第05話 ヒーハー!

 まず定夫たちは、今日学校で敦子へと簡単に伝えたことを、あらためて説明した。


 アニメを作ることになった経緯を。

 映像はほぼ完成したものの、声へのこだわりから、制作進行が滞っていたことを。

 女性声優を求めていたこと。演じ分けが出来る器用さを持ち、キャラに愛情を持って演じてくれる、そんな女性声優を。


「器用、というのは自信はありません。でも、そうあるべく日々の練習はしていますし、そこそこは、やれるんじゃないかと思います。キャラへの愛情に関しては、もちろん感じた上で演じたいと思っているので、まずは作品を見せて頂けますか?」


 視聴希望する敦子に、定夫は、作品の背景設定などを簡単に説明した上で、パソコンの動画データを再生した。


 オープニングが始まった。

 歌と、映像。


 続いて本編パートに入ると、一転して無声無音になった。


 主人公の少女の、登校シーン、学校生活。

 アルバイト先の神社で、仲間たちと楽しそうに会話。

 敵が出てきて、主人公、変身。

 戦闘。

 勝利。

 友達らとの場面に戻って、どたばた騒ぎ、笑顔で終幕。

 黒背景の、エンドロール。


 敦子は床に背筋伸ばして正座して、食い入るような真面目な表情で映像を観ていたが、エンドロールが終わって黒い画面になると同時に、ぶるっと肩を震わせた。


 頬を、光るものがつっと伝い落ちた。

 眼鏡レンズの奥、彼女の瞳は、たっぷりの涙が溜まって潤みに潤んでいた。

 伝って濡れる涙を袖で拭ったが、またすぐに次の涙がこぼれ落ちる。


「凄いです、これ」


 そういうと、泣き顔を隠すように下を向き、ふーっと息を吐いた。

 でも、涙を流す恥ずかしさより感情の爆発の方が上回ったか、次の瞬間には顔を上げて、潤みながらも真剣な力強い目で定夫たちを見つめた。


 ぎゅう、っと両の拳を握り締めながら、


「感動しました! こんな、パワーや愛に満ちた作品を、自主制作してしまうだなんて、ほんと凄いです」

「みやっ、そ、そそっ、そんな」


 褒められて、つっかえつっかえ言葉を返す定夫。褒められずともつっかえつっかえであろうが。


 八王子も、ちょっと恥ずかしそうに鼻の頭をかいた。


 トゲリンも、やはりなんとも照れたような笑みを浮かべている。


「これ、何万枚のセルを使ったんですかあ?」

「いいいまろきシェルはちきわないッ!」


 いい、今時セルは使わないッ。

 心の中でだけいちいち訂正する定夫。


「えー、そうなんですか? 知らなかったあ。……え、え、でも、それじゃあ、どうやって描いているんですか?」


 うーむ。

 定夫は思う。

 これは、素でボケているのだろうか、と。アニメ作品自体への知識は、三人を凌駕するほどなのに。素か、狙いか。

 仕方ない、一応簡単に説明しておくか。と、定夫は口を開く。


「せ、せせ、せせっせせっ、セルっ、セルっ、がしっ、がしゅ、がっしゅ、し、しっ、ががっ……」


 簡単に説明しようにも、そもそも言葉出ず。


「セル画はすべてコンピュータ着色になったんだよ。取り込んでパソコンデータにしてから、マウスクリック一発で指定の色を塗るんだ。まあ、それすら過去のものになりつつもあるけど。ちなみにぼくたちのアニメは、全部3Dで作ってから、それを2D化しているんだ」


 人の言葉をさらり奪い取って、すらすら女子へと説明する八王子に、敵意殺意にも似た、ちょっとしたイラつきを覚える定夫であった。


「そうだったんですか! 無知だなあ、あたし」


 敦子は、自分の頭をコツンと叩いた。


「でもこのアニメ、本当にいい出来ですね。まず、絵がとっても丁寧で、綺麗。表情もバリエーションに富んでいるし、それと、指の描き方もしっかりしていて。あたし、中学生の頃に何度か、漫画を描くのにチャレンジしたことあるんです。顔はなんとかごまかせても、指はごまかしがきかないんですよね。開き直って雑に描こうものなら、作品全体の質が下がってしまう」

「そう、そう、そうなのでござる! いやまさか指の苦労を理解してくれるとはぁヒデキカンゲキでござるべし!」


 感極まって、目に涙を滲ませるトゲリンであった。


 アニメそのものは最終的にコンピュータで動かしているとはいえ、データ化するために相当量の絵を描いている。その努力が報われた思いなのだろう。


「漫画の場合は止め絵ですから、顔なんかはついつい得意な角度からばかり描いてしまって、それでもなんとなく作品になってしまったりもしますよね。でも、アニメはそうはいかない。確固としたデッサン技術がないと作れない。そういう意味でも、この絵は凄いです。それだけでなく、お話も楽しそうで。後はこれに音声を入れることで、作品に魂が入る。……この女性キャラたちの声を、あたしが担当すればいいんですね」


 敦子は微笑みながらも力強い真剣なまなざしで、自らの小さな拳をぎゅっと握った。


 その言葉に、

 その仕草に、

 その表情に、

 定夫は、ついに制作段階最終章に入ったのだなあ、としみじみ感じていた。


 感じているうちにだんだんと現実感が増していき、いつしか脂肪だらけの心臓は、どっくんどっくんと激しく高鳴っていた。

 そっと胸を押さえた。むにょんむにょんの、お相撲さんのような胸を。


 音、つまり効果音と、曲、声を入れれば作品は完成する。

 特に大事なのは、声。

 その良し悪しが、全体を左右する大きな要素になる。


 つい数時間前までは、不安いっぱいの定夫であったが、現在の彼にそうした気持ちは微塵もなかった。

 きっと、よい作品になる。

 確信めいた思いがあるばかりであった。


 作品を愛してくれそうな、そんな女性声優を求めていたところ、声優志望でアニメ好きの女子が目の前に現れた。

 これを神の采配といわずに、なんといおう。


 神でないならば、七天から見下ろしている吉崎かなえの霊力か。

 いずれにしても、よい作品にならないはずがない。


 あと少し。

 頑張るぞ。


 やるぞ!

 やるぞおおお!


 ヒーハーッ!

 ヒーッハーッ!

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