第08話 宇宙とはなんだ
神社の境内に、七、八人ほどの参拝客。
ぎらぎらと、暑いくらいの陽光が空から降り注いでいるが、この境内は木々の枝葉にほどよく覆い隠されて気持ちよさそうである。
その枝葉の向こう、遥か遠く眼下には青く広がる海が陽光を受けてキラキラと輝いている。
巫女さんの服装だ。
参拝客とすれ違うたびに、丁寧に頭を下げている。
少し離れたところから、若い女性の声。
「五百八十円、お納めください」
社務所で、
らせんは、大きな眼鏡をかけた黄色髪の少女である。ほのかとは、同じ中学出身の友人だ。
掃除しているほのかの前を、お守りを授かった女性が通る。
「ありがとうございました」
軽く頭を下げるほのか。
その女性の、お腹が大きいことに気付き、
『ふえ、赤ちゃん、いるんだあ』
『どうか元気な子が、無事に産まれますように』
などと、頭の中で安産祈願などをしていると、いきなり風が強く吹いた。
巫女装束がばたばたなびいた次の瞬間、
「あああああ!」
ほのかは大きな悲鳴を上げていた。
せっかくかき集めた葉っぱが、くるくる巻き上げられて境内中に散らばってしまったのだ。
ショックにがくりうなだれていると、
「今日もよい天気じゃな」
宮司の
ほのかは会釈しながら、
「いい天気ですけど、そう素直に褒めたくないほどに風が意地悪なんですがあ」
散らばった木の葉を、指差した。
『というか小暮さんがくると、いつも風とか雨とか自然に意地悪をされる気がするんですけどお。小暮さんというか、かるんちゃんがくると、かな。……ということは、近くにいるのかなあ』
と、キョロキョロ見回していると、
「お疲れさん。いやあ秋も近いねえ」
幼い顔、幼い声、の割に妙に落ち着いた口調の、橙髪の少女。
小暮かるん、歳三の孫娘である。
この近くにある中学校の、女子制服を着ている。
境内脇にある自宅に入り巫女装束への着替えを済ませたかるんは、箒を手に取って、ほのかと一緒に掃除を始める。
が、すぐに手を動かすのを休めて、境内をぐるり見回して、ため息を吐いた。
不満そうな顔で、ほのかに向かってボソリ、
「ねえ、ほのかさん、ひょっとしていまきたばかり? 落ち葉が酷すぎなんだけど」
「えーーっ! もう完璧ってくらいだったのに、かるんちゃんのせいで突風が起きて全部飛んじゃったんじゃないですかあ! この前は大雨を降らせてたから、今度も濡れるのかなって覚悟していたら、意表ついて風で飛ばすだなんて酷い!」
苦労の報われなさにか、少し涙目になって抗議をするほのか。
「はあ? わけの分からないことを。人を天候操るモノノケみたいに」
「そっちの方がマシですよ。倒せばいいだけですもん」
「小ネズミくらいのモノノケなら、ほのかさんにも倒せるかもね。無理か」
「も、もう少しくらい大きいのだって倒せますう!」
そんな軽口というか何というかを叩き合って落ち葉かきを続けているうちに、日も暮れかけて参拝客の姿も見えなくなっていた。
二人は、ちょっと休憩とばかり社務所の中へと入った。
社務所とは、要するにお守りを参拝客へ受け渡すところである。
ほのか、かるん、もともと中にいた須内らせん、三人は横座りになった。
となると当然のごとく始まるのが、いつもの雑談タイムである。
「宇宙とはなんだろうか」
小暮かるんが難しそうな顔で、そんな一言を発した。
これが今日の議題のようである。
「う、うちゅう、ですか?」
非日常的なことをいわれて、思わずたじろぐほのか。
隣の須内らせんは、なんともおかしそうに笑顔で、
「昨日は、シロクマはなんで白いのか。で、本日は宇宙とはなんぞや、か。それで、今日はどうしてまたそんなことを」
外した眼鏡のレンズを布で拭き拭き尋ねた。
「べっつに、さしたる意味などはないよ。宇宙という言葉ってさ、量子力学とか光子力とか相対性理論とか、そんな感じの言葉が合ういわゆるSF的なもののようでもあり、しかし哲学そのものでもあるよね。宇宙なんかの存在を知り得るはずのない古代インド人も、独自に宇宙の概念は思い描いていたわけで。日本の、かぐや姫なんかもそうだよね。また、単に言葉として、表現手法として、よく使われるものでもある。恋愛小説や漫画なんかでもさ。そんな宇宙という存在を、ひっくるめて一言でいうとなんなのだろうか。と、ふと思っただけ」
「じゃあ恋愛ってことでいいです」
「ほのかさん、あたしの言葉から適当に抜き出して答えただけでしょ。しかも『じゃあ』とか『ことでいい』とか投げやりだな」
「だあってえ。宇宙があ、とか考えたことないですし」
「かるん、ほのかに難しいこと振るのが間違いだよ。ほんのちょこっとでも難しいと、すーぐキャパオーバーで、頭が爆発しちゃうからなあ。シロクマとか、その前のマカロニの穴の話とかには、妙に食いついていたけど、それらは知識なくても空想だけで適当に語れるものだからね」
須内らせんが、眼鏡をかけ直しながら、ほんわか顔でズバリ痛烈な一言を吐いた。
「ほんのちょこっと難しい程度じゃ爆発なんかしませんよ、分かりませんけどお! ……じゃあ、じゃあ、らせんちゃんは、宇宙ってなんだと思ってるんですかあ。バカな私にも分かるように、説明して下さあい」
「巨大なタコ焼き、かな」
「タコ焼きい?」
脱力したような表情の、かるんとほのか。
「どんどん膨張を続ける大きな風船のようなもの、って聞いたことない? だからって風船とか答えても、まんますぎでしょ? だからちょっとアレンジを加えてみたんだよ」
「ああ、タコ焼きといえばあ、最近駅前に、お店が出来たらしいですねえ」
食べてみたーい、といった、いまにもよだれ垂らしそうな、ほのかの顔。
「ほのかさん、すぐ脱線する」
かるんが、不満そうに腕を組んだ。
「ほのか以前に、かるんの振る話題が、いつも最初から脱線しているんだって。それよりさあ、そのタコ焼き屋さん、美味しかったよね」
「雑談に脱線はないと思うけどなあ。でもまあ、確かにあのタコ焼きはかなり美味しかった」
「えーーーっ! らせんちゃんも、かるんちゃんも、もう行ってるんですかあ? ずるいなあ」
「だって、こんな田舎だもん。新しいお店がオープンしたってだけで、イベントじゃん」
「そうですけどお。……誘ってくれればよかったのにい」
「宿題たっぶり出されちゃったからダメですーとかいってたの、ほのかでしょ。半額セールが最後の日だったから、仕方なくあたしとかるんで行っちゃったよ。行く道で、ないきと出会ったから、三人で食べた」
「は、半額……」
ほのかがショックに呆けた表情で頭をふらふらとさせていると、
「ちわっす!」
元気のよい大声とともに、青髪ポニーテールの少女がやってきた。
家の仕事の手伝いで雑貨配達に訪れた、
華奢そうな身体と裏腹に怪力なのか、重そうな木の箱を楽々と肩に担いでいる。
「なんだあ、また食べ物の話かあ? 昨日は確か、シロクマの肉って食べたら美味しいのかなとか、そんな話していたよな」
「してないよ! 純粋に北極の王者のロマンを語っていただけだよ」
かるんが、ムキになって否定した。
「いや、途中からそんな話になってた気がする。シロクマの肉の味の話に。確か脱線させたのは、ほのか」
「ほのかあ、またお前かあ!」
かるんは、二学年上のほのかを呼び捨てお前呼ばわりしながら、さらにはぎゅうっと首を締め上げた。
「ぐるじ。またっ、て、さっきのわたし犯人じゃなかったじゃないですかあ!」
ほのかは、かるんの首を締め返した。
「なぜ反撃する?」
「こっちの台詞ですう」
本気顔で、ぐいぐい締め合う二人。
「なあ、お前たちって、なんでそう三人集まると、どうでもいい話しかしないの?」
ないきが、あまりのバカなやりとりに、ちょっと引いてしまっている。
「どうでもよくない話って、なんですかあ」
ほのか、首を締めつ締められつつなんとか言葉を絞り出す。
「例えばさあ、進路のこととかあ。恋愛の話とかあ。ええと、あとなんだ、あっそうそう、学校で
「誰それ? ないきさんやほのかさんの通ってる学校の男子?」
かるんの言葉に、ないきは「そ」と頷いた。
「まあ、そりゃあ元気がなくて心配といえば心配ですけどお」
ほのか、ようやく首の締め合いが終わり、げほげほむせながら言葉を発する。
「なんかあったら、高木雄也との仲を取り持ってもらう作戦が台無しになるもんな」
「か、かか、考えたことないですよ! 私はただっ、純粋にクラスメイトとして心配しているだけでえ」
「ま、そういうことにしといてやるよ」
ないきは苦笑した。
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