第05話 二度目の邂逅
次は四時限目。
視聴覚室で英語のヒアリングである。
いつもの面々、
などと述べるとまるで敦子が存在感一番のように感じるかも知れないが、正反対もいいところで彼女は一番目立たない。
この中で最も背が低く埋もれてしまっていることもあるが、なによりほとんど喋らないからだ。
眼鏡、しかも地味な黒縁、ということも要因の一つだろうか。
「そしたら、本田と山崎がぶつかりそうになってさあ」
「えー、仲悪いじゃんあいつら。お金の貸し借りで、親友から一気に憎み合う仲になったとか。で、どうなったの?」
「うん。同じ方向に避けようとして、右、左、右、左、避けて避けて、そのうちチッチッチッチッってお互い舌打ちしながら、で、おんなじタイミングで『真似すんなよ!』」
「友情を再認識するパターンか」
「うーん。でもね、そしたら結局、怒鳴り合い殴り合い蹴り合いの大バトルが始まった」
そういうと橋本香奈は他人事のように、ははと笑った。
いつも通りの、他愛のない雑談である。
いつも通りに、敦子以外の三人で会話を回している。
敦子は、いつもは聞くだけ聞いて相槌頷き担当なのだが、今日は聞いてすらいなかった。
本日発売のコミックス、「誰もいない学級」の内容が気になって仕方なかったから。
いつも目立たないのは喋らないからで、なぜ喋らないのかは、自分に合う話題がないからであるが、今日はいつもと違うそのような理由によって、いつもと同様に目立っていなかった。
目立ってはいないが、心の中ではそわそわせかせか、むずむずむずむず。
早く、放課後がきて欲しい。
早く、本屋に行きたい。
どう話が展開するのか、謎が解明するのか、気になって気になって仕方がない。
気になって仕方ないからこそ、早く知りたいからこそ、これまで雑誌連載の情報が入ってこないよう慎重に行動してきた。
辛い日々だったけど、でもそれも、あと少しだ。
四時限目、そして昼休み、五時限、六時限、そして本屋へ、「誰もいない学級」へ直行だ。
果たして、次元の神は誰なのか、
前巻の終わり方からして、たぶんそれが明かされるのだろう。
普通に考えて、やっぱり由貴かな。
表情の死んでるように見えるコマが多くなっていた彼女だけど、それが画風の変化ではなく、意図的なのだとしたら、たぶん。
しかし、漫画家に付き物である絵柄の自然な変化までをも読者への謎かけに利用してしまうとは、みたあおや先生の発想力にはほんと脱帽する。
読者を楽しませようといういたずら心で一杯なんだろうな。
漫画家と、声優。違いこそあれども、わたしにも同じように、ドキドキやワクワクをみんなに届けられるような、そんな人間になれるのだろうか。
なりたいな。
そんな爽やかな願望を胸に呟きながら、北校舎へと入り、廊下を歩いていると、不意にその目が驚きに見開かれた。
「あーーーーーーーーっ!」
絶叫していた。
「どうした、敦子!」
「日本脳炎かあ?」
「今日も背がちっちゃいぞお!」
香奈たちに囲まれ頭をぐりぐりやられる。
いたたっ!
ち、違う、日本脳炎ではない。
ついに、
ついに、わたしは……
発見したのだ。
遭遇したのだ。
遭遇っ、したのだあああ!
などと興奮気味モノローグを続ける敦子の視線の先にいるのは、
彼らであった。
ぶくぶく肥満したオカッパ頭の男子が二人、挟まれたようにガリガリ男子が一人。
「うわ、イシューズだ」
「最悪!」
「おえーっ」
香奈たちも彼らに気付いたようで、嫌悪感満面の渋い顔になっていた。苦虫を口の中ぎっちり詰め込まれたかのような。
そう、
敦子は久々に、イシューズさんたちと巡り会えたのである。
初めて見かけて以来の、二度目の出会いを果たしたのである。
そのことに敦子は感激、興奮していたのである。
イシューズとは、学校で有名らしい、アニメオタク三人組だ。
敦子が、アニメ仲間がいて羨ましいな、と思っていた三人組だ。
会えただけで感激するくらいなら、彼らのいる教室に行けばいつでも拝むことは出来ただろう。
それでは運命の遭遇にならないから自重していたのであるが、まさかこんな予期せぬタイミングで会えるとは。
まあ、運命の遭遇といっても、恋愛感情とかそういうものでは勿論なく、どちらかといえばレアアイテムゲットという程度の、流れ星を見たという程度の、茶柱が立ったという程度の、そんな感覚であったが。
それにしても、イシューズさんたち、今日はなんの話をしているのだろうか。
気になるなあ。
「ちょっとごめんっ、先に行ってて!」
彼らの背中から視線をそらすことなく、追うように早足で歩き出していた。
「えー、もう時間ないよお!」
須藤留美が大声で呼び止めるが、敦子は振り向かなかった。
聞こえてはいたが、一瞬でも彼らから視線を逸らしたら、もう二度と遭遇しないような気がして。だって彼らは、もしかしたら妖精さんかも知れないのだから。
大丈夫、どんな人たちなのか、どんなこと話しているのか、妖精じゃないのか、ちょっと見てみるだけだから。
もしも授業にちょっと遅れたとしても、
そんなことよりもっ、
と、敦子は三人の背中を早足で追って、三メートルほどの距離にまで近付いた。
三人のうちの、ガリガリ男子が、
「トゲリンさあ、フラボノマジカとか担当した
やった、アニメの話だ! って、まあ当たり前か。
村井修栄さん、わたしの好きなアニメーターだ。
ほのぼの系のキャラデザが得意なんだよ。
フラボノマジカ、好きだったなあ。
「やはり見抜かれていたでござるか。たまたま影響を受けつつあったので、むしろ開き直って、あえてぐっと近づけてみたでござる。以前よく参考にしていた、
まあ、当たり前か。
ん、当たり前……かな?
まあいいや。
「『はにゅかみっ!』のキャラデザを担当するかも知れないって噂を聞いた時は、これは違う、観てはみたいけど、でも、って思ったけどなあ」
「好きだけど違う、ってね」
そうかなあ。
わたしはむしろ、春風さんがやるべきだったと、今でも思っている。
だって、「はにゅかみっ!」って原作が本来アニメ向きじゃないよ。なら春風さんの方が、微妙にマッチしたものが作れたかも知れない。かわりに、あそこまでの人気アニメにはならなかっただろうけど。だから是非とも、春風さんでOVA作って欲しいなあ。
「……は、ルクシュプリルのキャラデザの時だよね。で、そっちが受けたもんだから、『ももいろものみち』も第二部からキャラデザが変わった」
「いや、単に事務所の圧力と聞きましたぞ」
「古くさい絵柄が飽きられてて事務所内でもともと揉めていたのを、強行していただけ。圧力というなら、その、第一部の強行こそ圧力だったんだよ。案の定、不人気だったから、だから第二部から変わったんだよ。契約問題とか圧力じゃないよ」
わたしはそうは思わないぞ。
まったく飽きてないぞ。
国民の総意みたいに、でしょとか決め付けないで欲しいなあ。
圧力とかよく分からないけど、でも、飽きられたからでもないよ。
「さすが八王子、『ももいろものみち』のことだけは、トゲリンより詳しいな」
「関連記事が出てる雑誌、全部買っているからね」
「そうか、拙者の知らぬ、さような問題が制作現場にはあったのでござるな。しかし、第一期と第二期、変わらぬはエンディングの秀逸さでござるな」
うんうん、そうそう、そうなのでござる。
ほんと、いい歌なんだあ。
特に二期のはよか……
「特に二期のはよかったよね」
かぶったあ!
「編曲が最高でござるよ。ニンニン」
うお、本当にニンニンとかいってる!
香奈ちゃんのいってた通りだあ。
つ、次っ、次はっ、やぶさかでないとかっ、とかっ、いいそうっ!
「まあトゲリンと八王子のいう秀逸さは、曲の調べ、に関していうのであれば、おれも同意するにやぶさかではないが」
ほんとにいったああああ!
って、一人で興奮しちゃったよ。バカか、わたしは。
……しかし、やっぱりこの三人は目立つなあ。初めて見たきり全然出会わなかったけど、いざこうして遭遇してしまえば、本当に目立つ。
存在感は、あんまりなさそうなんだけど。日陰が似合いそうな感じで。わたしもだけど。
矛盾してるけど、そう思う。
こうしていつもいつも、熱く楽しそうに、アニメの話なんかしているんだなあ。
いいな。
混ざりたいなあ。
「『ふ、甘いな、なぜ気付かない? 神はすでに死んでいることに』ってとこだよね、確かそれ」
「その通りだが、しかし違うでござる、抑揚がまるで。『神はすでに死んでいることに』でござるよ」
「もっと似てない!」
いやいや、もっともなにも、二人とも抑揚まったくダメでしょ。
ああ、いいたい、わたしもその台詞、いってみたい。ゼフィル様のその台詞、いってみたいっ。
しかしこの人たち、よくここまで自分を開放できるよなあ。
わたしには、無理だ。
生徒行きかう学校の廊下で、ござるとかニンニンとかいいながら大声でアニメキャラの話をするだなんて、とても。
漫画やアニメの話なんて、周囲は誰も興味のない人ばかりというのもあるけど、そうでないとしても、つまりそういう仲間がいたとしても、さすがにここまでは出来ないな、わたし。
声優になりたい一心で、家では必死に練習している。それを家族は知っている。という、それにしたって、恥ずかしいから家族にはなるべく聞かれないようにしているくらいだというのに。
まあ、「アイドリ」を観る時だけは、つい家族みんながいる居間でハイテンションに手を振り回して大声で歌ってしまったりもしちゃいますけどお。
「抑揚といえば、ほのかちゃんのさあ」
出た!
敦子の小さな胸が、どん、と高鳴った。
例の、あれだ。
あの、たぶん自主制作の、たぶんアニメ、の話だ。もしかしたらゲームとか芝居とか他のなにかかも知れないけど。
でも、自主制作という言葉はよく聞くけれど、高校生にそんな技術なんかあるのかな。
漫画の同人誌ならそりゃ描けるだろうけど、それがアニメになるとハードルが一気に数千倍も跳ね上がりそうな気がする。それを作っちゃうだなんて、そんな技術があるのかな。
この人たちがというより、一介の高校生に出来るものなのかな。
仮に、確固たる技術力を持っているとしても、セルを何千枚カラーを何百本と買っていたら、お金だっていくらあっても足りないでしょう。
「うーん」
難しい顔で、小声を発する敦子。
現在でもアニメはセル画の裏を塗って動画作りをしている、と思い込んでいる敦子なのであった。
「あの掛け合いのところ、でござるか?」
「うん。絵そのものは、あのままでとりあえずは問題ないんだけど、抑揚というか、まあその元の台詞がさ、もっとしっくりくるものがあるような気がしてさあ」
「おれたちの声が酷かったせいで、掛け合い自体が最悪だったからな。だからこそ台詞をいじってみれば、というのは分からなくはないけど、でも、だからこそなにも考えが沸かないんだよなあ」
「掛け合い、だからね。だから、ぼくらどうこうではなく、反対に、ほのかちゃんの声がはっきり決まればいいんだよね」
こ、こ、声っ、声の話が出たあっ。
……ごくり。
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