第3品 同業者希少種


 ◇


 連れてこられた場所は、食事をする場所には向いていなかった。だが人に聞かれたくないような話をするにはもってこいだ。


 ウチの学校は屋上を封鎖している。その上屋上に続く階段には余った机が積まれていて道を塞いでいる――とある一カ所を除いて。


 南側校舎の屋上へ続く階段。

 必要とされていないため満足な電気すらつかない場所だが、この時間帯は日光が差し込むので光は必要ない。


「……よくこんな場所知ってたな」


 こんなの穴場中の穴場だ。人気もないのでサボる場所にももってこいかもしれない。


「まぁな」と素っ気なく答えたそいつは、階段に腰を下ろすとパンを一つ取り出した。

 人が来ない場所なので掃除もろくに行われていない。ここで食事をするのは少し気が滅入るが、今取らなければ飯抜きで午後に挑むことになりそうだ。それは死ぬ。

 俺も真似して昼食を広げた。


「話聞いたときマジ驚いた。まさか同じような奴がクラスにいるとは思ってなかったから」

「その台詞、バットで打ち返してやるわ」


 驚いたって言うのならすこしはそれらしい表情をしろ。

 そいつは脇見もせずまずパンにかぶりつく。もぐもぐと口を動かしながら唐突に周囲をきょろきょろと見渡し始め、俺は冷たい視線を向けたが奴は一切気付かなかった。

 何かを探していたようだが目的なものは見つからなかったらしく、首を元の位置に戻すと、またパンを一口かじる。……一口がやたらとでかくねーか?


「どうした、頭大丈夫か?」

「んー、いい感じにアヤカシでもいるかなぁと思ったんだけどいなかった――お前、アルコル視える?」


 奴は暴言を全く気にせずそう返した。

 なるほど。俺にどの程度異質なものが見えているのか確認したかったのか。


「黒い毛玉だろ? お前も見えてんじゃねぇの?」

「俺は基本アルコルしか視えないよ」

「は? なのに今アヤカシ探したのかよ」

「術がかかってれば視える。今は術の加護下だからなんとかね」

「……、」


 俺は思わずそいつの顔を見ながら固まった。

 こいつは俺なんかよりずっと先に『奴ら』との付き合い方を知っている。


「……お前、いつからあいつらと知り合いなんだよ」

「そんな前じゃねぇよ。ちょっと前ぐらい」

「なんも伝わってこねーよ」


 そんな前。ちょっと前。

 大体で良いから具体的な数字を出せ。


「頼人にいつ行けって言われてる?」


 そいつの目が少し真剣味を帯びた。


「今日」

「おけ。俺もそう聞いてる」

「あり得ねぇよな。急すぎるだろ。依頼受けたの昨日だぜ?昨日の今日で行ってこいって」

「あ。そういえば俺詳しい話聞いてないんだよね。何探すんだ?」

「はぁあ!?」


 俺は腹の底から声を出した。

 辺り一帯にその声が響く。そんな中でもやつはのっぺりとした面のままパンをかじる。肝が据わっているというか、マイペースというか。喉に詰まらせろ。


「昨日の夜、頼人から電話があって。んで、お前と一緒にとある場所で怪異探してきてくれって言われただけなんだよね」


 何探すの? ときょとんとした顔をするそいつに、俺はため息すら出なかった。

「何も聞いてないのか?」と尋ねると、間髪入れずに「うん」と頷く。

「本当に何も聞いてねぇのか?」と尋ねると、やはり「うん」と即答する。


 なんだ俺がおかしいのか? 普通雇う雇われるの関係でも説明はするだろうし、説明されなかったらこっちから聞くだろ。

 ただでさえ学校にいる間はどこでも体調不良だっていうのに、頭まで痛くなってきやがった。

 俺は半分以上残っている昼食をしまった。こんな身体じゃ食欲が湧かないし、食べられる気もしない。


「もう食わねぇのか?」


 そいつの昼飯は無駄に大きめなパンが3つにおにぎりが1つ。

 それ全部食えんの? ブラックホールかよ。

 量も凄いが何より早い。俺が半分食べ終わった頃には、パン1個は胃袋の中に消えていた。変なとこには言って苦しいぐらい噎せ返れば良いのに。

「ほっとけ」と適当に返しながら、俺は水分を口に含む。


 怠さを押し切れず壁に背を預けた後、奴に1から説明してやった。腹いせに要らないところまで丁寧に話してやったら、「あのドラマの犯人、被害者の妻だぜ」と教えられた。よし、リモコン権はお前のものだ。


「まぁ、納得したわ。俺の役目はお前を怪異から守る事だな」

「……、」


 そう率直に言われると屈辱的だ。さっき術とか言っていたし、もしかしたらこいつも頼人と同じようなことが出来るのかもしれない。




 ◇




 放課後になると、俺達はすぐに教室を出た。だが、ホームルームが長引いたため、廊下は既に生徒でいっぱいだった。部活用の大きい鞄を背負う群衆の合間を縫い、昇降口へと向かう。


 その途中で降りた階段に、昼休みに見かけた女子生徒がいた。

 箒を持って人の往来がなくなるのを階段端で待っている。そんな女子の前を通り過ぎた。


「気をつけて」


 他の雑音に攫われてしまうほどの声量だったが、真横を通った俺には十分聞こえた。俺よりも前を歩くそいつに言ったのかと思ったが、そいつは一切振り返らない。

 無視したのか、本当に聞こえなかったのか。


 俺はその女子の方を振り返った。

 きりりとしたその目は確かに俺を見ていた。目があっても逸らしたりしない。

 まさか、俺に言ったのか?


九十九つくも? どした? 忘れ物か?」

「違ェわボケ」


 下から呼ぶそいつの声に、俺は振り返りながら階段を降りた。

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