Case3.変身

数十分もさまよってやっと見つけたエレベーターに乗って、やっとの思いで訓練場へ到着した。ロックがかけてあった扉は待機していた職員によって開かれ、四人は促されるまま中へ入ってゆく。


「すっげー!まるでイタリアに来たみたいだな!」


内部は訓練場というより、いかにも闘技場というふうだった。不二もコロッセオの中はこんな感じだと写真で見た覚えがある。残念ながら四人ともイタリア旅行には行ったことがないらしかったが、とにかくここは全力で戦ってもいいように設計されているらしい。天井は高く、3フロアぶん以上は使っているのだろうと目測できた。


「おや。遅かったね、諸君」


背後からリノの声がして、本人が立っていた。手には謎のリモコンがある。


「迷子になってました」

「はは、それはしょうがない。私も最初はそうだったしね」


社長になる前からこの施設に勤めていたのだろうか。逆に、見た目で言えばまだ10代後半と言っても通じるだろうに、その見た目ですでにこの施設のマップを覚えているほうが驚きだった。


「で?私たちはどうして呼び出されたの?」


首をかしげる城華へ向け、リノは待ってましたといわんばかりにリモコンを天高く掲げ何かしらの操作をした。すると、リノとは逆方向、つまり訓練場の奥の方で門が開いていくという変化が起こる。訓練の相手はリノではなく、これから出てくる誰かなんだろう。

それに続いて入り口に使った扉もまた閉じられた。職員でも入ってはいけない場所、らしい。


「君たちをいきなり実地に送り出すのはさすがに駄目だ。だから、変身の仕方を教えようと思ってね」


変身が必要、という話も聞いたことがなかったが、たしかに映像の中で戦っていた芥子の衣装も同じではなかった。今からリノが教えてくれるプロセスを実行すれば、衣装も変わり戦えるようになる。イメージを超能力者から変身ヒロインものに切り替えればすんなりと受け入れられる。この身体に埋め込まれた生体隕石は起動させなければならないとか、そういう話がたぶんあるのだ。


リノの操作で開いた門の向こうから、大きな影が現れる。見覚えがある影だと思ったら、最初に見せられた映像で芥子によって爆破された蜘蛛の怪獣がこちらへ歩いてきている。ゆうに5メートルは越えているだろう。


「さて、私たちの敵の怪獣はこいつみたいな相手だよ。こういう正体不明の相手に対抗するために私たちは研究を重ねているんだ」


こちらに来ようとする蜘蛛に向かって歩み寄っていくリノ。進路にいた城華が慌てて避けて、不二のうしろに隠れた。あんな怪物が相手になるのだ、怖くて当然だろう。それは自分の心の持ちようだ。

それよりも、堂々と近づけるリノの度胸に驚き、そして心配だった。あんなに近づいて大丈夫なのだろうか。実はリノが手懐けたから訓練場に配置してあるとか、何らかの理由がないならあんなことはしないと思うが、妙に不安だった。


全員がリノと蜘蛛の出会いを固唾を飲んで見守っていた。リノが蜘蛛の鋏角に触り、そっと撫でる。


次の瞬間、鋏角が開き、簡単にリノの頭部を破壊してしまった。


たやすく砕けてしまったリノの残骸が砂の上に落ち、身体もまた崩れ落ちる。人の死を、自らで体験しようと思ってもここまで凄惨なものを見たことはなかった。

不二の陰にかくれて見ていた城華が胃の中身を戻し、うろこもまた気分が悪そうに見ている。対する和紙と不二は特に反応もなく、むしろ蜘蛛の警戒を優先する。

リノは何をしたかったのだろう。社長ともあろう人物が自殺志願者だったのか、それともあのリノは3人目くらいなのか。


とにかく、今はもう変身の仕方を教えてくれる者がいなくなった以上、最善策は蜘蛛を引き付けリノの残骸からリモコンをもらって脱出することになるはずだ。蜘蛛はゆっくりこっちへと歩いてくる。同時に、不二は城華を蜘蛛に近づけさせないように壁となって後ろへ下がっていく。


「おい、そこの虫野郎!」


隣でうろこが叫んだ直後、初めて生で発砲音を聞いた。しかし撃たれたはずの蜘蛛は平然としており、むしろうろこのほうが狙われてしまう結果となった。

うろこの持っている拳銃はどこから出てきたのか、とその足元を見ると、部屋に置いてあったボックスの空箱が捨ててある。なるほど、中には武器が入っているのか。


「みんな、うろこに続いてボックスを!」


ボックスが開くことに気づいた和紙が中からナイフを取り出し、慣れたようすで構えた。ただ、無闇に飛びかかってはいかない。リノの事例があったため、近接武器では駄目だ。


あとは不二と城華が賭けるしかない。強力な火器であれば、あの蜘蛛も倒せるかもしれない。そう希望を込めてふたりがボックスを開くと、中にはどちらも予想とは大きく外れたものが入っていた。


まず、城華のほうに入っていたのは数個のカプセルと吸入器だった。カプセルの中には気体が入っているらしい。仮に薬だとすれば、今は使えない。武器ですらないだろう。


不二のほうは首輪だった。犬がつけているようなデザインながら、いわゆるフックショットの機能がついている。内部には生体隕石が入っているらしく、このエネルギーによって先端部を射出する、および巻き取る機能はあるらしいが、何せ首輪だ。相手に撃ち込んでもいいだろうが、目などを的確に狙わなければならないし、何より首輪である必要はどこにもない。

使えるとすれば、どこでも首が吊れるという用途はあるかもしれない。


「……うぅ、失敗した。まさか説明前に暴れられるなんて」


蜘蛛より向こうから声がした。リノの声だ。砂にこびりついた血痕も脳漿もきれいさっぱり消えており、もとからあの破壊された事実など存在しなかったかのようにリノは立っている。


「ごめんね、今から変身の方法教えるよ。それはズバリ……もう一回自殺すること。もちろん同じ方法でね」


全員に渡されたボックス。それぞれ中身が違ったのは、各自で死因が異なるからのようだ。例えば、不二だったらこの首輪フックショットを使ってもう一度首吊りを行うことで力を手に入れられるのか。

一回やったことがあるとはいえ、過酷な選択だと思った。自分はしたことがあるからといって、おいそれと死の恐怖を味わうのは怖い。うろこは手元の銃を見つめて震え、城華は息を荒くして怯えている。あの反応が普通なんだと思う。


「わかった、やってみる」


真っ先に動いたのは和紙だった。袖をめくり、生体隕石が埋め込まれた右腕を露出させる。左手で持ったナイフ、手首にある無数の傷の痕。それで思い浮かぶのは、自らを傷つける行為の代表ともいえるリストカットであった。


「変身」


短く告げて、和紙は今までに見せたことのないほどの勢いで刃を手首に突き刺し、そして引き抜いた。案の定血が飛び散って、先程のリノのときのように砂の地面を赤に染める。

腕の生体隕石は周期的な従来の発光をやめ、強い光を放っている。光は和紙を包み、彼女の姿を変えてゆく。


どくどくと流れる血はそのままに、流れ出た一部の血液が和紙の周囲を回る。胸を、腰を、髪を、血の色で彩ってゆく。スカートは膝丈で、ストッキング状に薄く脚が包まれ、髪飾り、袖や襟、挙げ句の果てにはまつげにまで血が付着し衣装となった。単体で見れば可愛らしいゴスロリ調であるのに、固まった血で作られたドス黒い発色といまだ流れる血、出血によって蒼白になった顔色が台無しにしている。

最後にナイフが装飾されて禍々しくなり、やっと傷口がふさがり、和紙はふらつきながらも変身を完了させた。


「早いね……やっぱり、常習犯は追い詰められてやったみんなとは違うなぁ」


蜘蛛と対する血のドレスをまとった和紙を見て、いつの間にか不二の隣にまで逃げてきていたリノが言う。すこし返り血がついているのだが、本人が気にしていないなら不二が気にすることでもない。それよりも、和紙のことを見るべきだ。


蜘蛛はその気になったのか、全速力で和紙へと向かっていく。大きさも相まってまるでトラックが迫ってくるかのようだ。人間ではとうてい出せないスピードで寄ってくる蜘蛛を相手に、和紙は更なる速度で対抗した。

まだ人の身体でしかない不二には、またたきした瞬間に和紙と蜘蛛がすれ違っており、そして蜘蛛は脚を二本ほど落とされていた。根本からやられており、すれ違う瞬間でできることでは到底ない。それを、変身した和紙はやってみせた。


「もう終わり?私はまだ、血も流してないのに」


蜘蛛も状況を飲み込めていないまま、和紙によって切り傷がいくつも作られてゆく。一度で倒れないなら二度。二度でもだめなら三度。浅い傷でも十も重ねれば立派な深手だ。

蜘蛛の怪獣はあらゆる器官を切り離され、無惨な死骸となった。生命を終え、その身体は消えて行き、最後には小さな石のかけらがひとつだけ、残されていた。

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