ? お前、ちょっと性格悪くなったぞ」


 ドタドタドタドタ、階段を慌しく駆け上がってくる音。


「なんかあったんかっ! ほのかあっ!」


 ドアがバンと開いて、ぼさぼさ髪に無精髭の中年男、ほのかの父であるこつぶえへいはちが飛び込んできた。


「やべっ!」


 ニャーケトルは、光の中に溶けるように一瞬にして消えた。


「な、なんでもないですよー」


 手をひらひら、ごまかし笑いをするほのか。


「いや、なんか気色の悪い叫び声が聞こえたぞ。野郎の声だった」

「きき、気のせい気のせい」


 冷や汗たらたら、手のひらぱたぱた。


「そっかあ?」

「それよりもお、いきなり入ってくるのやめて下さあい。着替えているかも知れないじゃないですかあ」

「ガキが着替えてるからなんだってんだよ。まあいいや。もう遅いから、とっとと寝ろや」

「はあい。おやすみなさあい」


 バタン。


 ボン。


 ドアが閉まるのと同時に、ニャーケトルがまた宙に姿を現した。

 ぐっと堪えているように、身体をぷるぷる震わせている。


「あ、あの男ーっ、俺様の声を気持ち悪いだの抜かしやがってえ」

「そんなどうでもいいことより、大きな声を出すのやめて下さい。家族に知られちゃうとこだったじゃないですかあ!」

「大きな声を出させたのは誰だよ! つうか、どうでもいいってなんだ、てめえええ!」


 ドタドタドタドタ、ドタドタドタドタ、

 バタン!


「ほのかあっ!」


 ボンッ。

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