Case17.リノさまれぽーとvol1
リノに同行させたドローンからの映像記録を見ながら、芥子は彼女の心配をしていた。生体隕石を破壊できる敵なんて、いくらリノであっても心配になる。彼女の出撃は数ヶ月ぶりだ。近頃は第三期の面々に任せっきりだし、それ以前はまだ万全ではなかったため代わりに芥子が出撃していた。休養があったと言えば聞こえはいいが、ブランクがあると言えばとたんに不安が残る。
芥子は正直、リノを喪ったらどうしようと思っていた。すでに生体隕石を砕かれてしまった子がいる。今までより、身近すぎて麻痺していた死の恐怖が刺激されてしまう。自分を拾ってくれた彼女がいなくなったらと思うと、とてもこんなことに行かせたくはない。けれど、10年来の付き合いだから知っていた。彼女は他人のために身体を張る人種だと。
「いえーい、映ってる?こっからはあいつのせいでまともにレーダーも動かないから、追っかけは多めにね」
ドローンに向かってピースしてみせるリノ。彼女が持っているのは変身および戦闘に使用する日本刀だ。きっちりと手入れされていて、周囲の風景が映っている。
「さて、今回の目的は城華くんのぶんの生体隕石の確保だよ。生体隕石はいくつかタイプがあるだろう。城華くんと一致するのはIだったよね」
生体隕石には血液型のようにいろんな型がある。生体隕石自体が一般的な概念ではないが、たいていは5つのタイプのうちどれかだ。リノと芥子はそれらに属していないが、不二はA、うろこはE、和紙はU。そして結礼はO。今回必要となる城華のためのものはI型だった。
「それ持ってるのは可恋……イドルレだったよね。今回の目当ては彼女」
可恋のデータはある。間違いなくI型だ。彼女から生体隕石を奪い取り、城華に与える。それが今回の目的であり、一番の難関だった。
「じゃあ行こうか。大事をとってここらで……変身っ!」
画面の向こうのリノが日本刀を自分の腹に向け、そして横に斬り裂いた。たやすく彼女の身体を裁断して腹からその切っ先を見せた刀身は紅を浴びて美しく光っている。
リノの死因は単純に「切腹」である。腹を裂き、潔く死ぬのが彼女のやり方だった。傷口をおおきく広げる形でもう一度鳩尾から臍にかけて腹を斬り、裂けた腹からはちぎれた子宮や腸の破片が飛び出して落ちる。リノは死にかけながらも刀を杖にして立っていた。変身はここからだ。
上半身の服が分解され、まずリノの形のいい胸が露出する。さらに刃のきらめきから細長く布が生まれ、貴重品をしまうように巻いてサラシとなった。戦闘の邪魔にならない程度にその大きさも隠される。
その上にはまず赤と白を基調とした羽織が作られる。切腹を選んだリノらしく勇ましいコスチュームだ。家紋の代わりには橘と翼があしらわれた紋様が刻まれている。その背からは二本一対の棘があらわれ、下半身の変化へと移る。
下半身もまたすべて分解されてからはじまる。刃の光は今度は黒いインナーを産み、さらにロングスカートを纏わせる。足元は靴型の鎧に包まれ、お尻にはかわいらしくも先に棘がついた短い尻尾が現れ、衣装の変化は完了する。
次は再生だ。転がっていた子宮や腸は消滅し、新たに体内に作られていく。傷口がぴったり閉じて、やっとリノは意識を取り戻して地面から刃を抜いた。
「んー、死ぬのは久しぶりだなぁ。よし、出発!」
リノは変身前よりも格段に速く動き、ドローンたちもそのぶん加速しなければならなかったのだが、やはりドローン程度の出力では追い付けない。住宅街に潜り込んでいくリノの姿をなんとか画面に捉えさせ続けながら、映像を芥子が追っていく。
ふと、画面の中でリノが近づいてきていることに気がついた。つまり彼女は立ち止まっている。何事かと思うと、そこには巨大な星形の怪物がそびえ立っている。ヒトデのストレセントだろうか。
車輪が緩やかな斜面を転がっていくようにゆっくりと、しかし一歩一歩の先にあるものをすべて破壊しながら進んでいる。
いくらストレセントの根城の街だからといって、壊されていくのを見逃せるリノではない。日本刀を振り抜き、ヒトデの足を五本すべて切断。中心部もまたまっぷたつにして消滅させ、一瞬で生体隕石回収へと至る。
「ヒトデ、ってことはイドルレの奴だね!出てくるなら出てきて……ぅおっと!?」
ふたたび駆け出したリノの姿がきゅうに消えた。画面の端で、闇に飲み込まれたのである。これは新たなストレセントの能力か。違う。この闇自体がストレセントであるのだ。モチーフはおそらくナマコである。
飲み込まれてしまったリノが出す掛け声は聴こえるが、いっこうに彼女が出てこない。斬撃がナマコの体内に通用していないのだろうか。ナマコが後退していくのを見て、画面越しに芥子は叫びそうになった。
しかし。リノはその程度で終わるほど弱くない。突如左右に天地を加えた四方向へ向けてナマコが膨張し、そして破裂した。中からは生体隕石を手に、リノが無事で立っている。その身体からは先ほどナマコが膨張した方向と同じ側へ四本刃が伸びている。
身体から生成するのも彼女の「切腹」の能力である。斬撃が通用しないのなら破裂させてしまえ、という無理やりな解決方法だったが、とにかく突破できたのならそれでよかった。
ここまでの二戦で時間を稼がれたのか、リノの進行方向にはイドルレでない人影が見える。芥子は見たことのない、年頃は7歳ほどの金髪に蝙蝠の翼を持った少女である。
「悪いが仕事でね、どうか許してくれ」
「嫌だね、こっちだって仕事なのさ!」
ふたりの少女は空中で組み合い、リノは首を噛まれかけ、少女は首をはねられかけたがどちらも寸前で回避し再び離れた。
「何者かな、君は」
「アメリィ・ストレセント。天世リノ、僕はそちらを知っている」
「有名人はつらいね!」
アメリィと名乗ったストレセントは指をぱちんと鳴らし、何かを呼び寄せた。それは狼のストレセントが2体であり、リノに噛みついてくる。哺乳類のストレセントであることから、おそらくアメリィはA型の生体隕石を持っている。今は用がない。アメリィの側も狼を呼び寄せる以上はリノに干渉する気がないらしく、「帰って仕事をする」と言い出しながら去っていった。
狼のストレセント二体の相手は難しい。一方から襲い来る相手を、もう一方に対処しながら受けなければならない。リノも刀一本ではさばききれなかったのか、片一方の狼の牙に胸を刺し貫かれた。
そこからが反撃だ。全身から刃を出す攻撃によって噛みついている相手を串刺しにし、さらに刃を勢いよく伸ばせば頭蓋骨にまで届く。脳天から刃が生え、まず一体目の狼は消滅しひとかけらの隕石に戻る。
あと一匹はわかりやすい。避けて、斬って、消すだけだ。飛びかかってきた狼へすれ違いざまに刃を通し、上下の顎を基準にふたつに割って消滅させる。
これで撃破したストレセントは四体。一体一体はリノにかかればなんてことはない相手のはずなのに、ここまで溜まれば消耗になる。しかしここに来て撤退という選択肢はない、とリノは思っているはずだ。彼女を信じるほかにない。
リノが属する特異な生体隕石の型は、出力は高いもののまず存在する数がほぼ無く、またスタミナ切れを起こしやすい。連戦には本来向かないのだ。
そんなリノへ向けて飛来物がひとつ。バックステップで回避したそれは手袋のようで、いわゆる決闘の申し込みであった。
「ここで満を持して!わたしというアイドルとーじょー!待ってたでしょでしょ?ね☆」
「あぁ、会いたかったよ可恋。今回は君に尊い犠牲になってもらおうと思って」
「っふーん!だ!このわたしは永遠の偶像。このハートは奪わせないぞっ」
それ以上は言葉もなく、スタンドマイクと日本刀で激突し、互いに弾き返された。互いの目が合い、武器が改めて握られる。緊張の瞬間が訪れる。
先に振られたのはスタンドマイクである。イドルレの武器であり、リノの特別製の日本刀と打ち合っても斬れないほどの強度を誇り、地面を抉る火力を持つ。しかしリノの日本刀だって負けてはいない。よくイドルレのほうを見てみれば、打ち合った瞬間に眉間からすこしだけだが血が飛んでいる。衝撃が飛び、それだけでストレセントに傷を与えるほどに鋭く出来ている。リノの愛刀だ。
イドルレはいちどリノから距離を取り、突進に見せかけたスライディングで足を払いにかかり、リノは上から飛び込んで回避、またそのすれ違う瞬間にも打ち合った。速すぎて映像が追い付かないかもしれない。
打ち合った勢いのまま地面にマイクを立て、支えにしてのハイキックが繰り出される。刃が間に合わず、顎を蹴りあげられ、懐に潜り込む隙を与えてしまった。イドルレに接近されるのは危険だった。相手の能力を使わせる余裕を与えてしまう。
「リノ、一緒に踊って……ね☆」
ささやく声でリノの動きが一瞬止められる。次の瞬間も自発的な行動ではなく、イドルレに胸部を殴られたことで吹っ飛び、血を吐くという動きになってしまった。あれがイドルレの能力だ。アイドルに近くで話し掛けられたら、ファンは硬直してしまう。その魅了状態を引き起こさせる。リノでも復帰するのに数秒はかかり、口元の血を拭った。先ほどの狼にやられた胸の傷は完治したとはいえないらしく、イドルレの攻撃で傷口が開いたらしい。
「疲労、傷口への攻撃、行動抑制。つまんないと思うけど、こうでもしないと祷可恋はあなたに勝てないから。だって、身体能力は常にトップだったでしょ?」
「高評価で嬉しいね……こりゃもう無茶するしかないか」
リノは一気に飛び出し、イドルレに向かって自らの身体から刃をいくつも伸ばし、彼女の四肢を封じようとする。スタンドマイクを回して抵抗するイドルレだが、無理を悟って離脱する瞬間に脚を刺されて引き戻される。結果、互いの四肢は刃で自分に縫いつけられ、リノとイドルレは重なりあった状態で動きを止めた。
「顔、近いよ!わたしほどの者に接近しすぎ!」
「こうでもしないと、君を殺せないんだよ」
リノはふたりの右腕を通っている刃をむりやりへし折って自分の腕だけを自由にし、イドルレの露になっている胸をそっと撫でる。今この状況で彼女の身体を楽しみたいわけがない。その奥にある生体隕石が目的だ。リノの手とイドルレの胸のあいだで光が生まれ、抉ること無く生体隕石が取り出されていく。
「可恋。遺言は?」
「……次は勝つからね」
「あぁ。受けて立つさ」
リノが生体隕石を掴むと同時に、イドルレは脱力した。衣装が消え、残されるのは祷可恋だった少女の名残である。表情は悔しそうで、涙が一粒こぼれていた。
今回の目標であるイドルレ撃破は達成されたらしい。芥子は映像を送信しているドローンの座標を測定し、その場所へ早急に回収班を向かわせる。放っておけばエイロゥやオヴィラトが現れる危険性があるからだ。芥子は指示をいくつも下しながら、イドルレを倒せた安堵と、まだリノは戻ってきていない緊張で息を荒くしていた。
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