第四章 暗闇の亜空間
第01話 映像完成!
暗闇の亜空間に、オタの鼓動が響いていた。
加えて、すぴすぴフンフンとオタの荒い鼻息が。
彼らがいつも集まる、定夫の部屋である。
何故ことあるごとこの部屋に集まるのかというと、なんのことはなく、定夫の家はトゲリンと八王子の家のちょうど中間にあるからというただそれだけである。
暗闇、といっても漆黒の闇ではない。
パソコンモニターからの灯りによって、室内はぼーっと照らし出されている。
フィギュアやアニメポスターバリバリのオタ部屋が。
そのパソコンモニターには、アニメ映像が流れている。
彼らが作っているアニメである。
映像部分の進行具合は、残るは編集での微調整のみということで、音無しでもいいから一回通して観てみよう、どうせなら映画鑑賞のような気分を味わいたいので部屋を暗くして観てみよう、ということで、部屋を暗くしていたのである。
実質三畳ほどの暗闇空間の中にデブ二人とガリ一人が、まるでブロイラーの鶏のごとくひしめき合ってハアハアいっている。
鶏と異なるのは、彼らがみな、なんだか充実したような、幸せそうな顔をしているというところくらいであろうか。
いや。
ような、ではない。彼らは充実感、達成感、幸福感を、間違いなくその胸に味わっていた。
みなで作品を作り上げていくという喜びと幸せを。
さて、アニメの物語部分がすべて終了して、黒背景に白文字のエンドロールが流れている。
といっても、一画面に余裕で収まる程度のものを小出しにしているだけであるが。
総監督 山田定夫
コンテ 山田定夫
キャラクターデザイン 梨峠健太郎
作画監督 梨峠健太郎
CG作成・編集 土呂由紀彦
演出 山田定夫・梨峠健太郎・土呂由紀彦
制作 スタジオSKY
と、これだけしかないのだから。
なおスタジオSKYであるが、定夫、健太郎、由紀彦、の頭文字だ。
一昨日、八王子の思いつきでグループ名を決めようということになり、考えて出され、急遽エンドロールに組み込んだのだ。
クレジットが本名であるが、これは伏せるべきか検討中だ。
伏せる場合はおそらく、レンドル、トゲリン、八王子、だろう。
黒背景の中で文字が完全に流れ終えたことで、部屋は光源を失って真っ暗闇になった。
しばらくそのまま、余韻に浸る三人。
やがて、定夫は腕を伸ばし、勝手知ったる我が部屋の電灯紐を迷いなく掴み、引っ張った。
ぱちぱちと蛍光灯が瞬きし、部屋に白い灯りがついた。
三人は、パソコンモニターの前であまりに密着し合っていたことに気が付いて、慌てたように距離を取った。
「いや、なかなかいい感じに仕上がってきたね」
八王子は、ベッドへと這い上ると、ガリガリの小柄な身体を小さくぼよんと弾ませた。
「いい感じどころではなあい! 感動、感動の嵐がっ、拙者の胸の中を吹き荒れているでござるっ!」
一体どんな身体の震わせ方をしているのかトゲリン、黒縁眼鏡がカタカタカタカタ、ずり下がるのではなく反対にずり上がっていく。よい機会だとばかり、滲む涙をティッシュで拭い、ぶちぶびいっと勢いよく鼻をかんだ。
定夫も、なんともいえない嬉しさ、こそばゆさが、全身を駆け巡っているのを感じていた。
泣き出したり、振動で眼鏡ずり上げるほどではないが。
とにかくこの嬉しさを次のステップへの原動力にして、さて、なにをすべきかであるが、
映像はほとんど完成した。となると……
「あとは、音をどうするか、だな」
音、つまり鼓膜に入る情報、つまり声と背景曲そして効果音である。
現段階では、音が出来ているのはオープニング曲のみ。
本編部分はまだなにも取り組んでおらず、完全なる無声無音だ。
まずは映像、ということで後回しにしてきたため、仕方がないところである。
でもこれからは、むしろ音響こそが作業の中心になるのだ。
映像がほとんど終わったいま、本腰を入れて取り掛からねばならないものだ。
「それじゃあ、おれ音響監督やるよ。絵を作ったり動かしたりにはまったく関わってなかったからさ」
自分の、ネット掲示板への呟きから生まれた企画だというのに、なのに蚊帳の外的な、そこはかとない寂しさを感じていた定夫である。
常々、自分もなにか技術的に担当出来るような部分を持ちたいと考えていた。
総監督、という一応の身分ではあるが、結局お話はみんなで相談して作り上げてしまったわけであり、自分だけなにもしていないという気分は否めなかった。
音ならば、やれるんじゃないか。
と、いまふと思って、提案してみたというわけである。
「そうだね、音の製作指揮もいないとね」
「しからば、レンドル殿に音響は任せたでござる」
「でも、どんなふうにしていくつもり?」
「ああ、ええと、まず効果音だけど、これはネットからフリーのを拾って使い、足りない部分は自分で作ろうかと」
「自分で?」
「ほら、有名なのに、小豆で波の音というのがあるだろ。そんな感じに、なんか工夫してやれないかと。あとは、なんか適当に録った音を、パソコンのエフェクターソフトで加工して違う音に作り上げるとか。……音のデータって、アニさくで何個でも置けるんだっけ?」
「同時発声は、九十九ファイル。一つのプロジェクトにつき、配置音声は十万ファイル」
八王子は、即答した。
「必要充分なスペックだな。音は、おれが作ってみる。手伝ってもらうこともあると思うけど、とりあえず取り掛かってみる。じゃあ、効果音はそんな感じで決定で。次は……」
定夫は口を閉ざし、数秒の沈黙の後、
「声を、どうするか」
閉ざした口は一つであるが、開いた口は三つであった。
見事なハモりに、三人は思わず苦笑した。
「まずは、登場キャラを整理してみよう」
定夫は、床にノートを置き、登場人物の名を書き出していった。
「女女女女男男。という比率」
「要するに、女性の声をどうするかが最優先課題、ってことだよね。主人公もそうなわけだし」
という八王子の言葉に、定夫は小さく頷いた。
「雇うか。……歌の時のように」
トゲリンが、何故だかかっこつけた口調で呟いた。
眼鏡デブの甲高いネチョネチョ声なので、まったく様になっていなかったが。
「誘うか。……学校で」
定夫も、その口調を真似してみるが、
「無理無理無理」
と、二人に一瞬で否決された。
「分かってるよ。冗談でいっただけだって」
冗談、というよりははかない願望であろうか。
自分の気持ちながら、よく分からないが。
学校では、空き缶や石を投げつけられるなど日常茶飯事の、女子たちから猛烈に嫌われている彼らである。そんな場所で、いや、そんな場所でなくとも、女子生徒の手など借りるのはまず不可能というものであろう。
「では作るか。……メグで」
八王子もおかしそうに口調を真似した。
メグとは、
定夫がネットを通じて曲の提供を受け、八王子がこのソフトで歌声部分を作成したという、振り返ればそれが、この物語が動き出すきっかけであった。
「でも結局、メグではなんか物足りないということで、生身の歌い手に依頼することになったわけだからなあ」
また合成音声に戻していては、本末転倒というものであろう。
メグへの好き嫌いは、また別のこととして。
そもそも、歌とアニメ本編のどちらかを合成音声にせねばならないのであれば、誰がどう考えても歌であろう。数分程度の紙芝居のようなアニメならいざしらず。
歌は「狙い」だと思わせさえすれば、合成だろうと、下手だろうと、変な声であろうと、問題ないが、アニメの口パクましてや美少女の声ともなれば、そうはいかない。「変」では、絶対に成り立たない。「狙い」では絶対に成り立たない。
そう考えると、歌を肉声にした以上は、声優も肉声でないと違和感が生じてしまう。
だが、ならばどうするという明白確固たるアイディアは出なかった。
「ではこの議題に関しては宿題として各々で考えて、明日、意見をつき合わせることにしよう。ほかに、声のことで、なんか議題に上げとくことあるかな」
という定夫の言葉に、八王子が小さく手を上げた。
「変身時の掛け声はどうしよう。なんて叫ぶ?」
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