Case12.ガラスの幸福
テレビを見ながら駄弁っていると、しだいに眠くなってきたのか、城華も結礼も寝落ちしてしまい、ドミノ倒しの失敗例みたいになった。寄りかかってくる結礼をそっと撫でて、過去のことを思い出す。
不二には姉と妹がいた。姉とは11歳も離れていて、あまりに幼く母の顔を覚えていない不二は彼女を母のように慕っていた。妹のほうは4つ下で、確か彼女が生まれてすぐに両親は姿を消した。それが10年前のことだ。
それから、高校を辞めた姉が働いて、なんとかずっと食いつないできた。姉がほとんど家にいられなかったから、全力で家事を覚えようとした。三姉妹でずっとやってきたのだ。
しかし数年前。姉は身体を壊して入院したと言われた。原因は過労だ。仕方がない。不二たちの生活のためと言って、一緒に食事をすることもなく、ただ身を粉にしていた。身体を壊して当然だった。けれど、幼い不二では役に立てないことも知っていた。
だから、姉が用意してくれていたお金が尽きたとき、せめていなくなることで詫びようと思った。それが一週間前のことだった。首を吊ることを選び、そしてここに運ばれ、生体隕石を埋め込まれた。きっと今頃、妹のところには2000万円が届いていることだろう。不二の犠牲で、妹が立派に育ってくれることを祈っていた。
それに、ここでこうしてゆっくりとした時間を過ごせるのだから、あのとき死のうとしたことは、決して間違いではないと思いたい。不二がいたから、この子は助かったんだ、と。
「……ほぇ?あっ、これ、もしかして自分寝てました?」
「うん、城華はいまも寝てる」
結礼が目を覚まし、不二と城華のあいだから抜けていった。支えを失った城華がそのままベッドに横になり、結礼は逆側の隣に座る。
「お疲れなんすね、城華お姉ちゃん」
結礼のいう通りだった。昨日の城華は無理をしていたと思う。イドルレとの戦いで二度連続で負傷していて、やっと休みがきたのだ。こうして心地良さそうに眠っているのを起こすのは可哀想だ。結礼にもなるべく起こさないように言って、言われなくても当然だと親指ポーズつきで返された。
「静かにできることをするべきっすね。どうします?」
そうは言われても、不二の暇潰しのレパートリーは貧弱である。何かしようと言われても、ひたすら結礼に付き合うしかない。なんでもいい、と判断を委ね、結礼は悩み始めた。
不二は何をしたら喜ぶのかわからない、と妹に言われたことがある。正直自分にだってわからない。強いて言うのなら、それはきっと自分の犠牲の上で成り立つ事柄を目にしたときが幸せだ。だから、きっと結礼といっしょにいることは、幸せなんじゃないか。
結礼のお悩みタイムが終わらぬうちに、扉がノックされた。どうぞ、と返して扉を開けてもらい、そっと入ってきたのはふたりの人影。うろこと和紙だった。
「お、もう仲良さそうじゃないの。あたしらも仲間に入れてよ」
「うろこお姉ちゃんに和紙センパイ。どうぞどうぞ、ベッドは空いてませんがお座りください」
ここは結礼の部屋ではなく、不二の部屋であるのだが。心の中で突っ込み、突然の来訪者がざぶとんを持ってくるのを見ていた。それに加え、うろこは何かしら小さな紙の群れを整理している。
「どうしたんすか?自分に会いに来てくれたり?」
「私はそう。うろこは何かあるみたい。私は脳筋だから、とくに話題は提供できないけど」
「確かに。和紙センパイはカモクな仕事人って感じしますもん」
和紙は目立った反応をあまりしないのだが、今回はそう言われたのがうれしそうで、カモクな仕事人、と繰り返してはしぱしぱまばたきをしていた。もしかして彼女はそういう照れ方をするんだろうか。
そうしているうちにうろこの方の準備が終わったそうで、床に写真が広げられた。うろこも写っているけれど、知らない女の子たちの写真がほとんどだった。
「ほら、あたしには妹がふたりいたんだよ。下のほうはちょうど今ユーレイちゃんとおないどしでな」
「そうなんすか!ってことはクラスメイトに水戸倉ちゃんって……いやそんな名字の子いたら覚えてますね」
「そうだな、もし会ったらよろしくな?」
「もちろんっすよ!」
気のいいお姉さんと、明るい結礼が話しているのを見るとさらになごむ。不二は昨日の疲れを癒せるな、と思っていた。
それからもうひとつ、うろこはカメラを持ってきていた。ヒマなときはこれで出掛けて、何かしら見つけては撮ることでよく姉妹で遊んでいたという。それでこんなふうに姉妹での写真が多いらしい。
和紙はリノに確認をとり、おさんぽならぜんぜんオッケーという回答をもらい、結礼を車椅子に乗せるとエレベーターに乗った。ここまで大きな施設に感心する結礼はほほえましくて、自然と笑みがこぼれた。
◇
久しぶりにユリカゴハカバーも使わず外に出て、近くの公園まで歩いていった。車椅子で病人の服を着た女の子はそこそこ目をひく。結礼自身は見るからに健康そうだが、いちおう尾てい骨に問題が起きたら困るので仕方のないことなので、視線はがまんしてもらう。結礼はすこしだけ不愉快そうだったけれど、公園では自然が四人を迎えてくれて、目を輝かせた。
「ほら、カメラ。いろいろ撮ろうぜ」
カメラも手渡された結礼。さすがは現代っ子、といったところで、道端に咲いているつつじに止まる蝶をみつけるとそっと近寄って自撮りをするなどカメラを使いこなしている。
不二も蝶といっしょに撮ってもらったり、花についていたてんとう虫をみつけて手にのっけてみたり、なかなか女子ご一行らしい写真がたくさん撮れた気がする。ただ、途中の蟻一匹だけとのツーショットはあまり女子っぽくない、と言ってみると、あれはアリグモです、とちょっと怒られた。よく看るとたしかにクモっぽかった。こんなふしぎな生き物がこんな身近にいるとは思っていなかった。
遊具にはあえて触れず、身近な自然としての公園を楽しみ、そして記録していった。
ただ。こういう時間は、長くは続かないわけで。
「盗撮はだめだぞ?この衣装、下着見せるために着てるんじゃないんだから!ね☆」
イドルレの声だった。振り向くと、すでにこちらを眺めていつもの営業スマイルでいる。それに加えて隣には見覚えのない、眼鏡をかけた少女が立っていた。背丈はイドルレよりも大きく、第一印象では冷静なイメージだ。
イドルレの隣にいる、髪が白と黒ではっきりと左右分かれている、衣装も博士帽をかぶっていたり手錠を腰に提げていたりと華やかであることから、きっと彼女もストレセントなのだろう。
運が悪いことに、不二は首輪をはずして置いてきており、うろこもまた拳銃を、和紙はナイフを持っていないらしい。完全に油断していた。ストレセントが空気を読むわけがないと忘れていたのだ。
「あの時の、アイドルさんっすね」
「そう!イドルレっていうの。覚えてほしいな!」
結礼に用事があるのだろうか。不二は車椅子の前に出て、彼女を庇う。
周囲は自然ばかりで、拳銃やナイフに値するものがあるとは思えない。変身する能力を持たなければ、ただの肉壁でしかない。結礼は車椅子だ。一番足の速い和紙が逃げるとしても、あの壁の中に入るまでに追い付かれてしまう可能性が高かった。
「おいおい、磔刑って話はどうしたよ」
「そこの子は特別免除!わたしともなればファンを大切にするのだ!」
うろこも威勢は残っているのだが、打つ手はないのに変わりはない。イドルレの言葉を黙って聞きながら、拳を強く握るしかない。
「そんなに身構えないでください。私達は戦いに来たのではありません」
「そうそう!今回はスカウト!」
結礼に対して用意があり、スカウト、ということは。ふたたび結礼をストレセントにしようと企んでいるということだ。首輪があれば何度だって生体隕石を引っこ抜けるだろうが、今はない。取ってきてもらうか、リノに連絡するか。
スマートフォンを取り出そうと腰に伸ばした手は、いつの間にか切り落とされていた。
「……ッ!?」
「冷めることしないでください。私はこの通り、一瞬で骨くらい断てるんですよ」
余計なことはするな、下手に動けば結礼の首が転がるぞ。そう言われ、脅されている。できることといえば、手首を押さえ、出血を止めようとすることくらいだった。
「じ、自分に何の用っすか。あんなことしておいて」
「気持ちよかったでしょ?ファンサだよ、ファンサービス!」
結礼を苦しませておいて、車椅子での生活を余儀なくしておいて、好意だと言い放つイドルレ。彼女にはすでに人間の心はないのだろう。眼鏡の方も同じだ。イドルレに宣告された結礼のことを愉悦の眼で見ている。
「本題なんだけどさ。こっちに来てみない?」
「何でっすか!なんでお前なんかに!」
尾てい骨が痛むだろうに、結礼は立ち上がって啖呵をきった。睨まれてもイドルレは動じない。ただ、勧誘を続けるだけだ。
「わたしたちのほうに来たなら、特典があるよ!特別に紹介するから、エイロゥお願い!ね☆」
「ここで私ですか?まぁいいでしょう。あなた、心の内ではどう思ってるんですか?さっきみたいな時間のこと」
エイロゥと呼ばれたストレセントが前へ出てきて、結礼はすこし動揺している様子を見せる。
不二たちが、どう思われていたと言いたいんだろうか。
「本当に楽しかったですか?他人が楽しそうにしてるの見せつけられて。本当は苦しかったでしょう?」
「そ、そんなわけないっすよ!自分は、楽しく……!」
「自分はこんなに過酷な人生送ってるのに、こいつらはなんでこんなに幸せそうなんだ?妬ましい、怨めしいって。思ったんでしょう?」
エイロゥの追及に、結礼は何もいえなくなり、冷や汗ばかりが垂れていく。本当に、不二たちといる時間は苦痛だったのか。
「両親に捨てられて、叔父には殴られ犯され、イドルレにはあんなことをされて!それでどうして他人の幸福を受け入れられましょうか?」
「な、なんでそんなこと知ってるんすか……」
弱々しい、最後の抵抗だった。エイロゥは整った顔立ちを歪ませきった笑顔でこう答え、結礼の建前を打ち砕こうとした。
「私の言ったとおりでしょう?そんな奴らより、私のほうがあなたの痛みをわかっていますよ?あんな!痛い目に遭わせてきた奴の仲間のほうがね!」
その言葉の直後、周囲には一瞬の静寂が訪れた。葉が風にそよぐ音は、もうせせら笑いをする人々の声にしか聞こえない。
ふいに、結礼は不二を思いっきり押して退かしてきた。壁がなくなった結礼は、車椅子もカメラも足元に捨ててエイロゥのもとへ行ってしまう。
「ま、待って!」
不二が絞り出した声は、聞こえぬふりをされた。
「くく、いいんですね?あいつらのことはもう?」
「……やるんならさっさとやってくださいよ。お前のその顔も腹が立つんすよ」
長身のエイロゥを下から睨みつけ、結礼は何かを促した。恐らく。イドルレにされたあの行為のことだ。やめろ、と叫びたい。けれど、もはや声も出ない。
「はいはーい。ほうら、たのしく歌って踊りましょう!」
再び尾てい骨のあたりに向けて生体隕石らしい塊が打ち込まれ、結礼の身体が震える。しかし、今度は苦しむ様子はみせず、すぐに変化がはじまった。
まず、生体隕石からは結礼の脚ほどに長い尾が伸びた。次の瞬間にはそこに羽毛が生え揃い、立派な尾羽になる。病人の服は破けて弾け飛び、光で覆われた彼女の肢体には大量の虫が這って集い、彼らが変化してふわふわの衣装となっていく。
純白の花嫁衣装をモチーフとした格好が虫によって作られていくのだ。気味が悪くないわけがなく、不二は目を覆いたい。けれど、変わってしまう結礼から目を離せば、その瞬間に彼女が遠くへ消えてしまう気がしていた。
最後にツインテールが羽毛に包まれて変化し、すべての髪が雪よりも白く、ふたつの翼をもった姿へと、結礼は変わってしまっていた。
「おめでとう、そしてようこそ!三品結礼……ううん、オヴィラト・ストレセントちゃん?」
結礼だったストレセントはイドルレの歓迎にすこし口角を上げ、そしてこちらを冷ややかに一瞥し、不二たちに背を向けた。
「自分は引き込めた。じゃあ、もう用は済んでるっすよね。帰りましょ」
「帰る場所も知らないくせによく言いますね、そういう所好きですよ」
イドルレとエイロゥに挟まれ、オヴィラトは不二たちの元から去っていく。
不二も、うろこも、和紙も、何も出来ないまま。
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