第32話 相談するのならこの人に

 その日の晩、まずは「真似できない」と思うことについて考えた。

 沙也の真似をして私に近づかなくなるようにすること。そのためにできること……。

                             

「沙也がもっと大勢に囲まれたらいいのかな?」

                           

 私だけじゃなくて、他の人達とも交流している姿を頻繁に見たら、その全ての人と同じような交流が出来ない限りは真似できない。

 悩んだ私は、もっとも真似をしにくいだろう人物として思い浮かぶ相手に聞いてみた。……お母さんである。


「ねぇお母さん。誰かに真似されるのが嫌だと思ったらどうする?」


「あら。真似っ子ちゃんが学校にでもいるの?」


 鍋に材料を入れて煮こみ始めたお母さんが、テーブルに座った私を振り返って言った。


「真似っ子ちゃん?」


「よくいるでしょー。小さい子にはよくあることだけど、お母さんや年上のお姉ちゃんの真似ばかりしたり、学校のお友達の真似ばかりしたり……」


「そういえばそういう子がいたかも」


 確かに小学生の頃は「○○ちゃんが真似するのー」とか「みんなで真似っ子しよう」とかって、真似することが普通にあったなと。


「思春期超えるとね、親の真似をあんまりしなくなるものだけど、友達の真似もあからさまにはしなくなるんじゃないかしら?」


「思春期を越えるとなの?」


 お母さんはお玉を振り振りしながら「そうねぇ」と考えながら答える。


「思春期って独立心が出て来る頃でしょ。父や母の真似はしたくなーいって思うだろうし、他の人の真似ばかりしているのもなんとなく嫌になるものでしょ。他と同じは安心するけど、自分ってものを周囲にアピっていきたくなるわけだから」


 お母さんは一度鍋を振り返りつつ、続けた。


「だからほらー、盗んだバイクで走り出して、怒られるようなことができる俺って特別―、うぇーい、みたいな変なアピールの仕方する子がいるわけよ」


 お母さんの例えがひどい。でもなんとなくわかった。

 自分が他にはいないただ一人だってことを自覚して、周囲にもそう知らせたくなるから、お揃いはたまにでいいって感じになるのかな。

 私が沙也の真似ばかりをしないのも、時々ある、友達がしているから避けようって思うのも、たぶん個々人の個性を尊重したり、自分が埋もれないためなのかもしれない。


「あ、そうか」


「なんか思いついたの美月ちゃんや」


 鍋に手を伸ばそうとしたところで、お母さんが振り返る。


「何でも黙って真似するのって、真似されたいって言ってる人以外にすると、尊重してないってことになるんだなって」


 何もかも相手のコピーだけするのは、相手の個性を潰すことになる。それこそ成り代わろうとしているようにしか思えない。それに真似する方は、手っ取り早くいいとこどりだけしたいってことだろうし。

 それって相手の気持ちとか尊重していないってことだろうなと。


 いいなって思った後で、自分なりに考えた上で変えて取り入れたら、たぶん誰の目にも本人に合うように改良したんだって感じられると思うから、本人の個性の一つに思えるし、真似じゃないって思えるんじゃないかな。


「まぁそうよねぇ。お揃いにするのだって、全員同意の上でしょ? お友達の間だけの約束事をつくって、他とは違う集団なんだって印象づけるためと考えたら、グループの個性をつくるってことになるんでしょうねぇ」


 お母さん、今までそんなに深く考えたことなかったけど。と、お母さんが明後日の方向を見ながら、おたまを持った手で自分の肩を叩く。


「真似っ子のまま大人になっていく子の場合は、なんか上手く思春期を過ごせなかったのかしらね。原因は自分にあったり周囲にあったりするんでしょうけれど。うちの美月は普通に通過したみたいで良かったわ」


 そんな風に言われると、ちょっと恥ずかしい。


「あの、でもそういうこと考えずに真似する人を避けようと思ったら、どうしたらいいのか……」


 記石さんにも、もしかしたら話し合っても理解しあうのは難しいとまで言われてしまったし。

 と思ったら、お母さんが目をぱちくりとさせて言った。


「憧れがまったく湧かないくらい、地味にしたらいいんじゃないの? こう、学校帰りは図書館ぐらいにしか寄りませんよっていう高校生みたいな。それもちょっとダサいくらいに」


「ダサいくらい……」


 ちょっと地味ぐらいだと、確かにすぐ戻るだろうと思われてしまうのかもしれない。それに徹底的にダサくした方が、興味を失うどころか避けてくれるだろう。

 私達の対応がなまぬるかったのだ。もっと徹底しよう。


「ありがとうおかあさん!」


 私はもう今のうちに沙也にそのことを相談しようと思った。台所から自分の部屋へと移動する。

 その背後で、すっかりお鍋のことを忘れそうになっていたお母さんの慌てる声がした。


「ぎゃああああああっ! 鍋ふきこぼれ!」



 お母さんの鍋のふきこぼれは大事にはいたらなかった、後の月曜日。

 ただでさえ地味な私は、さらに地味にして学校へ行った。


 首元で一本結びにしただけの髪。制服もいつもはベストの上からカーディガンを着ていたけれど、きっちりジャケット着用。鞄もキーホルダー関係は全部外して、地味な黒鞄。靴も黒のローファー。

 大人がこれぞと思うだろう、折り目正しい高校生の姿だ。


 沙也とはお揃いにした。

 地味さがなまぬるかったのだと思ったからだ。

 けれど、地味二人で並んでいたらクラスの女子に、私達三人は勉強を優先することにしたらしいと噂されて苦笑いする。


 肝心の三谷さんは、ちらりとクラスをのぞいて行ったようだ。

 それだけで、特にどうこうということもなかったのは、もしかすると柾人が彼女の感情を食べてしまったせいなのかもしれないけれど。

 私が一人で廊下を歩いている時にもすれ違ったけれど、地味な私はお気に召さなかったのか、そのまま素通りされてしまった。


 ノリで買った黒縁の伊達眼鏡をしたままだったので、近くにいた見知らぬ男子が「うわ、すごい絵にかいたような地味さ……」と言ったのを聞いたせいだろうか。

 一応、何か本を紹介してちょうだいと言われるのを覚悟して、とても真面目な本を頭の中でリストアップしていたのだけど、必要なかったらしい。

 これで安心できるかもしれないと、沙也と二人で胸をなでおろしたものだった。


 その日は特に用事もなかったので、報告ついでに記石さんのお店へ行った。


「いらっしゃいませ」


 扉を開けてみると、記石さんはカウンターの中から出て来た。

 今日は他のお客さんがいないからだろう。そのまま私に話しかける。


「あれからどうでしたか? ……良ければ奥の席にどうぞ」


 いつもの席は、窓から遠いけれど、カウンターには近い。そこに案内してもらって座った私は、笑顔で記石さんに報告することができた。


「私も沙也も、きっちりと地味にして行ったら全くこちらを見にも来なかったんですよ」


「そうですか?」


 けれど記石さんが首をかしげる。

 そしてふいに、記石さんが顔を私の肩に近づけた。


「えっ! あのっ!」


 突然のことに身動きもできなかったけれど、記石さんはすぐに離れて「すみません」と謝ってくれる。


「……ほとんど匂いがとれてないなと思いまして、ちょっと確認を……」


「匂いって……。まさかあの、彼女のですか?」


 鬼になりかけた者が匂わせるという匂い?

 記石さんはうなずく。


「まだしばらくは気を抜かない方がいいでしょうね……。とりあえず後で、お守りを渡しましょうか。事情を知ったうえで従業員をしてくれる人は、貴重ですからね」

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