Case19.アンハッピーレーシング

いじめっ子だったふたりを回収し、うろこの目的は残るは拠点であり天界社へ戻るだけとなった。のだが、車内はあまり快適ではなく。小学生四人に囲まれているのはまぁいいとしても、目標のふたりがうろこを信用しているとは言いがたい目をしていた。

たしかに、探偵だと主張しても元高校生であるし元からそういう仕事は似合わないと自分でも思う。ついてきてもらおうとしているやり口も誘拐犯だ。結礼に関わることを引き合いに出さなければ、まず引っ掛かってくれなかっただろう。

その点では、おぼろには大いに感謝しているのだった。よくやった、マイシスター。


車はすでに出発しており、すでに後戻りはできなかった。誘拐犯の妹だとおぼろと季里が何か言われるのは困る。リノはなんとかしてくれるだろうか。


「なあ、ふたりとも」


気まずい空気のなか、一番そういうのを気にしないおぼろが口を開いた。車内なら話をしても大丈夫との判断なのか、さっき言っていたことを彼女が率先して聞き出そうとする。


「ふたりはどうして結礼にちょっかい出してたんだ?」


それはうろこが知りたいことでもあった。結礼があれほどに歪む理由となる行いの数々に含まれるほどだ。いじめっ子の心理をうろこは知らずに育ってきたから、どうしてそこまでのことをしたか、皆目見当もつかなかったのだった。結礼側にも、何か原因があったのだろうか。


「別に、友達がやってたし。あの子、へらへら笑ってて弱そうだったから」


周囲への同調。それだけで、彼女をあそこまで追い込めるのか。少女の言うほとんど無いにも等しい理由に驚いて、続く少年の言葉は歯を食い縛りながら聞いた。


「……みんながやってたから、ってのは一緒だよ。でも、あいつが困ってる顔が面白くて」

「おい、お前。それであの子がどれだけ苦しんでたと思ってる」

「な、なんだよ!こんなことになるなんて思ってなかったんだよ!」


結礼は家庭にも恵まれず、ストレスを抱え込み、復讐へ逃げるしかなくなってしまった。溜め込み過ぎた彼女は追い詰められていったのだ。それを、彼らはたったそれだけで加速させた。

うろこは沸き上がってきてしまう彼らへの怒りよりも先に、自分を罵って気を反らそうとした。自分だって、おぼろと季里の写真を見せた。クラスメイトの幸せそうなものばかり。うろこだって同罪だと言い聞かせ、怒鳴る資格などないと思い込み、怯えるいじめっ子たちを視界からはずして大きく息を吐いた。


「うろこ姉。そういや、なんで三品と知り合いみたいなこと言ってるんだ?」

「……事故のあとに、病院で会ったんだよ」


世間では結礼は事故に遭い、病院に搬送された数日後に自殺で亡くなっており、リーダー格の彼女は行方不明、捜索中だと言われているらしい。メールでリノから聞いておいてよかった。


「な、なあ!事故のあとの結礼って、どうだったんだ?」


少年の言葉に答えるか答えないか、うろこは迷った。すこし迷って、彼には冷たくでも告げるべきだと思った。


「自分を傷つけた相手だったら、殺したってかまわない目をしてた」


少年の表情が底知れぬ後悔に染まり、おぼろもまた悲しい顔をして、車内はもっと暗くなった。


突如、車が急ブレーキをかけ、ちびっこたちから悲鳴があがった。何があったのか車の前方を見ると、不機嫌そうなようすから獲物を見つけたような顔に変わっていくオヴィラトの姿があった。こちらを明らかに狙っている。復讐の対象が乗っていることは先ほどの悲鳴でばれてしまっただろう。

運転手は進行方向を変えようとするが、すでにオヴィラトは飛び出していた。


「みいつけた」


フロントガラスが割られてオヴィラトが侵入を試みる。うろこは迷わず発砲した。変身前でも威嚇にはなったようで、オヴィラトに隙が生まれる。そこへ蹴りや発砲を繰り返すことで車から引き剥がし、運転手を押し退けて車を無理やり動かさせた。元運転手には眉間に硝子片が刺さっていて、血が視界を狭めている。これ以上は足手まといになる。

職員なのだからリノへの連絡をするように頼み、彼女と繋げ、運転席から助手席に移ってもらった。運転手はうろこに交代だ。もちろん未成年で免許なんてあるわけがなかったが、これは非常時だ。誘拐と同じく、リノに後処理は任せよう。


「あ、あ。こちらリノだけど、どう?オヴィラトにばれ?」

「こちらうろこ!その通りだよ、襲われてて、今はあたしが無免許運転中だ!」

「オーケー。じゃあ、公園に突っ込んできてくれ。バリアの用意はできているはずだ、今すぐ作戦は決行できる!」

「無茶言うなよ!無免許だっつってんだろ!」

「いいじゃないか!映画じゃ他人の車のシートひっぺがしたりするんだよ!そういうのいいよね!カーチェイスとかさ!」

「てめーの好みは聞いてない!」


とにかくアクセルっぽい方を全開にして、ブレーキにはもう構わない。ひたすらにげないとあれはこっちが消される。なるべく人通りの少ない道を、リノの指示に従いつつ公園へと駆け抜けて、しかしそれでもオヴィラトはこの車よりも速いらしかった。

いじめっ子ふたりは運転席と助手席の足元につっこみ、隠れていてもらう。後部座席で硝子が割られ、悲鳴があがることもあった。足元で結礼の顔をした何かに襲われている。悪夢にうなされているようで。うろこには、彼女らも彼女らでまたかわいそうな存在なのだと思った。


後部座席に取りつくことに成功したのか、オヴィラトが話しかけてくる。いじめっ子たちが見当たらないことで苛立っているのはわかる。


「なんでそんなやつらかばうんすか。邪魔しなければ、うろこお姉ちゃんたちは見逃してあげるのに」

「……城華は殺したくせに、か」

「あの女っすか。いえ、あなたが一番……自分でも許せそうだったんで。でも、そいつらかばうんだったら同罪でいいっすよね。何したかもう知ってるんすよね?」


オヴィラトの手が伸び、視界の端で季里のことを掴んだ。すかさず引き金を引いてやり、そのうえでハンドルを大きく傾ける。車からオヴィラトを振り落とそうとしている。が、彼女はすでにほとんど乗り込んでいる。


「くっ、同じ手は食わないっすよ!」


ここままだと全員、おぼろも季里も一緒に殺される。それだけはダメだ。あと数百メートル、目的地は見えている。あとは直線だ。

うろこは運転席を捨て、そこを職員さんに任せるとオヴィラトに体当たりした。後部の窓を割ってふたりで外へ出る。賭けにもすぎるがこれしかなく、オヴィラトは対応しきれずに公園内の囲われた部分に放り出された。


「……な、なんっすか?これ、ッ!?」


オヴィラトが通ろうとしても通れず、車は何事もなかったかのように通り抜けていったことに驚くオヴィラト。車はやがてきちんとブレーキがかけられて止まったが、オヴィラトはここに閉じ込められたのだ。もちろんストレセントのみを通さないこの壁を、うろこは通過することができる。壁を越えてはオヴィラトの攻撃も届かず、いじめっ子を追おうと壁を叩いて引っ掻いてと試行錯誤を繰り返すオヴィラトは悲しい姿に見えた。


「くそっ、くそっ!なんで、なんで自分がこんな目にあうんすか!あいつらは何もされないっていうのに!あいつらは守ってくれるっていうのに!なんで自分は!」


彼女が叫んでいるのをただ聞いているしかない。彼女の涙にも、構ってやれない。うろこは彼女が越えられない壁を通り抜けて車のところへ行き、四人の小学生の無事を確認した。


「大丈夫かよ、みんな」

「うろこ姉ががんばってくれたからな」

「うん、季里も無事」


オヴィラトには掴まれただけでなんでもなかったという。妹の身になにかあれば、それはうろこは姉失格だ。もうすでに失格みたいなものだが、譲れないところはある。うろこは、妹たちのために死んだのだから。


うろこが安堵の息をついて、銃を下ろした。この瞬間。壁の内より小さな石がおぼろめがけて投げつけられており、その石ころは彼女の背中に当たると勢いを失うが地面には落ちなかった。代わりに、おぼろには苦痛が襲い掛かってくる。


「……知ってたっすか?適合者と血縁があると、適合者の確率は高いらしいっすよ」


倒れる妹。精一杯の抵抗を終え、笑っているオヴィラト。うろこは何をすればいいのか。苦しむおぼろを抱き起こし、名前を呼ぶことしかできない。背に根付こうとする生体隕石を引き剥がす?そんな力業でいけば、すでに骨に到達しているだろう部分まで引き剥がすことになる。おぼろは二度と下半身が動かなくなるかもしれない。そう思うと腕が動かなくて、うろこにはできなかった。


「おぼろ姉っ、おぼろ姉!ねぇ、おぼろ姉、どうしちゃったの!?」


叫ぶ季里の声が、怖くて何もできないうろこに突き刺さる。おぼろに打ち込まれた生体隕石は彼女の身体を蝕んでおり、タチバナにもストレセントにもなることを許されずにただ痛みばかりが与えられている。迷っているうちに侵食は背骨へ到達し、無理にやれば死ぬ可能性も高い。うろこは自分にそう言い聞かせ、ただひたすら苦しむおぼろのことを抱いている。


「っくくく、せっかくここまでうまくいったのに。詰めが甘いってやつっすね!」


生体隕石だけであればこの壁も通過できると気付いたオヴィラトは、さらにもうひとつ取り出すとこちら目掛けて飛ばしてくる。今度はいじめっ子の少女が狙われていた。うろこはおぼろに夢中になっていたため、反応が追い付かない。眉間に生体隕石が命中して、少女が白目をむき、失禁しながら倒れこむ。あれは無理だ。逃げるしかない。


「季里、逃げるぞ!」

「う、うん!」


季里は少年の手を引き、うろこは息の荒いおぼろを抱え、怪獣にされてしまう少女を見捨て逃げ出した。彼女はすでに巨大な鷹の姿に変わっており、こちらを狙っている。


ストレセントのあの体躯と飛行能力で逃げ切れるわけがない。うろこは季里と少年へ屋内へ逃げるよう支持し、近くにある体育館に駆け込んだ。鷹はまだ追ってきていて、玄関扉を壊して嘴をねじこんできて、少年は連れていかれかける。

それをなんとか回避しても、危ないところだったと安堵している暇はない。天井で屋根をあまりに強い力で叩き壊そうとしている音がする。ここにいては元からここにいた人たちも襲われてしまう。外へ出るしかなかった。


少年が腰を抜かしてしまったようで、身体のまだ大きくない季里が無理やり背負っている。鷹は待ち伏せしていたらしくすぐにまた襲ってきた。オヴィラトの心に影響を受けているのか執拗に少年を狙っており、しかしその少年を背負っているのは年少者の季里なのだ。バランスも悪く、足が遅くなってしまう。


季里と少年を狙う鷹。掴もうと接近してくる脚に対し、うろこは咄嗟におぼろを地面に寝かせ、季里と鷹とのあいだに飛び込み身代わりになった。鋭利で巨大な爪がうろこの身体に穴を空け、激しく痛む。それをどうにか耐え、持っていた拳銃の銃身をくわえ、発砲する。狙いがぶれないため確実に変身できる。見た目はよくないのだが、贅沢は言っていられない。

飛び散る血と脳漿の雨。衣装の再構成ののちに始まる再生。すぐに意識を取り戻し、自分の腕をガトリングガンに変化させて鷹の足首を撃った。鷹が思わず足を離してしまうまでは予想している。落ちていく自分をまだ鷹が狙ってくれることに賭け、時間を稼ぐにはどうするかと考えた。倒すにはおぼろの時間がない。逃げるには少年が危ない。どうすればいい。


「頼む、助かってくれよ」


落下の風を感じながら、何もいい策も出てこない脳が絞り出したのはたったそれだけの言葉だった。


「……だったら安心して。私たちが来た」


落ちていくうろこは受け止められた。小さな腕におひめさまだっこされて、やさしく民家の屋根に下ろされた。

受け止めてくれた彼女は赤まじりの金髪をなびかせ、上空の敵を見上げている。


「和紙!?なんでここに」

「私は先に来た。そっちの作戦はうまくいったけど、うろこたちが大変なことになってるって、同行した運転手さんが言ってたらしい。いまからリノ社長と不二がこっちにユリカゴハカバーで来る。不二がオヴィラト担当。私とうろこであいつ担当」

「……保護しなきゃならない奴がいるのは」

「それも伝わってる。うろこが連れていってあげて。足止めは私がするから」


飛び出していった和紙は単純な脚力で鷹のいる高度に至り、ナイフを突き刺しそこに体重をかけて引き裂きながらよじ登った。鷹は和紙を振り落とそうと暴れている。その注意はいま少年には向いていない。チャンスは今だった。


うろこがおぼろたちのところへ戻ると、視界の端でユリカゴハカバーが走っていた。向こうはこちらへ向かってきている。うろこはふたたび季里に合図して、おぼろを背負い、希望に向かって駆け出した。

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