Case18.愛情の裏返しに

残された祷可恋だったものを最初に見つけたのはアメリィだった。とりあえずエイロゥに報告。来るまで待つあいだになぜこうなったかを見て、胸の感触から生体隕石を持たないただの祷可恋になっていることを突き止め、まだエイロゥは来ないので周囲のそうじをしていると、やっとエイロゥがやってきた。


「来たね。イドルレ、やっぱり生体隕石を抜き取られたみたいだ」

「……チッ、最悪ですね。この局面で消えられると困るんですが……アメリィ。彼女のことは腐らないよう保存しておいてください。あのお方を復活させた後にでも復活できるでしょう」


エイロゥは心底計算違いが起きているのに怒っているらしく、仲間のために怒れるのだから彼女はきっとストレセントになりきれていないな、と思う。もっと人類の敵らしく振る舞うのなら、イドルレくらい捨ててもおかしくはないのに。

そんなことを考えつつも、働かないのは気持ち悪いのでささっと祷可恋を抱き上げ、拠点へと連れて帰る。


「天世リノ。身体を壊さず生体隕石を引き抜くとは甘い女だ。いつかイドルレに負けても知らないよ」


誰に言うでもなく、アメリィは悪役っぽいセリフを吐いてみたが、まったく自分には似合わないような気がしたので黙って死体保存のため働くことにした。



リノがイドルレと戦い、回収班に迎えられたころ。水戸倉うろこには新しく指令が与えられていた。内容は、囮にするための少女と少年の回収だ。

少女はあのカラスのストレセントにされてしまった彼女の友人であり、結礼への陰口がもっともひどかったのだという。少年は結礼の身辺にいたずらをしたりを繰り返していた者で、復讐される可能性は大いにあるとのことだった。


しかし、妹がいるといっても、回収とはどうすればいいのか。いきなり背後から襲うようなことをすればそれはもう市民を守る正義ではいられない。かといって、親御さんに説明してもリノや芥子でないのだから信じてはもらえないだろう。

うろこは悩みながら、ひとまず彼らの通う小学校の場所へ赴く。もうすぐ放課後だ。校門前で誰かを迎えようとするふりをして、必死に考えた。


「あれ、もしかしてうろこ姉か?」

「えっ……?ど、どこ?」


聞きなれたはずの声を。数週間ぶりに聞いた。

なんとなく覚えのある場所だと思っていたら、ここはうろこの妹である「水戸倉おぼろ」と「水戸倉季里きり」、どちらもが通う場所だったのだ。しかも真っ先に見つかってしまった。

数週間前に失踪した姉が帰ってきたということで、帰ろうとしていたらしいふたりはそんなことも忘れて大喜びだった。うろこにとっては喜べる事態ではない。忘れていた。目的地がここであったということは、もしかすると結礼とクラスメイトで、復讐の対象にされていたかもしれないのだ。心底戦慄した。おぼろも季里も顔は結礼に割れているのだ。


「うろこ姉、何か悩んでないか?」

「あ、いや、そんなことないぞ」

「悩んでるだろ。うろこ姉、いなくなる直前もそんな顔だったじゃん」


思い出してしまう。お金に困り、自分から死ねば金が手に入ると言われ銃をわたされたあの日だ。結局お金の問題はどうなったのだろう。


「生活は、どうだ?やっていけてるか?」

「ん?うろこ姉がいなくなってからか。大変だけどなんとかやってるよ。二千万、がまんして使えばうろこ姉がひとり出来るもんな」

「……頭、いいんだな。おぼろは。あたしは馬鹿だから、おぼろと季里を置いてくしかできないんだ」

「は?なんのことだよ?うろこ姉ヘンだぞ?」

「元からだよ」


こうして家族と話していると、心が楽になる。なんでも話せる相手は誰にだって必要だ。きっと結礼にも、そんな人がいればよかったんだろう。だとしたら、あんなことにはならなかったんだ。


いや。結礼のことを考えては駄目だ。後ろ向きになってしまう。それよりも目先の仕事だと思考を切り替えよう年、ふとクラスメイトである可能性があるなら、と考え付いた。


「な、なぁおぼろ。クラスメイトにさ……こんな奴、いないか?」


おぼろに学校生活のことを聞いたとき、彼女はクラスメイトのほとんどと仲がいいと言っていた。おぼろはテストもいまのところはかなりできていて、運動は大の得意のはずだ。クラスに人脈があってもおかしくない。


「あぁ、あいつ?なんでうろこ姉が?」

「ちょっと、さ。今休んでる子のことで、話があって」


おぼろが目を丸くした。行方不明になっている、との話を聞いたことでもあるんだろうか。季里は何の話かわからないらしく、首をかしげている。


「うろこ姉、うちにいないあいだにケーサツにでも就職したのかよ」

「まぁ、似たようなもんだ」

「じゃあタンテーか!?ディテクティブか!?」

「お、おう。とりあえず探してほしい子がふたりいるんだ。名前は……」


なぜかとても食いついてくるおぼろ。むしろ都合がいい。目標を教えてやるとどちらも友達らしく、リーダーが休んだことで今から遊ぼうと言ってもふたりともフリーになっているだろうとのことだった。

おぼろの熱意と人脈に頼り、季里といっしょに待つ。うろこによく似たおぼろと違って、季里は母の有珠似で口数が多くない恥ずかしがりやだ。


「よくわかんないけど……うろこ姉に会えるなんて、びっくり」

「あたしだって、お前たちに会うとは思ってなかったよ」

「またどこかへいっちゃうの?」

「……多分な。また帰ってこないかもしれない。だから、そんときはおぼろのこと支えてあげてくれ」

「ささえる。がんばる」


まるで別れの挨拶だけれど。うろこはあのとき無我夢中で、別れをまともに告げていなかった。だからこれは、二度と会えなくなってしまう前に言っておくべきことだったのかもしれない。


「連れてきたぜ。どうすんだ?」

「ふたりに話を聞かなきゃいけなくてな、ちょっと着いてきてくれ」


おぼろと季里を誘導し、それについてくるいかにも生意気そうな小学生ふたりを連れていく。職員と車が待機している場所は伝えられていた。それまでは何事もなく、到着はできたのだった。

到着は、だが。


「水戸倉、おまえの姉ちゃん誘拐犯かよ」

「おぼろちゃんまで共犯みたいだよ」


説明もなしに車に連れ込もうとしたら、さすがに怪しまれるか。どうすればいいだろう。目線でおぼろと季里に助けを求めると、おぼろが親指を立ててみせた。


「うろこ姉はタンテーなんだよ。ほら、きょうあいつ休んでるし、三品のこともあったろ?だから、念のため話を聞いておきたいんだってさ」

「じゃあなんで車に乗るんだよ。この場所でもいいじゃんか」

「どこに盗聴器があるかもわかんないのにこんな場所で話せるかよ。な?うろこ姉」


うろこはとりあえず頷く。そういうことにしておこう。もしかして、うろこの二千万円でサスペンスものの漫画を買ったりしたのだろうか。そうではないといいのだが。

顔を見合わせた少年と少女。多少疑ってはいるようだが、結礼に強く当たっていた罪悪感があるのだろうか、車に乗ってくれた。これで協力の意思はあるとみばしていい、と思う。うろこは誘拐犯のようないいわけを心の中で何度も繰り返しながら、職員さんに出発の合図を出した。



不二は会議が終わった後もずっと霊安室にいた。寒いけれど、城華だって同じだ。せめて不二をかばってくれた城華と同じ状況にいることで、自分の罪を和らげようと思っていた。もう時間の感覚もない。ゆっくりと意識が失われていくのを感じる。できることなら、このまま、城華と一緒に。


「おや、不二くん。凍死で変身する強化フォームは限定的だし難しいと思うよ?」


いきなり光が射した。扉が開いたのかと気づくまでに一瞬遅れ、立っていたのはリノだと認識するのも一拍遅れた。


「もう冷凍は必要ないよ。私がなんとかしちゃうからね」


霊安室の冷却装置の電源が切られ、不二はリノの助けで霊安室から放り出された。城華の遺骸も台車に乗せて出され、霊安室前には和紙と芥子もやってきている。不二の意識も暖かい場所に戻ってきてなんとか目の前のことを頭で処理できている。暗い霊安室から出たことで、リノが包帯まみれでちょっとふらついているのもわかった。あんなリノを見るのははじめてだった。


「さてと。一回埋め込んだんだ。身体側が覚えてるのさ。こんなふうにね」


結晶になっていた胸の大穴の中心に生体隕石が置かれると、結晶ではない部分の肉が脈動した。ここでリノは軽く叩いて結晶を割ってやると、飛び出していく血と肉が一気に再生を促し、肺を形成し、城華として繋がってゆく。変身よりも早く再生はすまされ、周囲で見ていた適合者たちは息を呑む。


「う、うぅ……あれ?私、たしか……」

「……!城華、平気、なのか?」


不二は思わず駆け寄った。体温は戻りはじめていて、冷たくなっている不二と比べてすでに城華のほうが暖かい。きょとんとする城華に、その場にいた皆が安堵の声や笑みをこぼしている。城華が帰ってきてくれたことが嬉しくて、嬉しくて、不二は温かな涙を流した。


「おかえり、城華」


不二の泣き顔で何があったのかを思い出したのか、自分の胸を見て、さすり、やはり膨らみはないことに苦笑いしながらもこう返してくれた。


「ただいま、不二」


はじめて不二と城華は互いを抱き締めた。城華の身体はよけいな肉がなく、抱いていて心地がいい。でも、それは単純に。不二が城華のことを大切に思っているから、かもしれない。


「さて、ご感動のところ悪いけど、いくつか説明だ。まず、いま城華くんに使ったのはイドルレから奪ったもの。イドルレの出現はひとまずなくなるだろうが、城華くんの身体に馴染むのは時間がかかるだろう。それまでは、変身は禁止だよ」


不二としても、帰ってきたばかりの城華にそんな無茶はさせられない。だから、リノの判断は正しいと思う。だが、城華は不満そうだ。


「だったら、私は何をすればいいんですか」

「ふふん、そう怒らないで。病み上がりの君にもちゃんと仕事があるくらい私たちは切羽詰まってるんだよ」


リノは職員から書類を受けとると、軽く目を通して城華にそれを渡す。いったい何の資料だろうか。不二が覗いてみると、何かの分析結果らしかった。


「城華くんが独学で化学兵器を合成した事実を踏まえてだ。それは君の硝子になった破片のデータだよ。君にはそこから、わが社の研究員と共同でオヴィラト対策の装備を作ってもらいたい。大丈夫かい?」

「……はい。やってみせます」


城華が頷き、リノも頷いた。城華は前線には出れないかわりに、後方で支援してくれることになったという。

残るは、オヴィラトを閉じ込めることでその支援が間に合うだけの余裕を作れるかどうか、だった。でも、今はそんなことを考えてはいられない。


とにかく。城華が帰ってきてくれてよかった。まずはその気持ちが強くて、それで頭がいっぱいで。不二はまだ自分が泣いていると、自覚しないまま城華にくっついていた。

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