Case2.四人の適合者(後)
「申し訳ないのだが、戦う君たちには手術を受けてもらう。人々の役に立てるような力を得るための手術だ」
リノによる説明は終わっていなかった。重大な仕事だけあって、説明する事項も多いのだろう。不二たちが確認をとられたのちに始まったのは、映像のなかで芥子が使っていたような超能力を得るために受けるという手術の説明だ。
「まずは、ちょっと芥子、腹を貸してくれ」
「リノ様?なにを」
「いいからいいから!私と芥子の仲だろう!」
彼女たちは何をしているのだろう。芥子の服を脱がそうと、リノがひっついているらしい。なぜわざわざ服を脱がす必要があるのかは、露出した芥子の腹部が通常の女性のそれではないということから嫌でも理解させられた。
芥子の腹部には、得体の知れない物体、恐らく岩石であるだろうものが埋め込まれていた。しかも周期的に発光している。それだけではない。芥子の呼吸に合わせて脈打っている。
「これが君たちの身体に力を与えてくれる生体隕石だ。私たちの永遠の研究テーマでもあるね。明らかに地球由来じゃない、生きているようにも見えるモノを子宮の代わりに身体に入れるんだ。とっても怖いと思うし、子供を二度と孕めなくなるけれど。自殺まで踏み切る勇気がある君たちなら、きっと耐えられる」
リノにそう言われ、不二は隣のベッドにいた和紙のことを見る。彼女は目だったリアクションを取っていない。うろこも城華も、いまさらその程度では驚いていないみたいだった。リノの言葉が人の気持ちを鑑みていないということはわかる。だが、リノ自身もどこかで悲しい瞳をしていた。
指示を受けた芥子は部屋の扉を開けられるようスクリーンを片付け、そして扉のロックを解除した。部屋の外では手術に臨む医者のような青い格好の人々がストレッチャーを4つ運んできて待機していたらしく、元より拒否されることは考えていなかったらしい。数人がかりでひとりずつストレッチャーに乗せられ、それぞれ別方向へ運ばれていく。不二は第3実験室とやらに運ばれていくらしい。たしかに人体実験だ。
ただ黙々と直行させられるのは、いくら寝かされているだけでもちょっと不安になる。自分の気分を紛らすため、一番顔の近くについていた職員に話しかけてみた。
「あの、これからどうなるんですか」
「リノ様から説明のあったように、生体隕石を使用します」
「そうじゃなくて。お金が出るって言ってましたけど、自殺したわたしたちはどう生活していけばいいんでしょう」
「この施設には居住区もありますよ」
会話が終わった。自分の言ったことを振り返ってみると、もう世間的には死んだことになっているはずだから、生活の問題というより死活問題というべきだったか。洒落たことを思い付くものだな、と我ながら感心していたところ、いつの間にか腕に注射針が刺されていてなにかを注入された。
「安心してください、生体隕石手術に失敗例はありません」
さっきまで話していた職員さんの言葉を脳が理解する前に、麻酔を打たれたのか、意識がぼんやりとしていく。やがて闇に落ち、瞼も閉じるほかになかった。
◇
目が覚めたときにはすでに実験室から出されており、ストレッチャーではなくふかふかのベッドの上だった。職員が言っていた、居住区だろうか。部屋はきれいに整えられており、下手なホテルや寮よりもしっかりしてるかもしれないという印象がある。
ベッドから起き上がろうとして、首に違和感を覚えた。試しに触ってみると、生暖かい石に触れた。芥子の腹と同じ生体隕石だろう。
そのほかは何も変わっている気配はない。手は問題なく動くし、試しに立ち上がったり、体操を自分で口ずさみながらでやってみたりしても、ぜんぜん大丈夫だ。むしろ元の不二よりも身体が動く気がする。
自分の声で指揮しつつうろ覚えでやっている体操がリズミカルな開いて閉じる運動にさしかかったとき、部屋の扉が開く機械音が聞こえた。まさかこのアカペラ体操中に乱入されるとは思っていなくて、目があった瞬間に互いに固まった。
訪ねてきた女の子は同じ適合者のひとり、宿場城華だった。彼女もまた手術を終えて、このような部屋で目が覚めたという。城華が取り出したリノかららしき手書きの置き手紙には「この部屋は君のものである」「置いてある専用のボックスを持って地下5Fの訓練場で集合」ということが書かれていた。
城華は、他の適合者もそうなのだろうかと不安になり、誰かを訪ねようと思って隣の部屋に来てみたのだとか。
どうやら体操などしている暇はなかったらしい。部屋の中にある一番大きなテーブルの上に同じような内容だがこれまた手書きのメッセージがあって、隣には不二の専用ボックスと思われる真っ黒い箱もまた置かれている。城華はすでにどちらも持ってこちらへ来たそうだから、わざわざ戻っていく必要はない。そうだ。
「えっ、と。私ずっと喉が悪くて喋れなかったから、不安なの。ここ広いみたいだし、迷っちゃうかもしれないじゃない」
今まではそんな状況で泣き叫ぶことも誰かに聞くこともできなかったんだから、不安になるのも当然だ。いざというときは、不二がフォローしなければならないだろう。
「だから、私はあんたと一緒にいってあげなくもないかなって」
「いいですよ」
不二だってこんな大きな施設に来たことはない。誰かと一緒なら、迷ってもきっと笑い飛ばせるだろうに、とは思う。だから、城華が上から目線であることもまったく意識せずに即答し、おかげで城華はその顔を明るくして嬉しそうになった。
「ふ、ふんっ!感謝しなさいよ!私からこんな話を持ちかけてあげたんだから!」
「そうですね、ありがとうございます」
城華の言うことはただしい。一人でこの施設じゅうを歩き回っても、たぶん目的地にはたどり着けないであろう。二人なら間違えても気づくチャンスがある。
「……何よ。ただ肯定しちゃって」
ぼそりと呟いていた。どうかしたかと聞こうと思うと、なんでもないと先に言われてしまう。イエスの答えだけだとなにやら不服らしい。不二は城華の求める答えはできていなかったらしい。自分の言動を反省した。
不二の部屋から出て、廊下を左右ちゃんと奥まで見る。かなり長い。全力でダッシュしても、不二だと15秒くらいかかるくらいの距離だ。その途中を、見覚えのある少女二人がまた塞いでいた。
「来たか。なに、せっかくだし仕事仲間は把握しとこうと思ってな」
彼女らもまた、同じ適合者だ。こちらを見つけるとすぐに話しかけてきたのが水戸倉うろこで、ずっと黙り込んでいる方が上噛(かみがみ)和紙(かがみ)だ。ふたりともちゃんと言われたとおりにボックスは持っているし、それぞれ舌の奥と手首のあたりに生体隕石が見える。彼女たちも間違いなく手術を受けている。
うろこと和紙は、訓練場までは4人で一緒に行こうと誘うつもりで待っていたそうだった。
「えーっと、そっちの巻き巻きの嬢ちゃんがジョーカーで?」
「城華よ」
「こっちの嬢ちゃんがフニンだったか」
「不二です」
「まぁそんぐらい誤差だよ。あだ名だあだ名。あたしんことは好きに読んでくれ」
うろこはどっちの名前にも最後におまけのよけいな一音をつけており、覚えきれていないらしかった。笑ってごまかしているが、うろこ自身のことはどうだろう。ウロコンとか呼んでもいいのだろうか。
「んじゃ、カガミン。お前さんは覚えたか?」
「カガミンじゃなくて和紙だけど、私は大丈夫。しっかりと覚えているから」
和紙が親指を立てたので、不二もちょっと乗って同じ形で返してみる。するよすぐに楽しそうな気配を察知してうろこも混ざり、城華が恥ずかしそうにやりかけたところでうろこが飽きてやめてしまった。
「じゃあ、ちゃんと集まったわけだし、目的地目指そうか!ゴー!」
訓練場に集まるという指令があるのを忘れていた。不二は緊張してか喋れていない城華に対してだけはリーダーづらできるのに、他に対してはできない。不二は自分のコミュニケーション能力の限界と、自分の弱さを思い知ることになる。
いつの間にかうろこ率いるの形になっていたが、不二は別に自分が上に立つというプライドがあるわけではない。が、統率がとれなさそうなときの修復法だとか、とどうやって統率をとるのかは特に気になる事柄であった。
この後、みんな一緒にさまようという事態が起きてしまったこと、及び地下室のエレベーターを探すのに数十分かかってしまったということに不二は苦笑した。
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