Case1.四人の適合者(前)

ちょいちょいっ、と肩を叩かれた気がした。意識が飛んでいたらしい。目を開けると、そこにはまったく見たことのない病院らしき天井と顔を覗かせる顔がいい美少女の姿があった。長髪のブロンドはロシアの小麦畑のようなほのぼのとした美しさを持っており、天使だと言われても不思議ではない。あの世は意外とフレンドリーな天使がいるらしい。

なんてファンタジーな考えを巡らせて、間違いなく現実だと嗅覚と聴覚が告げてくる。


「お目覚めだね、気分はどうだい?」


そう聞かれて、はじめて自分の状態に気を向けた。ベッドに寝かされているらしい。ここは病室だろうか。と、いうことは、失敗したのだろうか。


「最悪です」

「あーそっか、ごめんね、快眠の邪魔しちゃったみたいだ」


快眠というより、やろうとしていたことは永眠だった。確かに自分は縄に首をかけ、台を蹴飛ばして全体重を首と縄に預けたはずなのだが。


「えーっと、ふにくん。で、間違いないよね」

「はい、でも、どうなってるんですか」

「あ、命のこと?それは今から説明するから、ごめんね」


顔がいい彼女は長髪をなびかせて走っていった。不二はなんとか起き上がり、走っていったといってもこの病室からは出ていっていなかった彼女を見る。その隣には眼鏡をかけた黒髪美人秘書がいる。なんとなくだが、美少女も美人秘書も見覚えがあるような。

それはともかくあの美少女、実は地位のある人間なのかもしれない。


「全員意識はちゃんとあるみたいなので確認させてもらうよ。君たちは自殺を試みて、そしてここにいる。そうだね?」


周囲を見ると、不二と同じようにベッドに寝かされている少女はほかに3人もいた。自殺しようとしたか、との問いに全員が頷いて答え、不二もまたそれに乗っかって一緒に頷く。


「ありがとう。いちいち説明していては長いから、単刀直入に言わせてもらうけど、大丈夫かな」


説明が欲しい状況ではあったが、いまの不二には自殺が失敗したという事実だけあればいいのかもしれない。深くは聞かず、それは他の少女たちも同じ方針らしい。


「とりあえず名前くらいは知っておいてもらおうか。私は天世リノ、呼ぶときはリノだけで大丈夫だよ」


美少女は自分を指してそう言った。リノ。ちゃんと覚えた。ふだんは人の名前なんて覚えようと思わないくせに、彼女のことは覚えなければならない気がした。


「さて。君たちには権利がある。選ぶ権利が、ね」


全員が死を選ぼうとするほどに追い詰められたと、知っての発言だろう。これは本気の目だ。


「まず。君たちを助けたのは、私たちの独断だよ。これからその目的を話す。それを聞いたうえでなおも死んでやるというなら、私はきっちりと葬式代をすべて持とう。もちろん、受けてくれるなら相応の報酬はあるわけだけれど」

「リノ様。勝手な出費は控えてください」

「あぁ善処するよ。それで、その目的だけれど。君たちの身体を使わせてほしいんだ、人々を守るため、人類の将来のために」


即ち。自殺するかわりに、人体実験のモルモットになってほしいという内容だった。普通の人間なら、いくら追い詰められていてもふざけるなと一蹴するだろう。何をするのか具体的に説明されているわけでもない。

けれど、誰も文句は言わなかった。怯えているふうな少女はひとりいたけれど、彼女も決死の覚悟で頷いていた。


「驚いた。私のときはこのあと、報酬の額を聞いて2000万円がどうとかの話題で決心したんだけどね。君たちは覚悟が違うみたいだ」


2000万円とは想像もつかないような値段だった。これだけのお金を家族に遺せたら、未練はないのかもしれない。部屋にいるうちのひとり、恐らく最年長だろう少女がぴくりと反応し目の色を変えて聞いている。

ただ報酬の話は、不二にとってはあまり関係の無いことだ。それよりも、この身体にまだ使い途があるというほうが大きなニュースだった。なんだっていい。使われてやろう。自分を犠牲にしてなにかが生まれるのなら、それでかまわなかった。


「じゃあ。どんな人体実験か気になると思うから、ひとつ映像を見せよう。芥子くん、用意を」

「そうくると思って、用意しておきました」

「さっすが美人秘書だ!」


リノの指示で、芥子というらしい秘書の女性はリモコンを取り出した。部屋の出入り口が閉まり、リノが退き、スクリーンが降りてくる。ただの幕ではない、薄型テレビが格納されていたらしい。電源がつけられると、紹介のためにわざわざ作ったみたいなちゃんと体裁の整えられた画面ではなく、監視カメラの映像が垂れ流しにされた。


画面の中央には、黒髪をまとめ、スーツを基本としながらも大幅なアレンジによって華やかになった衣装を着た少女がいる。あの芥子さんだ。あっちの姿のほうが、不二の脳裏に刻まれていた。

その芥子さんはじっと一点を見つめていて、つられて背景に注意を向けたところ、突如その背景は脚を動かした。黒い背景ではなく、異常なまでに大きな蜘蛛のようだった。


蜘蛛と芥子とは向かい合い、そして動き出す。追い立てる蜘蛛に向け、芥子は両てのひらを向けた。そして、深く息を吸い込んだ後にてのひらから爆風を放った。蜘蛛がそれに飲み込まれ、身体にヒビを入れさせてすぐに崩壊してなくなった。

よくできたCGと言われれば納得するような映像だった。爆風が出せる人間なんて、まずいるわけがない。


「ええと、今みたいに超能力を使ってああいう怪獣と戦うのが仕事。身体張ってるし、命懸けだし、たぶん他人事みたいにしか聞こえないと思う。でも、最近被害が問題になってるんだ。この街でばっかり事故が起きてるのはこのせいだよ」


この街はたしかに全国的に見ても事故が多い。地元のニュースでなくてもこの街の名前を聞くし、ネットニュースでさえよく取り上げている。それがあの蜘蛛のような怪獣の仕業だという。

ここまで大掛かりなことをして騙そうとしているとは思えない。それに不二の最後の記憶は首吊りだ。わざわざ自殺未遂の少女たちを集めてこんなドッキリを行うだろうか。だとしたら悪趣味どころの話ではなかった。


「さて、どうかな。覚悟は決まった?」


その場にいた四人すべてが頷いた。リノもまたそれを見て深く頷いて、嬉しそうにする。


「ありがとう。これで第三期被験者候補全員に確認が取れた。では、改めて名前を教えてくれないか?やっぱり、自分の声で話してくれたほうが資料より印象に残るからね」


リノはまずはじめに、よりにもよってずうっと怯えていた少女を指した。一番近いベッドにいたツインテールで巻き髪の少女である。彼女に自己紹介を促したのだ。自分に来ると思っていなかったのか、自分を指差して固まっていたが、やがてやるしかないと決めたのか喉を抑えて絞り出すように話し始めた。


「ぁ、あ。声が出る……!?っと、ぇえっと、私は『宿場(しゅくば)城華(じょうか)』よ。よ、よろしく?かしら」


自分の声が出せたことに驚いているみたいだったが、彼女の名前を知ることができた。城華はなにか喋ることができない状況にいたのかもしれない。配慮すべきだろうか。ほんとうに当てる少女を間違っているな、と思った。


城華から時計回りで、という指示があって、次はかっこいいお姉さんというふうな人が当たる。髪は肩のあたりで切り揃えられていて、首筋にちょこんと居座るほくろが可愛らしく見え隠れするのに目が行く。


「あたしか、あたしは『水戸倉(みとくら)うろこ』。この仕事はカネ目当てでやろうと思ってるけど、そのぶん働くよ。よろしく」


堂々と報酬が目的だと言ってのけた。リノは笑みを浮かべ、不二もまた感心の息を吐いた。きっと金が必要な理由があるのだ。家庭のことだからあまり深く切り込みたくないが、死を選ぶほどだということは選択肢は絞られてくることだろう。


うろこの次は最も小柄な女の子だった。まだまだ幼いように見える。それなのに一度は死を選ぼうとするまでになったというのだろうか。それに、あの子は容姿も整っており、すこしだけ赤混じりのロングヘアはぼさぼさだったが手入れしてあげたくなる。世の中は理不尽だと、心のなかで嘆いた。


「私は、親から授かった名ではなくて申し訳ないけれど、『上噛(かみがみ)和紙(かがみ)』。あとは、特に言うことはない、と思う」


こちらもまた複雑な事情がありそうだった。和紙の前で不用意に親族の話をするのもはばかられる。


城華にも、うろこにも、和紙にも、それぞれの過去があるのだ。それこそ、ここに規程人体実験の話に回されるような過去が。不二はまだまだマシな境遇かもしれない。

不二はそんなことで自殺を考えるなんて、と言われたくなくて、自分の番は簡潔に済まそうと決めた。


「わたしは『円不二』。ええっと、どうぞ存分にこき使ってください」


最後に不二が自分の名を告げ、まるでマゾのようなことを言った。他人にはたぶんそんな意味にはとられない。と信じたいが、実際のところどうだろう。茶化される雰囲気ではなくて助かったと思った。



「よし、城華くんにうろこくんに和紙くんに不二くん!君たちを我が組織へと歓迎しよう!ようこそ、タチバナへ!」


リノはそういうと芥子に耳打ちしてこそこそと何かを取り決め、準備を始めさせた。一番わくわくしているのがリノみたいで、お菓子をもらった女の子みたいだ。


これから、不二たちは実験体となって戦いに身を投じるのだ。その実感があるわけはなかったが、四人ともそれぞれのベッドで自分の未来、あるいは他人の未来に想いを馳せているのだろう。

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