第02話 ゴッドに輝き叫ぶフィンガー!
「トーテムキライザーの続編が、今年の秋からだよな」
漫画原作の、深夜アニメである。
地方都市にある、平凡な高校が舞台。
一人、また一人、と生徒が消えていくのに誰も気づかない。と、そんなミステリーである。
「でもね、監督と、一部キャストが変わるらしいしよ」
「八王子殿、それは本当でござるか。ひひ、
「確か、どっちも変更なしだったかな」
「うおおお!」
トゲリンは両腕を天へと突き上げた。
曇り空、今日も変わらぬオタトーク。
定夫、トゲリン、八王子、三匹のオタクたちは校庭と校舎の間の道を歩きながら、いつものように熱く話し込んでいた。
通りゆく者たちの、特に女子の、あざけりの視線をガンガンその身に受けながら。
毎度の光景である。
定夫たちも無感覚人間ではない。その視線の持つ意味、理解はしている。
嫌悪の情を向けてくる気持ちは、定夫にも分からなくはない。
確かに、地球に住む人間みんながみんなアニメ大好きでも、気持ち悪いというものだ。
アニメキャラに置き換えて考えれば、よく分かることだ。
つまり、「ポータブルドレイク」の
とにかく、万人が好きになれるものでないにせよ、好きでなにが悪いのか、とは思う。
そう、自分は、アニメ好き人口を増やしたいとか、アニメのよさを世に知らしめたいとか、そんな啓蒙活動をするつもりは毛頭ない。
ただ市民権が欲しいだけなのだ。
自分たちは自分たちで、迷惑をかけずひっそり生きていくから、ただ存在を認めて欲しいだけなのだ。
最悪、生存権でもいい。
せめて呼吸くらいさせてくれ、と。
「イシューズだっ!」
と、またじろじろ舐め回すような女子たちの視線。
構わず進むと、今度はゴキブリ見るような嫌悪の視線を受け、
さらに進むと、女子たちが笑いながらひそひそこそこそ囁き合って逃げて行く。
ふー。
ここまで連発で食らうのは久し振りで、さしもの定夫もため息である。
このモブキャラだもが、と、心に強がってみた。
間違った、このモブキャラどもが。
ずずるるるん、と定夫の鼻から不意に真緑のスライムが飛び出した。慌ててティッシュを取り出して、ずびずばっとかんだ。かんだティッシュはもちろん丸めてポケットの中。
三人は、植木を円形に囲むレンガに腰をおろすと、バッグから取り出した弁当を広げた。
冬以外雨の日以外の昼休みは、たいていここでこうしてアニメ話をしながら食事をするのである。
たまに不良生徒がウンコ座りなどしているのを遠目から見つけると、そそくさ進路変更して教室に戻ってしまったりするが、こういうさわやかなところにあまり不良はいないので。
八王子は、今日も母親の手作り弁当だ。
定夫は、自分で作ったというのもはばかられるような、詰めたご飯にゴマ塩ふっただけのもの。
学食を利用していると嘘をついて、お小遣いにしているため、自宅でこそこそ用意できる弁当だとこのくらいしかやりようがないのだ。
同様の理由によりトゲリンも塩ご飯や醤油ご飯が多いが、本日は醤油ご飯にのりが一枚かぶせてあり、さらには隅っこに梅干もあり、豪華絢爛であった。
余談だが、半年ほど前、みんなでキャラ弁を作って持ち寄ったことがある。
「はにゅかみっ!」の
普通の弁当も作れない料理の素人だけあって、出来はあまりにもお粗末、似ている点など皆無の代物であった。
しかし、珠紀琴乃や小取美夜子と思い作ってしまった以上は、なんとも食べるに忍びなく、でも作っておいて食べないわけにいかず。
まったくキャラに似ていないものの、作っている時は似せようという思いばっかりで、食材の組み合わせなどなにも考えていなかったものだから、味は激マズで、なんともむなしい気持ちのみ味わうことになったものである。
それからは暗黙の了解的に、食事自体にアニメを持ち込むことを封印している定夫たちである。
「はにゅかみっ!」の弁当箱でもあれば、また別なのであろうが。
さて、腰を下ろして弁当を広げたところで、会話の続きである。
なんだっけ、ああ、トーテムキライザーのアニメ新シリーズが放送する、という話をしていたのだった。
「そういやあ、トムキラといえば、明日、最新刊の発売日だな」
原作漫画単行本のことである。
「あれえ、明日だっけ?」
トゲリンでも、八王子でもない声が、定夫の言葉に反応した。
誰かと思えば、レンガ道を女子二人に挟まれながら歩いてくる
定夫と同じ二年生。隣のクラスだ。
さらり髪で、顔立ちの整った男子生徒である。
二人の女子に密着されながら、ゴマ塩弁当を広げる定夫たちの前を通り過ぎて行く。
「明後日かと思ってたよ。さんきゅ」
中井は、中指と人差し指をくっつけた手を、ひゅっと振った。
「やだー、中井くん、あんな連中が好きな漫画が好きなのー?」
「いやいや、面白いんだって」
「まあ中井くんなら許しちゃうけどお」
「全巻持ってんだ。貸してやるから、読んでみなよ」
「借りたくなあい。一緒に読みたあい」
ベタベタしながら去っていく中井たち三人。
訂正。トゲリンの声なみにネチョネチョしながら去っていく中井たち三人。
定夫は、ほの暗い視線を彼らの背へと向けていた。
もともと明るい眼光を放てるタイプではないが。
彼、中井修也も、トーテムキライザーのファンらしい、ということは聞いたことがある。
トムキラだけではない。
アニメ漫画全般的に、かなり好きで詳しいらしい。という噂である。
しかし。
女子に囲まれて、クールにさわやかに会話をしながら去りゆく彼の後ろ姿に、定夫は思う。
あいつは、違う。
と。
なんとなく。いや、絶対に違う。
こちらとは。
存在が。
住む世界が。
あいつは、容姿はまともどころか淡麗なほうだし、女子寄ってくるし、自分らと違って女子と会話を合わせることだって出来るし(というか自分らは女子と話したことすらない)、確かバスケが得意だし、英語話せるし、足も速いし、
それに、
それにっ、
じょ、女子とっ、つつっ付き合ったこともあるらしい。
あくまで、噂ではあるが。
付き合っているのかは分からないが、実際問題、取り巻きがいたではないか。二人に密着されていたではないか。トゲリンの声みたいに、ネチョネチョしていたではないか。
自分らは、こっち側。
あいつは、あっち側の人間なのだ。
デッドラインの、こっちと、あっち。
中井は、市民権を持っている人間なのだ。
「畜生……」
やつとおれ、どう違うというのだ。
あ、いや、まったく違うのは間違いなく、そこを認めるにやぶさかではないが、しかし、しかしどっちも人間じゃないか。
なのに、
きっと、風呂に入ったばかりのおれよりも、一ヶ月入っていない
くそう。
嗅覚が狂っているのか、女子どもは。
そんな中井がいいのか。
ああ、確かにおれにはなにもないさ。
中井が持っているもの、なに一つとして持っていないさ。トムキラの単行本くらいしか。
だからなんだ。
畜生。
畜生。
「おれのスーパーフィンガーがゴッドに輝き叫ぶっ!」
定夫は、突然くわっと憤怒の表情になって、立ち上がるや否や右腕を勢いよく突き上げた。
飛んできたバレーボールが、爆熱寸前であったそのスーパーフィンガーをばちいんと弾いた。さきほど廊下で不良生徒の山崎林太郎に、ぐりぐり踏まれねじくられた手を。
「さっき踏まれたとこギャアア!」
運もない。
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