第34話 偶然なのか、それとも…

 黒い烏の姿に、思わず足が動かなくなる。

 思い出してしまったのは、つい先日の事件だ。

 亜紀が私を羨んで、恨んで、鬼になってしまった時のこと。


 亜紀が私を傷つけようとして私に差し向けた鬼は、鳥の姿をしていた。


 ――鬼って、みんな鳥の姿をしているものなの?


 疑問が浮かぶけれど、それに対して柾人の答えはない。

 その間にも、駆け寄った友達らしき女子や声を聞いてかけつけた男子が、血まみれの彼女を保健室に運び始めた。

 

「亜梨花、しっかりして!」

「どうして? 烏に襲われるなんて……!」


 周囲が騒ぎながら、校舎の中へと移動していく。

 その姿が見えなくなってから、隣にいた芽衣がぽつりと言った。


「なんであんな……」


 沙也は言葉もなくうなずく。

 二人とも衝撃的すぎて、ぼうぜんとしていたようだ。

 グラウンドにいた生徒たちも、運ばれている彼女につられるように集まって、不安そうな顔をしてついていく。

 そんな外のざわつきを耳にしたのだろう、通りすがりの生徒たちも、私達のように窓際に集まって外を見始めた。

 そのうちの誰かが言った。


「そういえば最近、烏が多くない? 誰かお弁当の残りでも捨ててるのかな」

「あ、前もあったよね。誰かつつかれてたでしょ」

「怪我したんじゃなかったっけ?」


 え、今回だけじゃなかったの?

 話を耳にした私は、ぞっとする。

 亜紀だって何度も私を攻撃してきていた。烏のせいで怪我した人が、どちらも誰かの恨みの気持ちのせいだとしたら……?


 いやいや、と思い直す。

 でも恨んでいる相手が、三谷さんだと決まったわけじゃない。別口かもしれないし。

 もしかすると烏に襲われた彼女が、何か食べ物を持っていたとか、そういう理由かもしれないではないか。


 ただもし別口だったら……それはそれで怖い。

 槙野君の周囲には鬼がいすぎじゃないだろうか?


『恋愛感情は、もっとも鬼を産み出しやすいからな』


 柾人のささやきが聞こえてくる。

 さっきは何も言わなかったのに、この人(鬼か)の返事は本当にきまぐれだ。

 でも言っていることはよくわかる。亜紀の時も、発端はうらやましいとかそういう感情みたいだけれど、こじれたのは恋愛感情ゆえだったと思うから。


 どちらにせよ、三谷さんも鬼になりかけだとしたら沙也が危ない。それを思い知らされた気がする。


「なんか怖いね。あそこに近づくの、やめとこう」


 まずは烏がいそうな場所、もしくは人目に付かなさそうな場所に行かないことだ。

 それとなく沙也が一人にならないように誘導しておきたい。


「なんか、目立ったとたんに酷いことが起きるとか、嫉妬されて呪われたみたいでちょっと嫌だね」


 芽衣が鋭いことを言ってくれた。ナイスタイミング。


「呪いとかって考えると、目立ったからってのはありそう……」

「うちらで一番嫉妬されてそうなのって、今のところ沙也だけだし、気を付けなよね、沙也」

「うう……。芽衣も美月だって可能性あるから気を付けなよ……。なんにしろ、私、まだしばらくは地味に暮らすわ……」


 おかげで沙也も怖がって、地味キャンペーンの続行を宣言。


「あんまり一人になるのも怖いね。あの烏、みんなから離れて一人になるのを狙ったみたいに襲った気がする」

「怖いこと言わないで美月! 帰りはみんな一緒に学校出よう!」


 怯えた沙也に申し訳ないと思いつつも、私は我が意を得たりとばかりにうなずいた。


「もちろん。私だってこわいもん。なるべく人通りが多い時間に、さっさとみんなで帰るなり、学校内でも人のいる場所にいようよ。人が多かったら烏だって怖がってこないでしょ」

「そうだね。そうしよ」


 うんうんと沙也は同意してくれた。

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