第4品 魔術師と人外



 ◇



 行くべき場所は事前に教えられていた。俺にだけ。

 そいつが先行するものだから、てっきり行く場所も行き方も知ってるのかと思ったが、校門出て数歩歩くと間抜け顔で振り返り「どこ行くの?」と。


 俺はタッパだけは十分なそいつの背中を鞄で殴り、ずんずんと歩き出した。

 例の女性が亡くなったビルがあるのはここから2駅先の場所。最寄り駅から電車で10分ほど揺らされ、そのあとはバスで数分ほど揺らされるとその場所につく。

 ところで交通費はどうなるんですかね。

 バイト代から引かれるんですかね。自腹だとさすがにきついというか、払ってもらえないと困る。片道ならともかく往復だと1000円近くかかるのだ。無駄遣いの許されない独り暮らしの学生の身として、その出費は痛い。

 ――という旨を駅に向かいながらそいつに愚痴る。


「え? あの2人がそんなことするとは思わないんだけど」


 センパイがそう言うのだからそうなのだろう。あとでシめる。


「こういうことってよくあんのか?」

「まぁ、そうだね。隣町ぐらいはよくある」

「……一応聞くけどよ、バイト代はもらってんのか?」

「目に見えるものとしてはもらってないけど、もらってるにはもらってるよ」


 つまり金ではないと?

 働いてる身としてどうかとおもうが、俺はあの店のことを知らなさすぎている。

 頼人は自分のことを陰陽師だとは言わない。確かに祓うことも仕事としているが、陰陽師とは違うのだと力説された。力説というか、意地を張られた。

 頼人の「本職」とするところは祓うだけなんていう狭い話ではないらしい。一緒にすると怒るが、でも似たようなものだという分には怒らない。本人が曖昧なことしか言わないので付き合いが長そうなグラサン野郎にも聞いたのだが、奴は「魔術師だよ」と尚更超越したことを言い出したので、俺はさじを投げた。


 その件も不明だが、それ以上にグラサン野郎の方が俺にはよく分からない。

 頼人は、端的に言うと「力」を持った人間なのだろう。だが、ロックが何かしているところを俺は見たことがない。あの館に住み、ゲームを好みスプラッタを愛する変態だってことしか分からない。あと、サングラスは身体の一部。


 俺はセンパイであるそいつにロックのことも聞いてみた。


「あいつ? あいつはたまに怪異討伐の仕事してるよ」

「怪異討伐?」

「怪異に限った話じゃないけどね。人外のもの、っていった方が正解」

「はぁ」と、理解できないわけではないので曖昧だが頷いておく。「けど、頼人と何が違うんだよ、それ」

「なんだろ、次元?」

「はいぃ?」

「頼人は怪異。ロックは人外」

「人外って、例えば?」

「俺が聞いた武勇伝だと、人狼とか吸血鬼とか」

「……」


 あら、聞き間違いかしら?


「日本に来てからは鬼ともバトったって言ってたから、もしかしたら外国人さんかもしんねーなぁって俺は思ってる」


 確かに奴が持ってくるものは外国のスプラッタ映画がほとんどだなぁ。そっかぁ、母国のものだったのかぁ――って、いやいや。

 外国人さんってか、人外さんじゃないのか? そいつも。


「あ、滅多にはないらしいよ」

「しょっちゅうあってたまるか!」


 何をのほほんと言ってるんだ。俺が聞いたんだけどさ。


「じゃ、まさか。あのグラサンの奥にはメドゥーサ並の力が……!?」

「おぉ。お前発想力豊かだな。俺は眼からビームだと思ってる」


 同レベルじゃねーか。

 冗談で言ってんだよ。分かれよ。なんで真顔なんだよ。


「まぁ、要領は怪異も人外も同じらしいから、討伐系の仕事は頼人よりロックが出てくるかな」

「へぇ……」

「難易度とか危険度が高いほどロックが担当、みたいな感じ」

「ってことは、あの2人の力関係はロックの方が上なのか?」


「んー……」とそいつは駅の階段を昇りながら首を捻った。

 学校から駅までは大して距離がない。あいつらの話をしていたらあっという間に駅にはついた。

 大きな駅ではないし、学生はほとんどが定期券を使用しいているので券売機の前に列はない。俺達は並んで同じ切符を買った。


「戦闘力って表現が適切かは知んないけど、純粋な戦闘力はロックの方が上だと思うよ。頼人はその分幅が広いって感じ」


 改札を通ると難しい顔をしながらそいつが言った。

 聞いといてなんだが、そこまで真剣に考えなくても。


「三すくみ的な感じだと思うんだよね」

「三すくみ?」


 終夜は空中に三角を書き、それぞれの頂点を指しながら言う。


「頼人。ロック。アルコル」


 順番は時計回りだった。


「ちょっと待て。アルコル!?」

「え? 名前違ったっけ?」

「そうじゃねぇ! あいつ、そんなバケモノなのか!?」


 鬼と渡り合えるバケモノを凌駕するほどの毛玉。

 俺は初対面同然の時にそんな相手を握りっていたのか。そう思うと穏やかではいられない。


「さぁ?」

「おいコラ。発言には責任持て」

「だって。ロック、よくアルコルに頭下げてるじゃん」

「……」


 確かに、下げている。

 それは、嫁の尻に敷かれる旦那という意味で。もちろん比喩なのでアルコルの性別が女なのかは知らない。性別あるのかすら知らない。

 ちなみに、下げる理由は飯を横取りされた場合がほとんどだ。

 尻に敷かれているというか、遊ばれてるんじゃないだろうか。


「まぁ、アルコルじゃないにしても」


 終夜は再び空中に指をさす。

 ちょうど、そこに電車が来た。同じく時計回りに頂点を指しながら名前を順番に並べたが、頼人とロックの間に別の人物名が入った。初めて聞いた名前で、その上電車の音が被ってよく聞き取れなかった。最後に「さん」とは言っていた。


「悪ィ、聞こえなかった。なんだって?」

「あれ? 何個目で降りるんだっけ?」

「5個目だクソッタレ!」

「え、なんでキレた?」


 まぁ、落ち着け? と空いてる席を指さされた。このマイペース野郎め。

 2駅なので座る必要もないと思うが、空いている席のほうが多かったので座ることにした。俺が端に座るとそいつがその横。

 そいつは持っていた学生鞄類を足下に置く。


「そういやお前、部活は良かったのか?」

「大丈夫。今日休むって事は昨日のうちに言っといたから」

「なのに、持ってきたのか?」


 俺はそいつの竹刀袋を指さした。

「まぁね」と言いながら指でそれを撫でるように触った。

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