第33話 ブローチと変化

「あれ? それ可愛い」


 翌日の学校で、目ざとい沙也はすぐに気づいた。


「うん、お母さんがくれたんだ」


 目立たないように、制服のベストの腰のポケットに付けた、ピンブローチ。4ミリくらいの黒に近い赤い石なので、ぱっと見にはわかりにくい。

 光を反射しないので目立たなさが増している。

 むしろ見つけた沙也がすごいのだ。

 うちの高校の校則がゆるいので平気だけど、そうじゃなかったら先生に呼び出しされそうな品だ。

 でもこれにはわけがある。


「お母さんがどうして?」


「お守りだって。こないだ車に轢かれそうになったから」


 正確には、記石さんのくれたお守り……警備システムだ。

 これは鬼の柾人が、自分の力を込めたもので、確実に狙われてる私が、他の鬼に食べられないようにする対策だ。

 それを思い出すと、そわそわした気持ちになる。

 記石さんから、物をもらったということでもあるから……。


 肝心の三谷さんの方は、やっぱりまだこちらへの興味を完全に失ったわけではなさそうだ。ちょくちょく私たちのクラスを覗きに来る。

 他の友達をダシにして沙也に接触はしてこないので、こちらも静観。

 ただ、会話が漏れ聞こえるぶんからすると、


「あ、このハンカチ可愛いよね。ほしー」


「これ買ったんだお揃い!」


 ということが多いので、元々他人と同じものを揃えるのが好きなのだろう。

 記石さんの「同じことで安心している」という話を思い出す。彼女は同意してくれる友達と同じだけでは、安心できなかったんだろうか。

 そんなことを考えていると、同じ会話を聞いていたらしい芽依がつぶやく。


「似たものあると安心するのって、ミラーリング効果だっけ?」


「ミラーリング効果?」


「自分と相手は同じですよって服とかで表現してみせて、敵意がないのをわかってもらって、仲間だと確認してもらおうとする行動」


 ややキツイ言い方だけど、わからなくもない。


「ようするに動物的な本能に訴えるのね。私は味方って」


「友達同士や彼氏とペアルックしたがったりするのも同じかな?」


 沙也の言葉に芽依はうなずく。


「でしょうね」


「そうやって常に味方だって確認するのが、一番安心できるってことだね……」


 少しはわかる。

 同じ趣味や好みを見つけて喜ぶのも、そうなんだろう。

 あまりやりすぎるのは、私はあまり好きではないけれど。毎回同じ物を持ち続けたりしないと、友達だと確認できないほど……相手を信用してないってことじゃないのかな。


「最初はわかるけど、ずっととなると、同じことし続けるのは辛くなると思う」


「女友達の繋がりって、進学や結婚で途切れやすいじゃない? お互い状況が変わったら、今までと同じようには出来なくなる……っていうぐらいには、常に相手を疑ってるってことなんだろうね」


 辛辣な芽衣に、私と沙也は苦笑いする。でもそれが真実なのかもしれない。


「でも沙也に対するアレは、変な方向にベクトル飛んでった感じだけどね」


「ああ……仲間を確認するのとは違うね」


 同じものを持ちたがったり、同じ格好をしたがったりはするけれど、仲良くなりたいとかそういう意味ではないだろう。


「成り代わり……なんだろうけど、原因がわかればね……」


「本人に聞いて素直に答えるわけないし」


 ため息をつく沙也。沙也もやはりそう思っているようだ。

 私もこっそり息を吐く。確かに原因がわかれば良いんだけど。

 そこでふと、耳元で声が聞こえた。


『あの鬼の様子を調べて見たらどうだ?』


  柾人の笑みを含んだ声だった。

 ……良いかもしれない。私はそう思ってしまった。

 でもつけていたと知られたら、自分のことを真似しようとしているとか騒がれそうだ。あと人のことを詮索するのは気がひける。

 そんな私の背を、柾人がドンとつき飛ばした。


『見つかっても、その記憶だけ私が食べてしまえばいい』


 でもそれ、記石さんに禁止されてるんじゃ……。


『約束したのはお前のことだけだ。私は勝手にやる。それに、早く決着をつけたいんだろう?』


 まさに悪魔のささやきだった。(鬼だけど)

 私はその誘惑に逆らえずに、三谷さんが来ない休み時間に、さっと二人に相談した。

 逆に彼女の動向を調べてみてはどうかと。


「確かに敵を知らないと、何も出来ないからね」


「早く決着つくならそれでいいー」


  芽依も沙也もあっさりと同意した。

 まずは三谷さんが気づかないよう、ばらばらに帰るふりをした。それぞれが裏門を使ったり、校庭の柵の隙間から侵入したりと、校内に入り直す。


《三谷さんは見つけた?》


  連絡はアプリでし合う。


《私まだー》


  沙也は彼女が帰るかもしれないと、正面玄関近くを見たが見つからず。でも靴はあるので校内にいるはずと知らせてくれた。


《いた。体育館近くの廊下》


 ややあって、芽依から連絡がきた。

 私と沙也もそちらに移動する。

 鉢合わせは嫌なので、外を回って、該当場所が窓越しに見えるところに来たのだけど。


「部活見てるんだ」


「特別なことをしてるようには見えない……か」


  槙野君を見ている人は、ちらほらいる。

 校庭で観覧している人もいるし、少し離れた場所で部活をしている女の子も、休んでいる子はちらちら彼を見ていた。


 うちの学校ではよくある風景だ。

 三谷さんはそのうちの一人だと言うだけで、芽依が特別じゃないと言うのも、よくわかるけど。


 でも私は嫌な予感がしていた。

 槙野君に関しては、亜紀の一件で大変な目にあったのだから。

  彼が悪いわけじゃないけれど、警戒するのは仕方ないと思う。人気者だから、色んな人を惹きつけるだけだろう。でも、槙野君に関わるものだったら…と思っていたら、


『この娘もあの男に執心なんだな』


  柾人の笑い声が聞こえた。


『自分を見て欲しい、振り返ってほしい。また自分に話しかけてほしい。他の娘と同じようなことを願っているようだ』


 それはそうだろう。

 みんな望んでいるのは、気持ちの大小はあっても「自分を振り返ってほしい」という願いが叶うことだ。

 一度は私も思ったこと。


『基本的には振り返らせられれば、それで問題ないようだが……ふん』


  柾人が最後に小さく笑った。


 その時、グラウンドの方がざわついた。

 どうもそっちに槙野君の友達とが通りがかって、槙野君が振り返ったようだ。

 一緒にその友達の同級生らしい女の子がいて、彼女を口実に何人かの女の子が槙野君と会話できているのがわかる。


「自分を見てるって勘違いは出来ないけどさ」


  槙野君の写真を密かに入手してくるぐらいには、ミーハーな芽依がつぶやく。


「想像する材料は、いくらあっても良いよなって思うよね」


「ああいう明るい感じなら、まあいいと思うな」


  沙也の視線の先では、槙野君の友達が女子達にありがたがられていた。彼女達もわかっていて、騒いでいるのだ。


「大半は、面白そうだから一緒に騒いでるんだろうけど」


 ちょっと冷めたことを言う芽依。


「でも騒ぐの楽しいでしょ?」


「そうなのよね。罪のないことで騒げるのがいいかな」


  沙也に言われて、芽依は苦笑いする。その間も、私はちらほら三谷さんを見てたんだけど。


「うーん睨んでるなぁ」


 盛り上がってる女子達を睨んでいるように見える。

 気に入らないのだろうけど、槙野君はそこにいないのに……どうしてあっちを?


「自分以外が騒ぐの、嫌いなのかな?」


「元々大勢に騒がれてたのに、それは無茶じゃない?」


 なんて言う沙也の言葉に首をかしげていたのだけど。

 ややあって槙野君の友達と一緒にいた女子が、何かの用事で輪の中から離れた。

そうして私も、他のみんなも目を離した隙だった。


「亜梨花!」


 叫び声に振り返るのと、黒い鳥が飛び立つのは同時だった。

 そして遠目に見えたのは、赤い血にまみれたさっきの女子の姿だった。


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