第六章 オールアップ

第01話 せーれつ!

 上手い。


 さだは、さわはなあつの技術力に感心していた。

 動画に、ピタリ一発で声を当てはめてしまう、その技術力の高さに。


 先ほど、無声のまま一通りを見せてはいるが、だからといって誰でも簡単に出来るものではない。


 タイミングだけでなく、演技力も完璧だ。

 抑揚もしっかりしており、キャラの表情に頼ることなく声だけで喜怒哀楽とその度合いが分かる。


 定夫は常々、いわゆるジャパニメーションにおいて声優の抑揚こそが一番大切なものであると信じている。

 大袈裟過ぎるほどのメリハリを付けて喋らないと、むしろ違和感はなはだしいものになってしまうものなのだ。


 素人声優に対して常々そうした不満を感じている定夫であるが、しかし沢花敦子に関しては、そのような心配はまったくの無用であった。


 プロ顔負けの演技力。

 この部屋にもついにじょじょじょっ、とかそういうこと関係なしに、純粋清らかな感動が、定夫の胸に生じていた。

 まあ、そういうことに関係ある感動も、あるにはあったが。


 ともかく、「これは」と間違いなくいえること、

 それは、




「うるさいぞ、惚笛こつぶえ! 全然反省しとらんな! 次のせき先生の時間も、ずっと立っとれ!」

「えーーーーーっ」

「惚笛、手、大丈夫か? 重いだろ」

「ありがとうございます。なんとか、まだ、耐えられそうです」

「しかしお前なあ、ほんと最近遅刻が多いぞ。そりゃあ怒られるって」




 それは、

 定夫たちの、高揚感。

 自分たちの演技は相変わらずの酷さであったが、主人公の声が決まったことにより、そしてその声優が抜群の演技力を発揮してみせたことにより、定夫の中で張り合いが生じていた。


 おそらくトゲリンたちも、同じ気持ちでいるのだろう。

 同じネチョネチョ声でも、なんかよりツヤがかかっているとでもいえばいいのか。


 沢花さん、凄いな。

 声優志望、卵、というだけで、ここまでハイレベルの演技が出来るものなのか。

 それとも反対に、そういう方面への能力がもともと高く自信があるからこそ声優を目指すことになったのか。


 分からない。

 分からないけど、

 分からないけどっ……




「お前たちって、なんでそう三人集まると、どうでもいい話しかしないの?」

「どうでもよくない話って、なんですかあ」

「例えばさあ、進路のこととかあ。恋愛の話とかあ。えっと、あとなんだ」




 ユニヴァァァァァァス!

 これこそ、アニメの声だ!

 そう、アニメとはかくあるべし!


 愚民どもよ、聞けい。

 心して聞けい!


 アニメ声というのは、アニメがあるからアニメ声か?

 否である!

 千年前、一万年前、一億年前に生まれていようとも、アニメ声はアニメ声なのだ!

 ビッグバンで宇宙が創生された時からの、永遠の法則なのだ!




「告白しちゃえば、いいんじゃないですかあ?」

「んな正直にいえるわけないだろ」

「いつもひねくれているんだから、こういう時くらい素直にならなきゃあ。わたしが伝えてあげますから」




 しかし凄いな、沢花さん。一人で何役もの演じ分けが出来ているし、一役一役にしっかり魂が込められているのが分かる。

 素晴らしい演技だ。


 見習えい!

 優れてもいないのに声などといわれているバカ者ども!

 見習う気が毛頭ないのなら、せめて声といいかえろ。


 ……などと心に吠えてみるものの、自分たちがまさにその声劣なわけだが。


 定夫は、ちらと沢花敦子の横顔を見た。

 台本を片手に、完全に入り込んでいる彼女の真剣な顔を。

 黒縁眼鏡に、ちょっとニキビやソバカスが目立つという程度の、他に特徴という特徴のないどこにでもいそうな、ごくごく地味なその顔が、なんだかちょっぴりほんのりほんわか天使に思えてきた山田レンドル定夫、十七歳の秋であった。

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