第03話 長いタイトルはどう思いますか

「ゆるい女子高生ものにすべきか」

「バトルものにするか」


 ここはやまさだの自室である。

 部屋にいるのは他に、トゲリンと八王子。

 いつものオタ三人である。


 定夫は、右手にぐるぐるとテーピングをしている。

 学校で不良生徒に踏まれねじくられたのみならず、なおかつ猛スピードで飛来してきたバレーボールがばっちんと当たってしまったのである。


「神社で巫女のバイトをしている、という設定に決めた時点で、もうその二択でござろうな」

「そうだよね。奇をてらう必要はない。アニメ制作の素人が変な色気を出そうものなら、際限がなくなってわけ分からなくなるだけだし。だからむしろ王道を進むべきだと思うよ。ぼくらのエッセンスは、入れようとせずとも自然に入るから。レンドルはどう思う?」


 八王子に振られ、定夫はゴキブリのように脂ぎったオカッパ頭をなでながら、


「バトルもの、つまり退魔ものがいいかな。話にオチをつけやすいし。でもその線で行く場合は、オープニングにかなり修正加えることになるよな。まあ、それが面倒だから本当に作りたいものを変更する、というのも、なんだとは思うが」


 作品自体は、まだ二分弱のオープニングしか存在していない。

 これから作ろうという本編部分は、その十倍以上はある。

 ならば、芸術作品を残すという意味でも、また単純な作業へのモチベーションという意味でも、純粋にやりたい方を選ぶべきであろう。


 と、定夫は思ったのである。


 その単純な作業でオープニングを作ったのは八王子であり、トゲリンであり、なみ大抵の苦労ではないはずだが、


「ぼくは別に、作り直しても構わないよ。元絵はトゲリンに描いもらうことになるから、そっちの方が大変かも知れないけど。だから、トゲリンさえよければ」

「いや、拙者も別に、問題はないでござる。ゆるゆるものは、話の作り方というかテンポが意外と難しそうなので、ポイントポイントを簡単に作れるバトルものの方が、引き締まった作品が作りやすそうな気もするしね。あ、いや、気がするでござる」


 ポロリ地が出て、わざわざいい直すトゲリンであった。


「なら、バトルもので決定ってことで。おれさ、絵を描いたり動かしたりは出来ないから、他のことをなるべく担当するようにするから」


 といっても、なにをするものなのかよく分かってはいなかったが。


「頼むでござる」

「うん。で、キャラ作りの話。主人公のイメージは、もう既に絵があるし、バトルものって決まったことでかなり固まった気がするけど、あとは周囲のキャラをどうするかだな。どんな敵と戦うのか、とかも考えないと」

「そうでござるな。あと、タイトルとか、キャラの名前とか、そういったネーミング系も決めていかないとならないでござるな」

「現在の流行を意識して名付けるならば、三種類に大別か」と、八王子。「もう流行は終わりかけているけど、『おたでん』とか『のらかみ』に代表されるような、ひらがな四文字か、それか『魔法使いメルモ』や『電撃少女あおい』みたいな一種王道的なものか、最近ラノベでやたら目立つ、やたら字数の長い、けったくそ悪いの」

「けけ、けたくそ悪いいうなハアア!」


 ネチョネチョ絶叫が、室内に轟いた。

 彼、トゲリンは、「愛のままの裸足な女神にキスする僕をどんなに好きか君はまだ知らない」の大ファンなので、その怒りであろうか。


「けったくそ悪いものは、けったくそ悪いの。『勇者になろうとしたら魔軍にスカウトされて王国へ進撃してました』、とかさあ。誰か一人がやるだけならその作家の個性ってことでいいけど、まあみんなで真似しちゃって、乗っかっちゃって、プライドなさすぎ。同じバカの一つ覚えの物真似なら、ひらがな四文字の方がまだ遥かにマシだった」

「ぬぬぬうう。バカだと。あいぼくのミキヒラちゃんをバカだとお?」


 誰もそんなことはいっていないが。


「やめろよ、もう」


 仲裁に入る定夫であるが、入りつつも余計な一言ぼそり、


「おれも長いタイトル嫌い」

「いまいう必要のあることでござるかあ!」


 ネチョネチョ声再噴火。


「ないよ。なのに勝手にタイトルの好みでバトルしてるのそっちじゃないか」

「……うむ、確かに。好み論争は、今宵チャットで論ずればよい話。八王子殿、拙者つい熱くなってしまって、真琴に、ではなく誠に、申し訳ない」


 トゲリンは手を付き深く頭を下げた。


「いや、こっちこそ。言葉が悪かった。ごめん。……あ、ちょっと待って、ぼく宛の宅配届いたって!」


 ブー、という音と振動に携帯電話をチェックをした八王子は、家族だか誰だかかのメールに声を荒らげた。


「最近グッズはなにも買ってないから、たぶんあれが届いたんだと思う。というわけで、ぼく、いったん帰るね」


 と、八王子はそそくさ定夫の家を後にした。


 届いたと思う、というのは、アニメ製作ソフト「アニさく」のことである。

 スパークというフリーソフトを駆使して見事なオープニング風アニメを作った八王子であるが、本格的な作品作りをするにあたり、ならば本格的な作成ソフトを買おうということになり、購入したものだ。


 安物ではあるが、素人からすると充分に高額であり、

 希望小売価格は、四十五万円。

 それを、学生証のコピーを提出して、アカデミー価格三十七万円で購入したのだ。


 支払いは、きっちり三人で割り勘。

 実際に使うのは八王子一人ではあるものの、だからこそである。緻密で膨大な作業をすべて任せることになるのだから。

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