Case16.さだめに眠る

小規模だが、地響きが聞こえた。和紙がカラスを撃墜したらしく、ストレセント退治じたいは終わったようだった。

やっと不二が正気を取り戻したのは、和紙が一度現場を見て、戻って報告およびリノとうろこを連れてきてからだった。うろこはあの少女を助けられなかったことを悔いていて、和紙はいつもどおりの無表情だ。だがそのどちらも、城華のことを見ると一転して驚愕と困惑へと変わっていった。


オヴィラトの放った光によって、城華の胸は結晶化されて砕かれた。本当なら生体隕石が再生を促すはずが、それも動いておらず、傷口というものがないため血も流れていない。だから、はじめて見るほどきれいに城華はその時を止めていた。


意外にも、最も動揺を見せたのはリノである。城華から飛び散った硝子の欠片を拾って観察し、生体隕石がどこにもなくなっていることを確認すると大きなため息をついた。そして、まじかよ、だとかやばい、だとかをぶつぶつと繰り返してはまたため息をするのを何度かやった後、落ち着いたのか不二たちの方を向く。


「今のストレセントにこんな芸当できるやつはいないはずなんだけど、起こってしまったね。彼女がこうなったきり動かないとおり、私たちは生体隕石がなければ復活できない。残念ながらね」


オヴィラトによって生体隕石を破壊されてしまったため、城華はただの死人に戻ってしまったのだという。あまりに突然のことで、不二には理解しているつもりでも受け入れられない現実だった。


「さて、生体隕石がないなら、いろいろと不都合が起きる。死体に戻っちゃうから腐敗と自己融解が始まっちゃうんだよ」

「ッ、城華をそんなふうに言うなよ」

「……そっか。ごめん。でも、ちゃんと冷やしておかないと、もうチャンスはなくなってしまう。私としても適合者を喪うのは重大な問題だよ。運ぶの、手伝ってくれるかい?」


不二は黙って頷いて、リノとふたりで城華の身体を持ち上げた。本人は重くないはずなのに、こんなにのし掛かってくるように思えるのは。あのときの城華は、不二のことしか考えていなかったからだろうか。


「よい、しょっと。念のため、和紙くんは破片の回収を頼むよ。そっちはオヴィラト対策に必要になる」


リノの指示で現場は片付けられ、今回の出撃は死者1名と城華の喪失という大きな損害で終わった。彼女を抱えてユリカゴハカバーに戻っても、不二はずっとなにも言えなかった。



天界社に戻り、リノは芥子と一部上位職員を会議室へ緊急招集、不二には城華を地下1階の霊安室へ運ぶよう指示された。異常に気温の低いその部屋はマイナス二十度に気温が保たれているらしく、腐敗を防ぐことができるらしい。城華ともう一度話をするには、そうするしかないと言われた。まともに返答できず、頷くだけだったが。


霊安室に彼女を安置し、不二は現実から逃げるように会議室に戻り、そちらでもまた重苦しい雰囲気に迎えられた。重要な会議がはじまるということで、うろこと和紙と並んで座り、黙ってリノの話を聞く。


「さて。今回は想定を越える脅威を発現させたオヴィラトの撃破に向けての話だ。城華くんのことは私がなんとかしよう」

「なんとかって、どういうこと?」

「和紙くんなら覚えているだろう、生体隕石は今までたくさん回収してきた。補えるさ」


和紙は納得しているようすがない。確かにストレセントを倒せば小さな欠片が手に入るが、ほんの小さなものだ。不二たちに埋め込まれており体表に露出している部分だけでも数倍以上はある。それをかき集めたところで、何十、いや何百となければ使えないだろう。リノが何か、別の方法をとろうとしているとは直感できた。


「それよりも、オヴィラトの話だよ。さっき言ったとおり、彼女が持つ能力は私たちにとって天敵だ。生体隕石には限りがあって、それそのものを破壊するには特別な過程が必要になる。あの結晶化の能力は、生体隕石を硝子に置き換えることでそれをすっ飛ばしているんだ」


話を戻したリノの口からはオヴィラトが脅威である理由が語られる。理論は相変わらずよくわからないが、とにかくあの光を受ければ城華と同じ末路を辿ることになる、ということだろう。しかし、一度ああしてみせただけで、有効範囲もなにも明かされていないのにどう対策しろと言うのだろう。


「あいつはきっと、城華くんのことで味をしめて結晶化を乱用してくるだろう。だったらこちらには対処しきることができない。オヴィラトへの対策が完成するまで彼女とは交戦を控えてくれ」

「でも、オヴィラトはそのあいだにも人々をストレセントにする」

「だったら先に手を打とう。私だってなにも考えていないのにこんなこと言っちゃいないのさ」


リノは自信ありげに合図をし、部下にスクリーンとプロジェクターを用意させる。あの指示するための棒がまた社会人っぽさを感じる。最初に表示された画面には、この街の空撮写真が大きく映し出されている。


「今回の決戦の地はこの地区だ、あの公園がある場所だよ」


うろこは口を固く結んだ。あのとき、結礼のことを止められていればという公開が襲ってきたんだろう。無理もない。


「ここにオヴィラトを閉じ込める。この本社を守るために使っている壁の一部を流用し、彼女を拘束する。これができれば交戦しなくてすむだろう」


イドルレが突破しようとしていたあの見えない壁。あれなら、ストレセントは通れないはずだ。どうにかして彼女を誘き寄せ、壁を起動できればいい。しかし、その誘き寄せるという過程で交戦が必要になるのではないだろうか。

不二の目を見たリノに察されたのか、リノは次の画像を表示させた。被害者名簿と同じ形式でデータがまとめられている。三品結礼についてだ。


「オヴィラトが今まで襲ったふたりだが、同居していた成人男性と同じクラスの女子生徒だ。結礼を通じて共通点のあるふたりだが、それはただ結礼に近かったというわけではない。聞いたんだろう、あの少女がオヴィラトに襲われる理由」


オヴィラトが少女をストレセントにしたときに連ねていた生々しく惨い仕打ちの数々。あれが真実だったなら、オヴィラトは真っ先に復讐を行動原理にしているのか。


「そう、成人男性……結礼の叔父だね。彼は結礼に対して虐待を行っていたらしい。あざだらけの結礼を見たという報告なんかもあってね。明らかに小学生の力ではつけられないような傷だよ」


保護者だといっていた叔父でさえもそうだったのか。あのニワトリのストレセントは結礼の最後に残った肉親であったのか。想像を絶する結礼の経歴に、和紙も押しだまり、うろこは震えてさえいた。


「まぁ、ここではそんな結礼の過去を利用させてもらうことになる。結礼に対して非道な行いをした者を洗いだし、こちらで保護。囮として使う」


今までのオヴィラトの動向を考えると筋が通っているように聞こえる。ただ、本当にそれでいいのだろうか。罪があろうと、一般人を巻き込んで囮にするなんて、市民を守るという名目の不二たち適合者が行っていいことなのか。


「適合者たちにはこれを把握してもらいたかったんだ。これ以上城華くんのような犠牲を出さないため、わかってくれ」


和紙が力強く頷いたが、不二とうろこは素直に頷けなかった。彼女を喪ったショックとオヴィラトが完全に敵だと見なされたことへ納得しきれない気持ちもあって、吐きそうなくらいの感情が渦を巻いていた。



リノはやっとひとしごと終わったとおおきく息を吐いた。

会議が終わり、全員が持ち場に戻っていく。第三期適合者たちも同じく、だ。彼女たちには心の整理をつけてもらわなければならない。ゆっくりと自室で考えて決めてもらう。これでオヴィラトと戦えないというのなら、リノもまた彼女の生け捕りと研究に手を尽くそう。


そのあいだにリノはやらなくてはならないことがある。いつもの業務はリノよりも芥子の方が向いているし、彼女に任せてしまうことにして考えない。替えのきく社長の仕事より、こっちのほうが重要だ。さっそく準備をして出立しよう、と決めたところで芥子に引き止められた。


「何のおつもりですか、リノ様」

「何って、ただのサボりだよ」


事実ではある。どちらもリノがやるべきことだが、普段通りの業務は放棄することになるからだ。


「いいえ。城華様のためですね」

「……いいや、違うさ。これは和紙くんのためでも、うろこくんのためでも、不二くんのためでもある。そして、私のためでもあるんだよ」

「そうですか。では、行ってらっしゃいませ。業務は私が引き受けます」


こういうとき、頼れるしわかってくれる美人秘書がいると本当にありがたいものだ。リノは改めて芥子に感謝して、準備のため自室へ向かう。


「じゃあ行ってくるよ。久しぶりの自殺うんどうだ!」

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