第04話 CGダンスのEDばかりってどう思いますか

 さて、八王子が帰宅してから、一時間ほどが経過した。


 不意に定夫とトゲリンの携帯電話が振動した。

 八王子からのメールだ。


 「例のモノ、届いてた。早速入れて起動してみた。サンプル置いたから見て」


 という文面であった。

 絵や音楽、ワープロもそうだが、データを作成するソフトには、そのソフトを使ったサンプルデータが付属していることが多い。それを、見て欲しいということである。


 定夫はすぐパソコンを起動すると、三人で共用しているクラウドのフォルダを開いた。つまり、インターネット上に存在して三人がそれぞれ自宅から開くことの出来るデータファイルの物置である。


 フォルダの中に、日付が今日のファイルが一つある。

 これだろう。


 パソコンのハードディスクにそのファイルをコピーし、ダブルクリックで実行した。


 画面全体が真っ黒になり、中央にデッサン人形のような、顔なし木彫り人形の全身が映った。


 いきなりそれが、くねくねと腰をくねらせて踊り始めた。

 アフリカ呪術のような、盆踊りのような、不気味なダンスであった。


「とりあえずは、このようなモノが作れる、というわけでござるな」

「同梱サンプルそのままなのか、八王子アレンジが施されているのか分からんが」


 などと呟いていると、また一通メールが届いた。

 共有フォルダを見ると、また一つ、新しいファイルが入っていたので、実行。


 先ほどのものとほぼ同じである。

 ただし今度のは、顔に目鼻パーツが書き込まれている。

 しかも、アニメ絵っぽい少女の顔だ。

 何故か口にヒゲが生えており、なおかつ顔の輪郭も、ボディ全体も、木彫り人形のままであるが。


「テクスチャマッピングの、サンプルを貼り付けてみた。だって」

「ああ、十五年ほど前に某3D対戦格闘ゲームで一躍有名になった技術でござるな」


 立体を計算式で描画するのがポリゴン技術であるが、あまりに構成要素のデータが足りないとダンボール細工のようにカクカク平面になってしまうし、細かく滑らかにしようとするとあまりにも要素データが膨大になってしまう。

 それを解消する技術の一つが、テクスチャマッピング。要は、ポリゴンの面に対して塗装をするのだ。模様や汚れなども表現出来るし、少ないデータ量でもリアルに見える絵を再生可能にするのだ。


「だがしかし……」


 ソフトの仕様なのか、パソコンスペックによる処理落ちなのか、くねくね動くたびに、キャラと背景との間に白がちらつく。


 それと、この絵、気持ち悪い。

 女子の顔なのにヒゲ面だから、など差し引いてもあまりある違和感はなんなのだろう。


「まあでも、本当にアニメみたいではあるな」

「確かに。まあ実際本当にアニメでござるが、しかし本当にアニメみたいでござるな」


 などと語っているうち、またメールが届いた。

 新たなファイルを実行すると、今度は、顔がもっとアニメっぽくなっていた。目が大きくなり、日本アニメ的になった。


 またきた次のファイル。

 今度は呪術のような盆踊りのようなダンスではなく、現代風のダンスになっていた。

 詳しくは分からないが、ヒップホップ系とかなんとか、そういう類のものだ。


 次のファイル。

 口ヒゲがなくなり、完全に女子の顔になった。

 何故ここから取り掛からなかったのか、八王子。


 次のファイル。

 ボディが木製デッサン人形ではなく、いや、ボディはそのままかも知れないが、その上にフリフリのアイドルのような衣装をまとった感じになった。

 ダンスのたびに、スカートが柔らかく揺れている。


 顔の輪郭が木彫り人形のままなのを差し引いても、


「おおおっ」


 定夫とトゲリンに歓喜の雄叫びをあげさせるに充分な映像クオリティであった。


「この服、サンプルにあったモノでござるのかな? かなり日本アニメ的なのに」

 「アニさく」は日本で付けられたタイトルであり、基本的には海外ソフト。なのに日本アニメファン向けのサンプルが、同梱されているものなのだろうか。という、トゲリンの疑問であろう。


「いや、ネットでアニさく用のフリー素材を見つけたので、組み合わせてみた、だって」

「うむ。まるで、最近のテレビアニメで大流行りの、エンディングCGダンスのようでござるな」

「そうだな。でもおれ、あのCGCGしたダンス大嫌いなんだよな」

「奇遇でござるな。拙者もでござる」


 どうでもいいが意見が合った。

 なにが大嫌いか。理由はいくらでもいえる。


 一つには、毎度毎度どのアニメも同じ感じで、もう飽きたということ。

 毎年毎年新作が放映されるシリーズものなど、どの作品も似たり寄ったりなエンディングになってしまって、過去の番組どれがどんなダンスで、など頑張っても思い出せない。


 曲自体も記憶曖昧だ。

 当然だろう。ダンスに合うものということで、どうしても似た曲調になるからだ。


 作り手は、そんな中でも個性を出そうと努力しているのかも知れない。しかし「固定の舞台でひたすらダンス」「ダンスに合ったノリの良い曲」という土台が変わらないものだから、振り付けを変えようとも個性が出ようはずがない。


 エンディングテーマのバラエティ性が、台無しというものである。


 本来、エンディングテーマというのは、作品のその回を締めくくる大切なものなのに。


 明るい。元気。

 楽しいけど、ちょっぴりしんみり。

 大人のムード。


 と、様々であるべきなのに。

 なのにCGダンスでは物語性が生まれない。


 夕日を見ながらどんより沈む主人公が、頭をポンと叩かれて、振り向くと家族が笑っている、とか、

 雨が降っていたが、最後に晴れ上がるとか、


 毎度ノリのよい曲に笑って踊っているだけの映像では、そんなこと出来るはずがない。


 単にCG技術を自画自賛するだけのものになってしまっている。

 そもそもCG技術など、単なる世の中の科学進歩であり、そんなものを自慢するようでは、そのアニメはもう終わりではないか。


 アニメなんざ鉛筆一本あれば描けるぜえーー。

 そんな気概を持つアニメーターはいないのか。


 などと不満をたっぷり抱えつつも、その最もたる作品を、毎日曜の朝にかかさず観ている定夫たちであるが。

 まあ、だからこその不満である。

 よい作品に、なってもらいたいからこそ。


 なお、オープニングやエンディングについて、さらに加えて不満をいうならば、作品の顔ともいえるオープニング映像を、まるまる劇場版の宣伝映像に差し替えるのもやめて頂きたい。宣伝はCMの時間にやれやバカ野郎!


 閑話休題。


「お、次のファイルがきたぞ」


 と、動画を再生する定夫であったが、

 これは、彼らを驚かすに充分なものだった。

 それが売りのソフト、と分かっており、だから購入を決めたというにもかかわらず。


 先ほどの女性アイドルのような3DCGアニメ、これが2D風、つまりはセル画アニメ風になったのである。


「これぞ、アニメ!」


 3DCGアニメが大嫌いな二人は、同時に叫んでいた。


「これは、期待出来るな。ソフト扱う八王子だけでなく、キャラを作るトゲリンも大変と思うけど」

「いやいやいや、これを見せられたら、俄然意欲が沸いたでござる」

「何故か少女の顔に口髭が復活してしまっているのがちょっとアレだが。……わざとやっているのか、八王子は」


 しかし、それすら気にならないクオリティ。

 これは、期待してもいいのでは。


 なお、彼らの考えているアニメ作りの手法や、その考えに至った経緯は、次の通りである。


 アニメ風の絵は描けるトゲリンだが、あくまで漫画やイラスト寄りであり、確固としたデッサン力はない。

 つまり、アニメ原画を描くのは能力的にちょっと厳しい。

 だが、描かなければならない絵がそれほど多くもないのであれば、デッサン力の無さは何度もやり直すことでなんとかなるのではないか。


 ということで、3Dアニメ作成ソフトを使って2Dアニメを作るのはどうか、という案が生まれた。


 まずはトゲリンが、キャラをデザインし、何点もの視点から描く。

 八王子が、それをデータ化する。

 データを元に、3Dアニメを作成する。


 その3Dアニメをトレースするようにして2Dアニメを作ろう、と考えていたところ、たまたま、「アニさく」という2D変換が売りのアニメ作成ソフトを見つけた。このソフトを使うことにより、セル画アニメ風の作品を作ることが出来るというわけだ。


 まだソフト付属のサンプルを見ているだけとはいえ、なかなかよさそうである。


 ブーーッ


「はい」


 定夫は着信に気付き、携帯電話を耳に当てた。


 八王子から、メールではなく電話がかかってきたのである。

 感想を、興奮を、期待を、生の声で聞かせて欲しいということであった。


「いいよ、このソフト。トゲリンも、頑張ってキャラを作るぞって、張り切っちゃってるよ」

「レンドル殿、その電話、拙者に貸してくれい!」


 と、トゲリンは定夫から携帯電話を引ったくった。


「八王子殿! いやはや、ソフトも秀逸なれど、実に訪れる未来におおいな期待を抱けるようなサンプルアレンジ。さすがでござる。……先ほどは、長いラノベタイトルのことで食ってっかってしまい、申し訳ないことをしてしまった。今宵から、さっそくキャラクター創造に取り掛かろうかと考えているが、ソフトの能力、限界を確認しておきたいので、試みに、拙者の共有フォルダ三番に入っているイラストの、二人のうちツインテールの……」


 熱く熱く指示を出すトゲリン。

 キャラを作るため、作品を作るための。

 そんな熱のこもったやりとりを聞きながら、定夫はつい拳をぎゅっと握り締めていた。

 アニメ制作とは、絵に生命の息吹を与えること。

 まさか自分たちが、そのようなことに関わるとは思ってもいなかった。

 果たして、どのような作品が出来上がることになるのだろうか。

 わくわくと希望に胸を膨らませる定夫であった。

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