大村益次郎は幕末の長州藩を支えた軍事的頭脳ですが、前身には学者の顔があり、その師の一人、広瀬淡窓を描く作品です。
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質を言えば、書店に並ぶ商業作家の作品に一歩も引けをとりません。物語はまだ序盤ですが、よく書かれた面白い作品ですぜ。
とりあえず初回だけでも読んでみて下さい。
とにかく文章が達者。入りやすく、かつ、読み疲れない。これは長編には大事なところで、こうなると一回入ればただ物語を楽しむだけ、読んでいるという感覚さえほとんどなくなります。文章から勝手に映像が立ち上がる感じです。
しかも、登場する人物がそれぞれの事情を抱えているのは当然ですが、行為にいたる心情に矛盾がなく、物語に合わせて人を動かした無理がないです。だから、安心して物語に没頭できます。
「前段で言ったことと行動が違くね?」はやはり読んでいて小骨のように刺さりますから。
そういう小骨がないのは、登場人物を含む作品世界を飲み下して完全に消化し、再構築しているからだと思います。現在にも小骨はあります(人間だもの)から、それを丁寧に抜かないとこんなに綺麗にはならないんじゃないですかね。
最後は人の魅力、容姿の描写は必要最低限に止められていますので、見た目ではなく中身の魅力です。現れる人すべてに独特の個性があります。
中でも主人公をとりまく大人たち、流れ者の伊兵衛さん、浮浪者みたいな四極先生、主人公の生を限る予言をした豪潮律師、誰もが「子供の頃にこんな大人が近くにいるといいよね」と思う人柄として造形されています。もちろん、南溟先生のように「近くにいると困る大人」も登場されますが、やはり人柄は魅力的であります。
これがどうやって実現されたかは謎です。技倆としか言いようがありません。
主人公がマイナーだからって読まないと損です、と言い切れる労作。心から完結を期待せざるを得ません。