第14話 マーカイ獣、出現!

 晴れた空。

 のどかな町の中。

 商業地と住宅地との間に大きな公園があり、入り口近くに高校制服姿の惚笛ほのかが立っている。


 電信柱に隠れるように半分顔を出して、公園内にある噴水の方へと視線を向けている。

 噴水そばのベンチ前では、島田悟と早川香織が立ったまま向かい合っている。


 ごくり。


 ほのかは唾を飲んだ。



『たまたま。そう、これはたまたまなんです』



 ほのかは公園の様子から目をそらすことなく、しかし気まずそうな顔で、心の中でいいわけを始めた。



『どやどや付いて行ったりとか、こそこそ付いて行ったりとかせずに、ただ遠くから成功を祈るだけにしよう。雄也くんたちとそういう話をしたというのに、まさか神社へアルバイトに向かう途中にたまたま見かけてしまうとは』

『……これから、告白するのかな。それとも、もう告白したのかな。……見ちゃいけないのは分かるけど、つい、つい……。ごめんなさい、悟くん』



 謝りながらもじーっと様子を見ているほのか。

 ずっと見つめ合っているだけの二人であったが、不意に状況が進展、悟が顔を真っ赤にしたまま、早川香織へと一歩踏み出したのである。


「お、お、おっ、おっ」


 なにかいおうとしているようだが、言葉にならずつっかえつっかえになってしまっている。



『きっとこれから告白するんだ。俺はっ、とか、お前がっ、とかいおうとしているんだ。頑張れ、頑張れっ!』



 などとほのかがドキドキしながらも両拳を握って応援している中、ついに悟が言葉を吐き出した。


「おっぱいっ!」


 ゴッ、とほのかは電信柱に顔面を強打し、「あいたっ!」と悲鳴を上げた。

 涙目で鼻をすりすりしながら、心の中で文句をいう。



『なんでですかあ? 私がいよいよ告白するんだとか思ったからですかあ? いつもいつも、いちいちヒネクレたことをしないでいいから、早く告白しちゃってくださあい!』



 なおも鼻をすりすりさせて、見守っていると、島田悟はうろたえるように後ろ頭を掻きながら、


「すまん、いまのは心を落ち着かせるためのギャグだっ。……つうか全然落ち着いてねえけど、まあいいや。そ、それじゃあ、いい、いうぞ、俺の気持ち。お、俺っ、おおおお俺はっ! ……お前のことをっ!」


 悟は真っ赤な顔で、早川香織を見つめた。

 数秒の、沈黙。

 なんとか再び口を開こうとした、その瞬間であった。


「その感情、美味なりっ!」


 穏やかであった公園に、突然吹き荒れる黒い旋風。

 ドロドロしたようなその渦の中から、狼のような、人のような、怪物があらわれた。


 電信柱に隠れて見ていたほのかは、


「マーカイ獣!」


 驚き、叫んでいた。

 悟と香織も、未知の生物の出現に、悲鳴をあげていた。


 特に悟など腰を抜かしているのではないかというほどの狼狽ぶりであったが、

 だが、


 ちらり、と香織の顔を見ると、拳をぎゅっと握り、

 そして、


「早川っ、逃げろっ!」


 叫びながら、香織の身体をどんと突き飛ばしていた。

 悟は身体をぶるぶる震わせながらも彼女を守るように立ち、マーカイ獣と向き合い、睨み付けた。


「騎士気取りか知らんが、俺の狙いは最初からお前だ」


 マーカイ獣の鼻から、ふふっと息が漏れた。


「な、なにをいって……」

「いただくぞ!」


 しゅん、とマーカイ獣は風のような速さで、悟の脇を擦り抜けていた。

 その右手には、青く輝くエネルギーの球体が握られていた。


 ぐ、と悟は苦痛に呻き、よろめいた。


「島田くん!」


 香織が、悟へと駆け寄り心配そうに顔を覗き込んだ。

 彼女の顔が、はっと驚きに変化した。

 悟が、焦点の定まらない、うつろな表情をしていたのである。焦点定まらないどころか、その顔からはどんどん生気が失われ、やがて、


「邪魔」


 ちらり香織を見た瞬間、鬱陶しそうにどんと胸を突き飛ばした。


「はあ。もうすべてがどうでもいいや。バカバカしい。もう、恋なんかしねえ。つうか生きているのも面倒くせえ」


 ぶつぶつ呟きながら、光の消えた目で、ふらふらした足取りで、歩き始めた。


「島田くん、島田くん!」


 香織が前に立ちふさがり、呼び止めようとするが、またどんと突き飛ばされて、よろけ尻もちをついた。

 悟はつまらなそうな顔でふんと鼻を鳴らすと、ふらふらと歩き続ける。


「ぐふふふ。こいつの『純』は、すべてこの中よ」


 マーカイ獣は、手の中にある青い球状のものを、目の前にかざしてみせた。

 突然、黒い風が吹いた。

 黒装束の男が、マーカイ獣の横に立っていた。



「どうだ? マーカイ獣ヴェルフよ」

「は。極上、とまではいきませんが、まずはそこそこのを一つ」


 マーカイ獣ヴェルフ、と呼ばれた怪物は、牙をむき出し笑い、手の中のものを黒装束の男に見せた。


「な、なんなの、あなたたちっ」


 早川香織、恐怖に怯えた表情であったが、悟がさらに何かをされると思ったか、庇うようにマーカイ獣と黒装束の男の前に立った。


「畏怖に満ちた、気持ちのよい視線だ。だが、安心するがいい。今日起こったことはすぐに忘れるだろう。安心して普段の生活に戻り、この小僧のように純な心をその胸に育てるがいい。我らが魔王への、供物とするためにな」

「なにわけの分からないこといってるの。コスプレ変態っ!」


 香織は怯えつつも毅然とした表情を作り、黒装束の男を睨んだ。


「へ、変態ではないっ! 我は極悪帝ヤマーダの副将軍コスゾーノ。貴様、我を愚弄するつもりかあ!」


 怒気満面、香織へと詰め寄る黒装束の男、副将軍コスゾーノ。


 離れたところから、電信柱の陰でその様子を見ていたほのかが、


「たたっ、大変ですう!」


 と、おろおろしていると、


 ぼむ。


 ローブのフードをすっぽりかぶった小太りトラ猫、ニャーケトルがあらわれた。

 ほのかの頭上にふわふわ浮きながら、


「おい、マーカイ獣が出現しそうな気配を感じるぜ!」

「とっくに出現しちゃってますよお! 五分遅いんですよ、いつもいつも! なんの役にも立たない!」

「ち、遅刻ばっかりしてるお前にいわれたかねえよ! 何様だあ!」

「私の遅刻とマーカイ獣とお、なにか関係あるんですかああ!」

「そのすっとろい喋り方やめろ、バーカ!」

「ど、どこっ、どど、どこがとろいんですかああ!」


 聞き捨てならんと涙目で詰め寄るほのか。


「全部だあ。つうかバカか、こんなことやってる場合かよ。逃げられちまうだろ!」

「あ、そそ、そうでしたっ!」


 ほのかは通学カバンを投げ捨てて、公園の中に入り、噴水の方へと全力で走り出した。

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