第05話 キャラが動いた!
それは、ミイラであった。
いや、生きてはいる。かろうじて。
ミイラといって過言でないほどに、げっそりとやつれて、肌もガサガサのカサカサの土気色になっていたのである。
ただでさえガリガリひょろひょろ体型であったのに、それがさらに体重半分ほどになってしまっていた。
骨と皮。
吹けば飛ぶような、とはよく耳にする表現であるが、実際に去年の台風では傘を握り締めたまま十メートル以上の距離を吹き飛ばされた彼である。
もしもいま、あの時ほどの強風が襲ったならば、太平洋を越えてアメリカまで行ってしまうのではないか。
もしくは飛騨山脈や日本海を越えて北朝鮮まで。
ここはおなじみ、
集まったるもおなじみのメンバー、定夫にトゲリン、八王子だ。
出来上がった作品を一緒に視聴しよう、ということで集合したのだ。
ネットで共有しているデータをそれぞれの自宅で観るのではなく、みんなで一緒に、と。
なお完成データは、共有フォルダには入れておらず、八王子がわざわざディスクに焼いて持ってきた。
機密保持のためという名目だが、単に手軽気軽に済ませたくなかったというのが八王子の本心だろう。
なにせ、己の体重の半分を奪った作品なのだから。
彼のその、並々ならぬ思いは定夫にも理解出来る。
だがそれとは別に、果たしてどんな作品が出来上がってきたのか、不安でもあった。
アニメ作成ソフトが届いてすぐに見せてもらった、あの気色の悪いサンプル、「口髭女子のアフリカ呪術ダンス」のイメージが強く残っているからだ。
とはいえ、フリーのアニメ作成ソフトであるスパークを使って、ネット民を唸らせるような高クオリティの作品を作り上げた八王子である。きっと、そこそこどころか、もの凄いものを作ったのだろう。
定夫は、八王子から受け取ったディスクをプレーヤーにセットした。
「八王子、お前が再生ボタン押せよ」
「いやあ、なんか恥ずかしいよ」
「恥ずかしいというならば、描いた絵を動かされる拙者もでござるよ! しからば一緒に。では、各々方」
三人、汗ばむ手でリモコンを持ち、再生ボタンを押した。
テレビのスピーカーから、音楽が流れ出した。
楽曲提供を受け、ネットで依頼した女性歌手に歌ってもらい、スパークで作成したオープニング風アニメに合わせて何度も何度も聞いている、あの曲である。
同時に、画像が映る。
地面のアップから、くるり上回りで、坂の遥か向こうの海が見える風景と、澄み渡った青い空、映像が逆さになって山を、というカメラワーク。
足。
スカートの裾。
ぱたぱたと、誰かが走っている。
背中側から正面へ回り込むように、同時にカメラが軽く引いて、走るその全身が映った。
学校の制服を着た、ぼさぼさ赤毛の女子。
焦っているような表情や走り方から、遅刻しそうなのだろうな、と伺える。
石に躓いて、転んだ。
顔面強打の衝撃から、カラフルな無数の星が出て、そのうち一つにズームアップし、画面全体はオレンジ一色に。
タイトルが出そうなタイミングであるが、音楽が流れるのみであるのは、まだロゴどころか作品名も主人公名も決まっていないためであろう。
場面転換して、神社で巫女装束姿になっている赤毛の女子。
もやもや雲が出て、妄想シーンに。
大皿小皿に囲まれて、高級そうな料理を美味しそうに食べているところ。
海の中を人魚になって泳いでいるところ。
気球に乗って地球をぐるぐる回っているところ。
男の子のシルエットが映り、顔がぐーっと接近、
あとちょっと、
あとちょっとお、
というところで、
目が覚めた。
がっくり。
青い空。眼下に海の見える学校。
教室。
先生に怒られ、立たされ。
校庭。体育の授業。
駆けっこ。
ビリ。
跳び箱。
飛べずに衝突。
どんより落ち込む。
友達に、
囲まれて、
二人、三人、四人。
笑顔の花が咲いた。
幸せに、楽しさに、抑えきれずに走り出す。
石ころに蹴つまずいて、顔面強打。
画像も曲もフェードアウト。
真っ暗。
黒縁眼鏡光らせ、暗くなった画面をなおも見つめ続ける定夫。
彼の胸には、嵐が吹き荒れていた。
感動、という名の嵐が。
パイロット版の、さらにプロモーション用といった程度の、なおかつまだオープニングのみであるが、しかし、自分たちの実力を遥かに超えるようなクオリティのものを作ってしまったというのが紛う方なき事実。
激しい波のように内からガンガン突き上げるこの感動に、涙が出そうであった。
う、う、と隣ではトゲリンが既に泣いていた。
「せ、拙者のっ、拙者の作ったキャラが、動いているっ!」
そもそも絵が動くのがアニメであり、アニメというならば、既に彼らは無料ソフトのスパークを使って作っている。
しかしスパークでは、ソフトの性質上、どうしても止め絵のスライドがメインになってしまう。
ということを踏まえると、トゲリンがこのように感激してしまうのも、まあ無理のないことなのであろう。
「専用の、専用の、ソフトを、使うだけで、拙者、拙者のキャラが、こうも違って見えるものなのか……」
興奮に、トゲリンの眼鏡がカタカタ震えながらズリ上がって行く。
「違う、ソフトどうこうではなく、八王子の熱意の凄さだよ。あと、トゲリンだって、本格的にやろうと決めてから、すごい気迫で絵を描いていたじゃないか。いまならばスパークでも最初に作った時より遥かにいい作品が出来るはず。だから、二人が凄いってことなんだよ」
と、ちょっといい台詞を吐きつつ、定夫は二人の肩をぽんと叩き、言葉を続ける、
「しかしこう凄いのを目の当たりにすると、『アニさく』の、あのまるで使いこなせてないサンプルはなんだったんだろうな。この作品こそ、サンプルとして付属させるべきクオリティのものだよ。次バージョンからこれを採用しろや、って、送ってみよっか」
「……どうせ送るならば、いっそ万人に……ネットに、公開してみようではござらぬか」
「ネットに……」
定夫が、
「公開?」
八王子が、
そして、
「やってみるか」
二人の声が、重なった。
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