第05話 ほのかちゃん(仮)

「変態兄貴に最悪なところを見られてしまったことは忘れて、気を取り直してえ、それでは本日のキャラ10本ノック。今日のお題は『そっ、そんなんじゃないよ』、開始いいっ!」


 さわはなあつは、自室で一人テンション高めて絶叫した。

 まずはキャラを演じる上での定番ともいえる、不良少女で、


「そ、そんなんじゃないよ!」


 次は、キャピキャピ少女で、


「そ、そんなんじゃないよ!」


 というか死語だよな、キャピキャピって。まあいいけど。

 次はとんがり眼鏡の女教師で、


「そ、そんなんじゃないよ! ……アドリブで、ザマスとかいった方がいいのかな。わよ、とか女言葉にした方がいいのかな」


 次、外車専門の整備工で、


「そ、そんなんじゃないよ! ……なんだ、この設定。外車専門って」


 天使、


「そ、そんなんじゃないよ!」


 女神、


「そ、そんなんじゃないよ!」


 モスラ、


「そ、そんなんじゃないモスー。それともザピーナッツを演じろってことなのか? 難しいぞこれは」


 ラモス、


「ジョーダンジャナイヨ!」


 タコ焼き屋の店員、


「そ、そんなんじゃないよ!」


 吸血鬼、


「そ、そんなんじゃないよ! よし、ノック、終了だ。今日のは、なんだかよく分からなかったけど、でも終了だ。はあ、ちかれた」


 十人のキャラを演じきって、すっかりバテバテぜいはあ息を切らせている敦子。

 インターネットに「せいゆうしやしゆぎよう」というサイトがあり、「今日のキャラ10本ノック」はその中にあるコーナーだ。「今日の」の文字通り、お題は日々更新される。


 なお、敦子自身はパソコンを持っていないので、ネット閲覧は、父のノートパソコンを勝手に持ち出して使っている。

 いまも机の上にパソコンは置かれている。


「ちょっと休憩」


 椅子に腰を下ろすと、そのノートパソコンの画面を開いた。

 ブラウザを起動させると、スタートページに設定してある検索ポータルサイトが開いた。

 たどたどしい手つきで、文字を入力。


 今日、学校の廊下ですれちがった、イシューズと呼ばれている三人組のことをふと思い出して、なんとなく調べてみようと思ったのだ。

 あの、自分の聞いたこともない、もしかしたら自主制作かも知れないアニメのことを。


 カショーほのかちゃん、とかいっていたよな。

 タイトル仮称の自主制作アニメで、主人公の名前がほのかちゃんということかな。


 そのまま打ち込んで見つかるとも思わなかったが、とりあえず、その名と、自主制作、というワードを入れ、検索してみた。

 拍子抜けするくらいにあっさりと、それらしきものがヒットした。

 自主制作アニメの掲示板で、「ほのかちゃん(仮)」、という名前が出てきたのである。


 どうやら、かなりの高評価を受けているようだ。もちろん、素人にしては、ということなのだろうが。

 掲示板に書かれている内容からして、その作品というのは、どうやら「オープニング風アニメ」のようだ。


「へえ。それで、そのアニメというのは、どこで見られるのでしょうか……あ、あ、これかな」


 上へ上へと遡っていったところに、リンクを発見した。

 クリックすると、動画プレイヤーが開き、軽快な曲に乗ってのアニメ動画がスタートした。


 中学生だか高校生だか、とにかく学校制服姿の、ぼさぼさ赤毛の女の子が走っている。



  ♪♪♪♪♪♪


 ねえ 知ってた?

 世界は綿菓子よりも甘いってことを

 ねえ 知ってた?

 見ているだけで幸せになれる……


  ♪♪♪♪♪♪



 たぶん、いや、きっとこれだ。

 あの三人が、このアニメを作ったんだ。


 かわいいな、この女の子。

 背景もしっかりしている。

 なかなか出来がいいぞ。


「おお、神っ」


 演出に引き込まれて、思わず声を出していた。

 普通の動画は難易度が高いから、ということか、止め絵を横にスライドさせるような動きが多いのであるが、そのような中にも時折キラリ光る、思わず唸ってしまいそうな素晴らしいシーンがある。


 プロに比べて当然劣る技術力を、演出によって、カバーするどころかそれ以上のものにしている。


 キャラもかわいらしい、動きも、カット切り替えの演出もしっかりしている。

 歌も、プロみたい。


 ほんと、秀逸な作品だ。

 三人だけで作ったのかな、これ。

 それとも、仲間がいるのかな。


 学校での、あの話しぶりから考えて、現在はこの作品のお話の部分を作っている、ということなのかな。


 いやあ、凄いのを発見しちゃったぞ。


 感慨深げに腕を組んだ敦子は、ふと机上の時計を見て、びくり肩を震わせ立ち上がった。


「いっけない、もう半になっちゃうよ! はじまっちゃう!」


 現在、二十二時二十八分。

 慌ててノートパソコンを閉じると、どたどた音がするのも構わず全速力で一階へとかけ降りた。

 居間へ入ると、父がソファに座ってゴルフレッスン番組を見ていたが、


「あたし見るっていってたでしょ!」


 と、金切り声を張り上げながらテーブルのリモコンを手に取り、九番ボタンを連打。

 連打の意味などない気もするが、ゴム製ボタンだとどうにも反応が鈍い感じがしてしまい、焦るとついついやってしまう。


「はじまたっ!」


 ちょうど、そのアニメが始まったところであった。

 まずはオープニング曲。ずらり揃った女性アイドルたちが、曲に合わせて華麗なダンスを見せている。


 アイドリの愛称でおなじみの、「アイドルドリーム」。正確にはその第二期である、「アイドルドリーム きらり」である。


 自室に小さなテレビはあるが、それではアイドルの華やかな世界が伝わらない。敦子はこの作品をリアルタイムで観る時は、必ず居間の46型液晶テレビで、と決めているのだ。その上でさらに自室でもう一回観るのである。


「サンサンサン、サンシャイン、ウッ、キーラキラ!」


 父、母、兄がなんとも複雑な表情でじーーっと見ているのも構わず、主題歌を主人公のくもたちと一緒に歌い、叫び、踊る敦子であった。

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