第五章 じょじょじょ
第01話 オレたちに明日はない!
「あああああああああああ!」
まるで断末魔のような凄まじい悲鳴をあげながら、
魂と、お腹の肉を、ぶるぶる震わせながら、他の生徒らの視線も気にしない、なりふり構わぬ全力で。
トゲリンと八王子、二人の親友とともに。
学校の廊下を、ただ全力で。
「な、なんで逃げるんですかあ!」
という背後からの声に、定夫は肩とお腹をびっくんぶるんっと震わせた。
女子生徒が、追い掛けてきているのだ。
殺されるっ。
きっと、捕まったら殺される。
もしくは、辱められる。一生消えない心の傷をつけられる。
これまでは陰からひそひそと、クズとか、死ねばいいとかいわれたり、遠くから石を投げつけられるとか、そんな程度だった。
正面きって堂々と声を掛けられたり、追い掛けられたことなどはなかった。
きっと、女子たちの総攻撃が始まったんだ。
もう我慢できない、オタを駆逐しろ、殺戮しろ、撲滅せよ、と。
そうに違いない。
ということは、捕まったらきっと殺される。
殺される。
殺される。
まだ、
まだっ、
まだ、「トーテムキライザー」の第二部も観ていないのにっ!
校内で女子生徒に話し掛けられたことのない定夫は、すっかりパニック状態。パニック状態ゆえに、この通り思考の悪循環に陥っていた。
生命の危機に、必死に走っていた。
両隣のトゲリンと八王子も恐怖に泣き出しそうな顔。おそらく定夫と同じような心理状態なのだろう。
「うああああああああ」
「ああああ」
「ひぃえええええ」
中央公園での発声練習のように、いや、それ以上に、実に情けない声をあげ、泣き出しそうな顔で、三人は全力で走る。
自由を求めて。
生を求めて。
しかし、そうはさせまいと、
女子が、
女子が、追い掛けてくる。
「なんで逃げるんですかあ。……あ、あなたたちがっ、一体なにをしたっていうんですかあ」
普通ならば、「わたしがなにをしたんですか」だろう。気が狂っているのか、あの女子は。
きっとおれたちオタへの総攻撃において、鉄砲玉として一番ヘンな女子が選ばれたのだ。
つまり、捕まったらなにをされるか分からない。
つまり、絶対に捕まるわけにはいかない。
ライフ オア デッド。
逃げのびねば、生はない。
「むああああああああああ!」
ブレーキかけずコーナリング、定夫たちは運動ダメなくせにこういう時だけ神のごときの高等テクニックを見せ、上履きのままで玄関から外へと飛び出した。
飛び出し、そのまま外を走り続ける。
レンガ道、そして校庭へ。
神の高等テクニックを披露しようとも、いかんせん元の体力がない。さしたる距離など走っていないというのに、彼らはみな、すっかりバテバテで、ゴール直前のマラソン選手のような苦悶の顔になっていた。
はひい、はひい、と犬の咳のような呼気を吐き出しながら、なんとか前へ進む定夫。
惨めさと死への恐怖にすっかり涙目であった。
背後からぱたぱたと足音。
「ちょっとお話したいだけなんですうう!」
女子がなんかわけの分からないこといってる。
「がああああああああ」
「あああああ」
「ひいいいいいいい」
腕をぶんぶん振り(その割に速度は出ていないが)、必死に走る三人。
「待ってくださあい!」
背後から、女子生徒がぴったりついてくる。
捕まって、たまるか。
おれは、
おれたちは……
生きる!
定夫は、残る力を振り絞って、走る速度を上げた。
と、その瞬間、
激しく転倒していた。
三人、もつれあうように、どどっと。
砂場にさしかかっていたことに気付かずに、足を取られてしまったのだ。
口の中に、はねた砂が入った。
昨日降った雨のために濡れていた重い砂が、水底の藻のように彼らの身体をからめとった。
「うぐううう」
「まあああ!」
三人は、みな必死の形相で、這いつくばり、
からみあうように。
押しのけ合うように、
神にすがるように手を伸ばし、
身体をくねらせ、
なおも逃げ、進む。
いや、進もうと頑張っているだけで、湿った砂をただ手でかいているだけ。
砂まみれ、泥まみれの、実に酷い有様であった。
這いつくばったまま、顔を起こして後ろを振り返った定夫は、ひっ、と息を飲んだ。
余裕で追いついた女子生徒が、彼らのすぐ足元に立っていたのである。
定夫は、涙をぼろぼろ流し、泣いていた。
「もう、もう勘弁してくださあああい!」
泣き叫びながら、なおも砂をじゃりじゃりかいて進もうとする、抗おうとする。
定夫だけではない。
トゲリン、八王子、
我助かろうと三人は押しのけ合いながら、涙を流し、絶叫し、手で、足で、砂をかき続ける。
まさに阿鼻叫喚の地獄絵図であった。
「助けてくださあい!」
「トーテムキライザーーー!」
泣き叫ぶ八王子とトゲリン。
「たっ、助けるって、なにをですか? そもそも、どうして逃げるんですかあ!」
女子も、少し息が上がってしまっているのか、それとも単にイラついているのか、興奮したような声を出した。
「じょ、じょん、じょじょっ、じょしっ、女子にっ、ははぱぱぱぱぱなしかけられると思ってなかったむでえええ!」
恐怖に歯をガチガチならす定夫。いや、トゲリンと八王子もだ。ガチガチカチカチ地獄の大合唱であった。
「だからって、どうして逃げるんですかあ。一体あなたたちが、なにをしたっていうんですかあ」
だだ、だからそのへんな台詞をやめろお!
「もうおしまいだあああ!」
絶望絶叫八王子。
砂場の砂に、だすっと拳を叩き付けた。
その横では、
「すいへいりーべ、すいへいりーべ、すいへいりーべ」
トゲリンが歯をガチガチならしながら上半身を起こしたかと思うと、肥満したお腹を両手でむにょむにょつまんで、なにやら口ずさみ始めた。
意味不明の行動だが、何年もの付き合いである定夫にはどういう心理状態によるものなのか想像が出来る。
トゲリンは「ひょっとしたら、もしかしたら、敵ではないのかも」、というこの女子と、なんとか話そうと、なんとかコンタクトしてみようと、まずはなんとか落ち着こう、と精神統一しているのだ。
「ががががが、ががががが」
八王子が、頭を振りながらエレキギターをピックで弾くようなポーズをとったかと思うと、右腕をぶんと斜めに振り上げ「ぎょいーーん」と叫んだ。と、突如ポケットから小型ノートを取り出し、がりがりなにやら書きなぐっていく。
その八王子の行動、何年もの付き合いである定夫には分かる。
トゲリンの人間を捨てたような情けない様子に、他人の振り見てなんとやらで恥ずかしくなり、よし、ここは落ち着くんだ。落ち着いて、この女子へ話し掛けてみるんだ。しかし女子と話をしたことなどなく、しかもこのシチュエーション。なんとか冷静にならねば、とデスリストへの写経によって精神統一を図っている、というわけだ。
女子生徒は、錯乱したような三人の姿にあっけにとられ立ち尽くしていたが、やがて、すっと軽く息を吸うと、ゆっくり口を開き、尋ねた。
「あの……イシューズさんですよね」
違う!
定夫は、胸で即答していた。
あ、いや、そう呼ばれていることに違いはないのだが。
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