第03話 発声練習
「あーーーーーーーーー」
「あーーーーーーーー」
「ひぇあーーーーーーーーー」
なんだか頼りない情けないみっともない奇声が、騒音の中に溶け消えてゆく。
中央公園にてその奇声を張り上げているのは、定夫、トゲリン、八王子、アニオタ三人組である。
自動車の騒音が声をかき消してくれるのを利用し、こうして大声を出しているわけであるが、それでもやはり近くを歩く人たちが奇異の目を向けて過ぎて行く。
まあ、声など出さずとも、見た目だけでも奇異の目で見られるに充分な彼らではあるが(特に定夫とトゲリン)。
何故ここで声を張り上げているのか。
要は、発声練習のためである。
単なる奇声にしか聞こえずとも、目的としては純然たる発声練習である。
「あーーーーーーーっ」
「あーーーーーーーーーーーー」
「ひぇわーーーーーーー」
では、どうして発声練習などをしているのか。
自主制作アニメの、吹き替えのためだ。
もちろん自分たちで担当可能な部分つまり男性キャラの、である。
女性キャラに関しては、どうするかまだまったく決まっていない。
結局のところ、合成音声を使うのか、誰かに声の依頼をするのか、このどっちかになるのだろうが。
とりあえず現在やれるところをやろう、一つずつ確実にピースを埋めていこう、と、公園にて情けない奇声を……いや、発声練習をしているわけである。
自分たちで声を当てたいと思った理由は、予算削減の意味もあるが、自分たちで作品そのものにより参加したいからという思いが大きい。
特に定夫は、その思いが強い。
トゲリンのように上手な絵など描けないし、八王子のようにアニメ作成ソフトを扱いこなす技量もないからだ。
総監督を任されている身分とはいえ、これまで自分だけ蚊帳の外的な寂しさを感じていた。
でも声ならば、自分だって参加が出来る。
演技はおそらく酷いものだろうけれど、でも、いくら酷かろうとも何度も何度も自分にリテイクを出せば、まぐれで上手に聞こえる声になることだってあるだろう。アニメ視聴で鍛えられた耳で、そうしたまぐれの声だけを拾っていけば、それなりのものに仕上がるはずだ。
生での芝居ではなく、録音なのだ。忍耐力さえあれば、充分に可能なはずだ。
声の仕事を甘くみるつもりは毛頭ないが、しかし、作品作りという意味では、絵を描くことと比べて遥かに参加しやすいのは事実。
そう。声ならば、素人でもなんとかなるのだ。
劇場アニメなど、プロが作る興業作品での素人起用は、客を舐めきった最低最悪の所業だが。
とはいえ、そうした作品に出る素人だって、この「無限リテイク大作戦」を使えば、そこそこよいクオリティの声が録れると思うのだが。なのにどこの映画も、どうして毎度毎度ああも演技が酷いのだろう。
リテイク一回も出していないような、そんな声を何故そのまま採用してしまうのだろう。
宣伝目的なら、タレント起用以外に他にいくらだって方法はあるだろうに。
素人タレントどもも、声の仕事がきても辞退すればいいのに。
そうだよ。アニメ好きを公言して人気取りなんてしなくていいから、アニメが好きなら辞退しろよ。
ゴミカスどもが!
「もっと腹からっ! あーーーーー」
「ああーーーー」
「ひぇあーーーーーーーー」
「トゲリン、さっきから、なんであーーーーがヒヤーーーーになるんだよ!」
「失敬な、なってないでござるよ! ヒヤーーーーーーーー。ほらこの通り」
「あああああ」
「あーーーーーー」
日々ボロクソけなしまくっている俳優やタレントよりも、遥かに遥かに酷い定夫たちであった。
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