第03話 じょじょじょっ!
ここは、
と、これまでに何度このような描写をしてきたであろうか。
だけど今日は、今回は、これまでとちょっと違うのである。
なにがどう違うのか、
とりあえず、話を進めよう。
玄関の扉を開けて家へ入ってきた山田定夫、と、トゲリンたち客人は、なんだか、やたら、とっても、かなり、緊張したような面持ち。要するに表情カチカチ関節ギクシャクであった。
「お、お邪魔するべござーる!」
トゲリンの上擦ったニチョネチャ声が響く。
一同は、靴を脱いで、玄関を上がり、ぞろぞろ階段を登っていく。
山田家の二階には、部屋が二つ。
定夫の部屋と、妹の部屋だ。
行列先頭の定夫が自分の部屋のドアノブを回した、と、その瞬間であった。
妹の
つまりは、兄の客人であるトゲリンたちと遭遇し、目が合ったわけであるが、しかし幸美にはまったく慌てた感じはなかった。
それも当然で、そもそも人間扱いをしていないからである。
兄の定夫、その友人たちのことを。
ブタが、またオタ友どもを連れてきたか、と、普段通りにあざけりの視線をちらりと向ける幸美。
完全に、彼らを下に見た、生物として上に立つ者の表情であった。
侮蔑しきったその視線が、すっと横に動く。
ブタオタ、
ネチョネチョブタオタ、
ガリガリチビオタ、
次の瞬間、幸美の目が驚愕に見開かれていた。
ひっ、と息を飲んだ。
その反応も無理はあるまい。
普段ならば、侮蔑の視線を受けて肩を縮めてぞろぞろ電車ごっこのように兄の部屋に逃げていくのは、三人だけ。「デブ デブ ガリ」「男 男 男」「オタ オタ オタ」「黒縁眼鏡 黒縁眼鏡 無眼鏡」「デカ デカ ガリクソチビ」表現レパートリーなどどうでもいいが、とにかくキモオタ列車三連結である。
ところが、ガリクソチビに続くのは制服を着た女の子ではないか。
幸美の精神を、一体どれほどの驚きが襲ったことであろうか。
ぺったん力なく床にへたり込んでしまったことからも、想像は容易というものであろう。
突然アメリカ軍が日本全土に大空爆をしかけ、主要都市がすべて壊滅してしまった、それに匹敵する、いやそれ以上の衝撃であろう。
「じょっ、じょじょじょじょっ、じょっじょっ女子いいいっ」
どどーん!
どどーん!
幸美の脳内に響いているのはこんな音だろうか。B-25やB-29が投下する爆弾の。
「じょっ、じょっ、じょおっ!」
どどどーん!
もうお分かりとは思うが、女子とは、すなわち
定夫たちと同じ高校に通う、プロ声優になりたいという夢を持つ一年生。
自主制作アニメの女性声優を担当してくれることになり、さっそくきてもらったものである。
「はじめまして。お邪魔してます」
さすがは声優志望といった可愛らしい声に、幸美はさらに驚いたか、へたり込んだままびくびくうっと激しく肩を震わせた。
瞳孔の開きかけたようなとんでもない顔で、
「ブッブッ、ブスでもないっ、太ってもいないっ、異臭オーラも発していない、ぱっと見のごくごく普通な女子があっ。ブッブッ、ブサイクでっ、太っていてっ、気持ち悪い髪型でっ、不潔でっ、ネクラでっ、キモオタなっ、あっ兄貴の部屋にいいいいい。じょっじょじょっ、女子がああ! なんだかいい感じな声の、女子があああああ!」
「つつ、連れてきちゃ悪いのかよ!」
と、文句をいいながらも、実は胸にちょっとした優越感を覚える定夫なのであった。
そう、定夫のぶくぶく肥満した体内には、女子を家に連れてくるということについて、緊張とは別に、妹に対しての優越感が芽生えていたのである。
異性を連れてきたことの一度もない妹に対して。
そこからくる余裕から、じょじょじょって新流行語大賞にならないかな、などとしょうもないことを考えてしまうくらいに、気持ち舞い上がっていた。
まあ、舞い上がるのも無理はないことかも知れない。
だって、生涯そういうことと無縁と思って生きてきたのだから。
周囲も、おそらく誰しもがそう思っていたであろう。
一番そう思い自分を見下してきたのは、妹の幸美。
真性重度のアニメオタクで、しかも激烈猛烈に太っており、不潔で、死ぬまで彼女が出来ないどころか、女性とまともに話も出来ない、どうせ生涯童貞であろう、と思っているに違いない妹に対して、ちょっと自慢げな、痛快な気分にもなるというものだろう。
まあ、なにがどうであれ生涯童貞の可能性は非常に高いということに変わりないわけだが。
さて、廊下でぺたんと座り込んで口をぱくぱくしている幸美をそのままに、定夫たちは部屋に入り、ドアを閉めた。
20××年。九月某日。
築十四年の一軒家。二階の、このレンドル部屋に、初めて家族以外の女性が入ってきた瞬間であった。
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