第04話 あたしの夢
あっはっはっはっ
はははははーっはっはっはっはーっ
はっはっはっはっ
あははは
はっはっはっはっはっ
はっはっはっはっはっ
はっはっはっはっはっ
たりらりらり……っと、いけない、普通の声を出しちゃったよ、もう。
あっはっはっはっ
はははは……
ぬいぐるみなどメルヘンチックなものに囲まれた、敦子の自室である。
ここでいまなにをしているのか。
腹式呼吸での、発声練習である。
ピアノの音頭で、ボロリンはっはっはっはっはっボロリン♪ と、音階を上げていく有名なボイストレーニングがある。
以前は真面目にそれをやっていたのだが、毎日一人でとなるとどうにも味気なく、継続させるには楽しい方がよかろうということで、もっぱら最近は敦子アレンジだ。お題曲を決めておき、それを使って腹式の発声練習をするのである。
いまのは、今週のお題曲。日本で一番売れているRPGの、宮廷BGMだ。
ここでなにをしているのかは、この説明で分かっていただけたであろうが、ではそもそも何故、発声練習などをしているのか。
それは、夢のためである。
彼女の夢は、プロの声優になることなのである。
声優、
敦子にとってこれほどに甘美な響きを持つ職業名は他にない。
英雄とか、精霊とか、なんだか魅惑的幻想的響きの言葉があるが、その二つを混ぜた発音の言葉なのだ。いいとこ取り、より魅惑的に決まっている。
言葉の響きだけでなく、仕事内容を考えても、これほど素敵な仕事はないではないか。
だって、自分ではない色々な人物になることが出来るのだから。
実写ドラマの吹き替えも、舞台の仕事も、大切な素晴らしい仕事だろうけど、最高なのはやはりアニメの声だ。
ドラマなどはやはり現実という縛りから逃れることの出来ない部分があるが、アニメならばそのような束縛から完全に解き放たれて、完全にそのキャラそのものに成りきれる。
そうした点において、アニメに勝るメディアは現在のところ存在しないのではないか。
まさに真のRPGといって過言でない。
そのようなことを仕事に出来るというだけでも、語り尽くせぬくらいに夢が広がるというのに、さらにプロであるからにはファンがいて、交流がある。
ファンクラブを作ったり、サイン会、トークショーを開いたり。
歌を出したりなんかして。
実績を積んで知名度を上げれば、仕事の幅も広がるだろう。
バラエティ番組に出てみたり、
ナレーションの仕事なんかも楽しそうだ。
動物ものとか、子供のお使いものとか。
ほんと、ただ目指しているというだけで、ドキドキワクワクがとまらない。
もちろんそういう世界に入ったら入ったで、厳しいことも腐るほどたくさんあるのだろう。
リテイク百回食らって、でも監督はなにが悪いのか全然教えてくれない、とか。
もしくは、新人でいきなり注目を浴びたわたしに嫉妬した先輩たちからの壮絶なイジメとか。
でも、なにがあろうとも、絶対に耐えてみせる。
どんなに辛いことだって、喜びに変えてみせる。
声優になれないことにはどうしようもなく、なれるかどうかは分からないのだけど。
でも、なれるという可能性を高めていくことは出来る。
そのために、いま出来ることを頑張るだけだ。
一人でひたすらトレーニングを積むことだけだ。
高校を卒業したら養成所に通わせてもらうつもりだけど、いま出来ることはそれしかないのだから。学校に演劇部もないし。
と、内面に闘志めらめら燃やしながら発声練習を終えた敦子は、次のトレーニングのため机に置いてあった一人芝居用の台本とICレコーダーを手に取った。
録音スタートさせると、台本に書かれている台詞を、感情を込めて読み始めた。
「金子、
お前は、本当に先生たちに迷惑をかけ続けたやつだったよ。
人の弁当は勝手に食べる、女子のスカートはめくる、レンガが積まれてりゃ崩す、せこいことばっかりやっていたな。
でもな、金子、覚えているか。
修学旅行で、他校と喧嘩したこと。
あれ、山田のためだったんだよな。大暴れしたのは。
あいつの……親友のチョンマゲを笑われて、黙ってられなかったんだよな。
友の悔しさを自分の悔しさに感じる、最高に優しいやつなんだよ、お前は。
卒業、おめでとう。
みんなより一足先に社会という荒海に出るお前だけど、きっと頑張りぬけると信じ……」
「この台本、つまんない!」
録音停止。台本を机の上に投げ捨てた。
誰が書いたんだ、これ。
読んでいて、あまりに辛すぎる。
つまらなくて辛すぎる。
つまらなさ神憑り的だ。
途中までとはいえ、せっかく録音したのだし、勉強は勉強だから後で聞いてはみるけれど。
最初から、忍耐力トレーニングと書いていてくれれば、もう少しは続けられたかも知れないのに。
しかしほんと酷い内容のテキストだったな。杜撰もいいところだ。
卒業式、教室で生徒へかける言葉、というような場の映像は容易にイメージ出来るんだけど、感情のイメージがまったく出来ないよ、こんなんじゃ。
……男の先生、という設定なのかな、やっぱり。
勝手にヤ○クミのイメージ持ってやっちゃったけど、違和感甚だしかったのはそのせいだろうか。
演技力不足からきているというのであれば、ただ猛特訓をするだけなんだけど。
「ま、いいや。もうこんな台本二度と使わない。内容を確認してから、印刷してもらえばよかった。違うの探そっと」
とりあえず、本日の台本読み上げによる一人芝居練習は終了!
休憩だ。
なんか飲み物飲んで、それから練習第二部を開始だあっ!
昨日、宮沢賢治の朗読をやり掛けて寝ちゃったから、それからやろう。
「と、その前にトイレっと」
敦子は階段とんとん一階へと降り、トイレへ入った。
ばったんドアを閉じるが、思い直したように、カチャリそろーっと少しだけ開いて、便座に腰を下ろした。
こうして、わざと半分ドアを開けたまま座ってえ、それで、ツンデレ少女カスミちゃんの金切り声でえ、
「ちょ、ちょっとなに見てんのよ!」
「つうか開けてんなよ!」
ちょうど通りかかってしまったばかりに最悪なところに遭遇し、心底げんなり顔の、兄、沢花祐一であった。
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