Case13.A.E.I.O.U

昨日、適合者に新たな仲間が加わって、そのお世話役に第三期のみんなで任命され、それから新しい暮らしを送っていく。はず、だった。


三品結礼は変わってしまった。不二たちと共に戦うタチバナではなく、人類に危害を加えてしまうストレセントになってしまった。一緒に過ごした幸せなはずの時間は苦痛だったと否定され、なにもすることができなかった。

このことはイドルレでもエイロゥでも結礼でもなく、不二自身に非がある。彼女のことに気づけなかった不二のせいだ。


城華は眠っていて同伴していなかったし、リノや芥子もまたそうであるわけで、彼女たちに事情を説明しなければならなかった。その役を担ってくれたのは和紙で、不二もうろこも心が折れかけていたから彼女に任せるしかなかった。


説明を受けた三人のうち、年長のふたりは残念そうながら大きな感情の動きは見せず、むしろレーダーで見ていた「エイロゥとイドルレのいる場所に現れた強力な反応」の正体がわかったと職員に伝えており、迅速な対応を心がけているようだ。

城華はそんな、割りきった心の持ちようができる子ではなかったけれど。


「……え?う、ウソよね?タチのわるいドッキリなのよね?ねぇ、なんとか言ってよ、ねぇ!」


和紙を激しく揺さぶり、城華は受け入れられないことを口に出した。当然だった。たったすこしのあいだ眠っていただけだというのに、さっきまで一緒にいたはずの女の子が敵に回ったと告げられてかんたんに受け入れられるはずもない。城華はそういう、普通の女の子なんだから。


「城華、私たちは嘘をついていない。わかってくれ」

「そ、そんなの!とっくにわかってる、わかってるのよ!でも、信じたくないじゃない……」


不二もうろこも和紙も、城華と同じ気持ちだった。目の前で見せつけられたことを信じたくない。結礼のあの笑顔はすべて内側に苦しみを孕んでいて、不二たちのことを憎んでいただなんて考えたくなかった。

四人で俯いた。上を向くには、裏切りの現実は重すぎた。



エイロゥに連れられ、結礼……ではもうない、オヴィラトはストレセントの根城に到着した。この付近では生体隕石の反応はすべてさらに大きなあのお方・・・・のものにかき消され、天界社側も戦力が整っていないうちは下手に乗り込んではこれないとのことだった。それはエイロゥの言い分で、イドルレは「アイドルは家バレしちゃだめだし、突撃もだめ」ととんでも理論で片付けようとしていた。突っ込みはもはやむりだった。


根城にしている建物は薄暗くて、目が悪くなりそうだったが、どうやらストレセントの中にはこんな洞窟の中みたいな環境を好むコウモリみたいな奴がいるのだという。少なくとも、エイロゥとイドルレではないらしい。

オヴィラトはイドルレの先輩として案内してあげようとの提案に乗り、エイロゥとは途中で別れて、彼女が入り口付近からでもすでにわかる紙ゴミまみれの書斎に入っていくのを見送り、薄暗い廊下を歩き出した。

足元が見えず、慣れたようすのイドルレに対してオヴィラトはちょっと歩調が遅くなってしまう。無理して隣に並ぼうと駆けると、なにかを蹴っ飛ばしたらしくちょっと躓いた。目をこらして蹴っ飛ばしたものを拾い上げてみると、大きさはぜんぜん小さいがオヴィラトが埋め込まれたものと同じ石だった。


「あ。誰かが落としちゃったかなぁ。ま、あとで講習するのに使うから、持ってよっか」


この石を使った講習、とは。誰かに対して、またあの悪夢を味わわせるということか。素晴らしい、と思う。オヴィラトはきゅうにそれが楽しみになって、浮かんでくる願望をすべてそのままイドルレに話す。


「ストレセント作り?みたいなのっすよね?だったら、自分の叔父で実験したいです」

「お、いいじゃん?男の人なら適合者のおそれもないし……あ、着いたよ。まずここ行こうか」


イドルレはオヴィラトの要望を受け入れながらもひとつの部屋で立ち止まった。中からはじゃんじゃかやかましいくらいの音楽が聞こえてくる。壁一枚隔ててすでにやかましい。中に入ったらもっととんでもないことになるのは、用意に予想できることだった。

ためらいもなくイドルレの手で扉が開かれ、解き放たれた音の津波にオヴィラトは顔をしかめた。隣で話しかけてきているアイドルがいても一切気づけないだろう。


部屋の中には大量のスピーカーが本体ごと揺れるほどの大音量で音楽を流していて、それらに囲まれるように女の子がひとりいる。黒髪だが黄色い部分がいくつかまじっている長髪の女の子だ。よくこんな状況で眠っていられるな、と感心するくらいぐっすり寝ている。

イドルレがスピーカーをすべて止めてしまうと彼女は逆に跳ね起きた。いくつもはねている枝毛が揺れて、着ているキャミソールの肩紐が片方ずり落ちている。あきらかに不機嫌そうな彼女に向かってイドルレは堂々と歩いていき、ずり落ちた肩紐を直し、脱げかけているニーソックスはきっちり上まであげて、最後にささやくように「おはよう」と声をかけた。すると何がカンに障ったのか、彼女はいきなり叫びだす。


「わーッ!?落ち着かない!せーっかく気持ちよく寝てたのに、なにしやがるのですッ」

「新入りを紹介しようと思ったの!ね☆」

「マジなのですかーッ!?実に何年ぶりの後輩誕生でしょうか、起こしてくれてカンシャなのですッ」


あんなやかましい状況に好んでしていただけあった。本人もかなりうるさい。イドルレでももううるさいのに、それ以上だ。握手を求められ、仕方なく応じる。


「えっと、さい……じゃなくて。オヴィラト、っていうみたいっす、よろしくっすよ」

「おう、貴女ですか!よろしくなのですよ!うちはウートレア・ストレセント、好きなことは騒ぐことなのですッ」


だろうな、としか感想が出てこない。オヴィラトはウートレアが押してくるのに苦笑いをして頷くしかなく、それをみたイドルレはすごく同意しているようすだった。こいつと関わったらそうなるよね、と言いたいらしい。さすがはストレセント、変人の集まりだ。


ウートレアのコスチュームは、巫女服をベースにしながらもそれを引き裂くようにして素肌やインナーを覗かせているふしぎなスタイルだ。荘厳な神社の雰囲気をぶち壊してやろう、という心意気が伝わってくるようだ。オヴィラトのウェディングドレスといい、イドルレのアイドルっぽい衣装といい、ストレセントの衣装は元になったものが強く出てしまうのか。だとすれば、いくら髪が翼になったからといってこんな歩きにくい衣装になったのは外れかもしれない。


「じゃあ、ウートレア!まだこの子会ってない子がいるから!ね☆」


イドルレはウートレアからオヴィラトを引き剥がして、スピーカーの音量を問答無用に上げた。ウートレア当人は笑顔で手をふっている。

かなり奔放に暮らしているらしい。普通の家であんな音量だったらまず怒られるし、やかましい彼女はこれで快適のようだ。もうあんなやかましい奴に関わりたくはないから、オヴィラトはそれを不愉快に思うのすらめんどくさかった。


騒音の間から離れ、次は先ほどにくらべれば静寂であるが誰かがどたどた駆け回っているらしい足音が聞こえる扉の前にやってきた。まだ変人がいるらしい。イドルレが扉を開くのを、覚悟して待っていた。


意外にも次の部屋は、エイロゥのゴミまみれの書斎、ウートレアの騒音パレードとはうってかわって、ぴかぴかに磨かれた床と美しく並べられたティーセットがあり、これで薄暗くなければ高貴な洋館の応接間と言えただろう雰囲気があった。

そういえば、足音の正体はなんだったのだろう。開けた瞬間に止んでしまった気がする。ふと正面に視線を戻すと、いつの間にか目の前に小さな女の子がいてひっくり返りかけた。


背中には無理やり縫い合わせている痕がいくつも見えるつぎはぎのコウモリの翼があり、その瞳は紅くきらめいている。金の髪はさらりと腰まで伸びていて、まるでアニメのキャラクターをそのまま現実で見ているようだ。もっと古典的な表現をするなら、お人形さんみたいに綺麗だった。

顔立ちはどこかで見た気がするが、たぶんどこかのキャラクターだろう。小さな背丈に本格的なメイド服を着用しており、ロングスカートからのぞく白いソックスが芸術品のようにまぶしく見える。

こんなに小さな子供でも、オヴィラトより先輩だというのか。あれだけの苦痛を今のオヴィラトより幼い頃に味わっていると。


少女の身体をじろじろ見てばかりいると、彼女は突如言葉を発した。


「客人ではないのか?だったら、僕は掃除に戻りたい」

「おっとと、ごめんねアメリィ!この子ってば新入りでさ。あいさつ回りに来たの」

「なるほど、では飲み物を。何がいい?」

「いつもの!」

「あいわかった。そちらの方は?」


いきなり振られて、オヴィラトは二秒ほどおいてやっと我に返った。しかし、何を頼んでいいのか結局わからない。とにかくティーセットがあるのだから、紅茶は淹れられるだろうと飲んだこともない紅茶を頼んでしまった。


すると彼女はすばやく、そして慣れた手つきでお茶を淹れはじめ、そのあいだにイドルレに連れられてテーブルを挟んで座った。一杯四分ずつほどかかるが、そのあいだも女の子はテーブルを拭いたり床を掃いたり使っていないカップを磨いたりと手を休めていなかった。ウートレアの騒音のように、手を動かしていないと落ち着かない変人なんだろうか。


紅茶が出来上がり、二杯それぞれの香りが喧嘩することなくオヴィラトの鼻腔を通して心をくすぐってくる。


「イドルレはいつもどおりの、新入りさまは僕おすすめの形でやってみた」

「うんうん、やっぱりアメリィはいっつもいい仕事するよ!ね☆」


すでにイドルレは口をつけていた。今のは話をふられていたのだろうか。オヴィラトもまた紅茶をひとくちいただき、目を見開いてさっきの言葉に応えた。


「本当っすね、紅茶ってこんなおいしいもんだったんすか」

「お褒めにあずかり光栄だよ、ありがとう」


飲んだこともない飲料だったのだが、ここまで美味しいのならば認めざるを得ない。ストレセントになっても、美味しいものは人の心をつかめるのだろう。メイド服を着ているだけあるな、と思った。


「あ、そうだ。ふたりとも自己紹介まだでしょ!」

「……そうだったね。僕はさっきからイドルレに呼ばれている通り、アメリィ・ストレセントという。そちらは?」

「オヴィラト、っす」

「そうか、いい名前だ。覚えておくよ」


アメリィは自己紹介のときでも手を止めずにいた。礼儀正しいメイド、というより、最大限にかわいらしくした自動掃除機みたいだ。

オヴィラトはもうひとくち紅茶をすすり、ここでの休憩の後に行われるであろう講習、という名の復讐のことを想い、心の中でにやついた。

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