Case14.他人の幸福、火薬の味
アメリィの部屋で休憩した後、オヴィラトは自分の部屋にしてもいいという場所をいくつか紹介されたが、それよりも講習を受けたいとせがんだところイドルレは簡単に折れてくれた。せっかちだとか言われても、こんなに楽しみなのだからしょうがない。
イドルレを逆に先導し、自らの実家だった場所へ案内する形で飛翔し、もはや人目も気にすることなく、住宅街を通り過ぎた。車椅子に向けられるあわれみの目は殺したいほどに不快だったのだが、今は自分にそれだけの力がある。その気になれば本当に殺せるんだという自覚が、オヴィラトを大胆にしているのは確かだった。
三品結礼の自宅は至って普通の一軒家だ。近所では幼少期に振り撒いておいた愛想のおかげで普通の家庭を装えていた。我ながら気丈だったものだ。
呼び鈴を押し、笑いそうになるのを抑えながらただいま、といつもの声で言った。こうして呼んでも叔父に反応がないのはいつものことだ。ので、ひとつ面白いことを思い付いた。どうせなら他のストレセントたちのように好きにしてしまえばいいのだ。
呼び鈴をさらに押し、迷惑なくらい連打する。これであの野郎も起きるだろう。うるさいと思い起き上がってくるだろうころに、思いっきり「さっさと出てくるっすよ、性犯罪者!」と叫んでやる。これであの男が怒らないわけがない。慌てて出てきた叔父に対し、玄関の扉が開くと同時に足を出してひっかけてやる。軒先に転ぶ叔父は鼻を強く打ったらしく、すでに滑稽で腹筋が痛い。
「たった2日くらいなのに長かったすね、久しぶりっすよ」
「な、なんだお前、その格好は」
「あ?あぁ。まずそこっすか。ま、せっかくだから叔父のお葬式くらい晴れ姿を見せてやろうと思ったんすよ」
残念ながら結婚相手がいるわけでもないが、この格好は本来そういうときに着るものだ。そう言ってやると、単純な叔父は激昂して叫ぼうとする。やかましいのは嫌いだ、歯を折れば黙ってくれるだろうか。手加減しつつ蹴りを入れると、まだ手加減が足りなかったらしく歯だけでなく顎までいってしまったらしい。
「オヴィラトちゃん、やりすぎたら死んじゃうよ!死体から作れるのはゾンビだけだもん!」
「イドルレさんは優しいんすね、仕方ないので顔面はそんくらいでいいでしょう」
次の行程だ。いずれにせよ最後にストレセントにするのなら、好き放題してからの方がいい。踏み外して殺してしまわないよう、精神攻撃に留めようと考えたやり方がある。オヴィラトはすでに虫の息な叔父に向け、自らの笑いすぎでひくつく腹を出してみせ、思いっきり爪をたてた。
自分の腹を裂くのは気分のいい行いではない。けれども、その結果で得られる相手の表情、幸福が打ち壊される瞬間のことを思えば、むしろ楽しみになる。元より脂肪層もほとんどないオヴィラトの中身が露になり、血が純白の衣装を染める。
「ほぅら。お前が穢れた遺伝子を何回も何回も注ぎ込んだ子宮ちゃんっすよ。あんなに熱心にするんですからね、さぞお好きだったんでしょう?見れてよかったじゃないっすか!」
聞こえているのか聞こえないふりをしているのか、叔父は震えるだけで言い返してこない。そういえば、顎が砕けているんだったか。じゃあ仕方がない。
オヴィラトが他人の幸福をストレス源とするようになったのは、結礼がずっと奪われてきたからである。叔父はその代名詞と言えるほどの存在だ。両親がいなくなってから叔父に引き取られたものの、彼は結礼を虐待し、純潔まで散らした。
それと同時に。結礼は心の内に、殺人の初体験もまたこいつにしてやろうと決めていたのだ。
「ほらぁ。自分は
もがき、逃げ出そうとする叔父。逃がしてやるわけがない。これから材料になってもらわなくてはいけないのだ。軽く跳んでみるだけで彼を追い越せるのは心地がいいし、意外にも子宮に直に吹いてくる風は祝福されているみたいで、胸がきゅんとするのを感じる。
「待ってくださいよ。姪がココまでしてるんすよ?逃げていいんすかね?」
「はぁい、わたしとしてもだめだと思います!んじゃオヴィラトちゃん、そろそろ作っちゃおう!ね☆」
「わかってるっすよ。れっつらくっきんっす」
自分がつまづいた石ころのかけらを取り出すと、何をされるのかと怯えている叔父をやさしく蹴り倒し、イドルレのほうを見る。そのままぶちこんでいいようだ。その砕けた顎のところへ石ころを叩き込み、オヴィラトは叔父から速やかに離れた。
徐々に彼が人間の姿を失い、怪物になっていくのを見て、オヴィラトは興醒めだと思った。相当苦しませたつもりなのに、まだ晴れない。そういえば、自分の腹部が裂けたままだったことを思いだし、ていねいに閉じ、再生させる。この調子なら殴られた痣でも突き落とされての骨折でも回復してくれる。ストレセントになってよかった、と思うほかない。
いつの間にか、ただの一軒家の隣には大きなにわとりが立っていた。なるほど、小学生の結礼ちゃんにしか手が出せないチキンということだろうか。初回にしてはがっかりな仕上がりだが、イドルレは満足そうだった。
「うん、上出来!じゃあ、あとは暴れさせてみて?」
「指示できるんすか?」
「行動の指針くらいは決められるよ!だって産みの親じゃない?」
理論はよくわからなかったが、オヴィラトがひとこと、適当に暴れてください、というと、にわとりは大声で鳴いてあたりを駆け回りはじめた。家屋への被害は少ないようだが、通行人はあれでも潰せるし、乗用車のフロントガラスくらいなら踏み割って運転手にまで被害を及ぼせるだろう。
オヴィラトは役目を終えた。帰ろうか、と後ろを向くと、見覚えのある少女がいた。必死こいて結礼ちゃんを助けていた者だ。そして、結礼ちゃんに裏切られた者だ。円不二と宿場城華の存在をその目にみとめ、オヴィラトは笑いをこぼした。
◇
結礼だったストレセントは、真っ先に自らの家を訪れ、肉親を襲い怪獣にさせてしまったらしかった。不二たちが出動したのが遅かったのか、すでに巨大なにわとりが駆け回っており、あれが元結礼の保護者なんだろう。
城華にストレセントとなった結礼の姿を見せるのは酷だと思っていたが、自分の目で確かめたと言うのでつれてきてしまった。あんなに苦しい変身をした直後でなお必死な表情の城華を拒絶できない。
不二はユリカゴハカバーのなかでは狭くて変身できないため、上空でワイヤーの先を城華に持ってもらって首をくくった。そして、こうしてオヴィラトと対峙している。
「結礼ちゃん。本当に、敵、なのよね?」
「もちろんっすよ。城華お姉ちゃん……でしたっけ?自分は他人の幸福をぶっ壊したくてたまらない、自己中女なんですから」
「そう。だったらもう、惑わなくていいわ」
城華が羽を広げ、オヴィラトもまた翼で宙に浮いた。空中で激突して押し合い、城華が吐く毒はかわされ、オヴィラトが出す蹴りも城華には当たらず、激しい攻防が繰り広げられていく。
「すごいなぁ。前まで仲間だった相手を躊躇なく殺しにかかれるなんて、天世リノくらいだと思ってたよ!わたしたちふたりもやろうか?ライブステージ!」
イドルレもまた、スタンドマイク片手に襲いかかってくる。避けて地面に当たるが、マイクで抉れるアスファルトを見るのは初めてだ。ワイヤーを射ち出して飛びかかってくるイドルレとすれ違い、背後から蹴りを決めるつもりが防がれた。そう単純にはいかないのは当然か。
逆にスタンドマイクを掴み、武器を奪おうとする。ワイヤーでの本体への攻撃も絡め、力を拮抗させる。
「うぅ、アイドルからマイク奪うとか、それでも人間!?」
「死人だよ、少なくともただの人間じゃない!」
意地でも離そうとしないイドルレに足をかけ、地面に向かって投げ倒す。同時に地面への衝突を避けられないと悟ったのかイドルレは不二の腹部を蹴ってきて、結果不二は引き剥がされてしまった。
ちょうどその時、距離をとった不二とイドルレとのあいだに落下物がふたつ。城華とオヴィラトだ。城華は羽に孔が開けられていて、オヴィラトは翼の先を紫に染めている。
「ひ、退くっすよ。いくらなんでもしつこいっす」
「わたしでもそうおもう……んじゃあそこ!動かないように!ね☆」
イドルレのウインクで一瞬身体が動かなくなって、それは城華も同じだったらしい。ふたりのストレセントには逃げられてしまう。やっと立ち上がれたのは彼女らが見えなくなったあとで、城華を抱き起こして意識を確かめる。
「大丈夫?無茶はしないで」
「ごめんなさい。私が戦えば、不二ちゃんが苦しまなくてすむと思ったから」
真っ先にオヴィラトに飛びかかっていったのはそういう意図だったのか。何も頼んでいないのに、すでに城華には助けられていたという。
このまま結礼と戦っていいのか、という疑問はあの攻防を見た今でも消えていない。でも今はそれしかない。だから、不二は城華を抱いて立ち上がった。
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