第2品 鹿撃ち帽と絹帽



 ◇



「これは、ズバリ! 迷宮的な謎ですねぇ!」

「一生解決しねーじゃねぇか」


 俺は鹿撃ち帽とインバネスコートを身に纏った雇い主を蹴飛ばした。なんでピンポイントにその服を持ってるんだよ。いつ着るんだそれ。

 そんでもってその隣の野郎はなんなんだ。グラサンもシルクハットも室内で身につけるものじゃねーだろ。なんでシルクハットがあるんだよ。この国のいつどんなときに用いるんだそれ。せいぜい10月31日ぐらいじゃないのか。


「ってか頼人、それなに?」


 俺は茶髪野郎が手に持つ封筒を指さした。


「これ? 依頼人がくれた」

「中身は何?」

「今から見るとこ」


 何故着替えを優先させた。

 頼人はソファーに座ると封筒をあけた。俺の位置からはよく見えないが、多分写真だ。それを見るなり、「ふーん」と含みのある笑みを浮かべた。

 シルクハット野郎が後ろから覗く。奴は「おぉ」と関心するような声を上げて写真に顔を近づけた。


「……、」


 スプラッタ野郎が喜ぶって事は、多分いい写真ではない。

「なんだった?」と一応聞いておく。


「転落した被害者の写真かな」


 ……不謹慎野郎め。呪われてしまえ。


 頼人は5枚ほどある写真全てに目を通すとすぐに封筒にしまった。後ろの奴が全部食い入るように見ていたと言うことは、全部被害者の写真なのだろう。


「側頭部から出血してるし、確かに転落はしてるね」

「じゃあ、やっぱり……」

「うん、怪異がらみだね」


 俺らの得意分野だ、と頼人は葉巻に火をつけた。


「溺死ってことは溺れたってことだね」

「現場付近に水系の怪異がいた、とか?」

「その可能性は十分あり得る」

「でもどうすんのさ。今回は討伐が依頼じゃないんでしょ?」とロックが首を傾げる。

「とりあえず怪異の有無の確認が先かな――ねぇ、千里」

「何?」

「現場行って、確認してきてぇ」

「はぁぁああ!?」


 それはつまり、人を殺したかもしれない怪異のもとへ俺1人で向かえってことか?

 対抗策の何もない俺が行けと? つまり、俺に死ねと。


「誰が行くかそんなとこ!」

「まぁまぁ。誰も1人で行けとは言ってないでしょ?」

「はぁ? じゃあなにか。頼人も一緒に行くってか?」

「俺が言ったら誰が店番すんのよ」

「じゃ、この変態と行けってか? そんなの死んだ方がマシだぞ」

「千里ちゃんの俺の扱いひどくない!?」


 ノンノンと頼人が指を横に振る。

 まさか……。

 俺はソファーの上でころころと転がりながら遊んでいるアルコルに目を向けた。ひたすら転がっているだけなのだが、奴の尻尾はご機嫌そうに揺れてる。

 確かにアルコルなら怪異に勝るような不思議能力を所持していてもなんらおかしくはない、が。


「違う違う!」


 頼人が焦りながらも笑いつつ、手を横に振る。


「ウチの、まぁ、言うなればもう1人のバイトかな」

「えっ。俺以外にいたの? 誰?」


 すると、何故か2人はふっふっふと不気味に笑いながら互いの顔を見合わせた。

 妙に引っ張るなぁ。というかその笑い方腹立つ。


 頼人は悪巧みをするように言う。


「名前はね、終夜格」

「……はぁ!?」


 聞くや否や。

 思わず目を剥いて叫んだ俺を見ながら、2人は爆発するようにケタケタと笑い出した。


 よすがらいたる。

 それは俺の後ろの席の名前だ。




  ◇




 嬉しくもないサプライズをもらった翌日。


 俺は授業中何度も時計を確認していた。

 ナルシスト気味の数学教師の振るまいが気にくわないのか、やはりバイトが肌に合わないのか、学校にいる間は身体が重い。というか熱っぽい。連日のことなので、流石に今朝方体温を測ったが、健康そのものだった。


 この状態で授業を受けるのは意外と辛い。座っていられるのでどうにかなるだろうと思っていたが、上体を起こしておかなければならないというのは意外と辛い。なら保健室へ行けという話だが、学校にいる間は断続的ではなく永続的にずっとこの調子なので多分意味がない。


 ちらり、と時計を見る。

 よし、あと半周。あと30秒。

 俺はシャーペンの頭でノートを叩く。

 あと10秒。

 あと5秒。


「じゃ、明日はこの続きから」


 きりーつ、と号令がかかると俺は立ち上がりながら教科書とノートを閉じた。


 礼が終わり、クラスメート達が各々の席を離れる。

 俺はまず一旦座って、教科書類を机の中にしまった。

 先ほどまで何度も繰り返していたせいか、無意識に時計を見上げてしまった。昼休みが始まってからまだ1分も過ぎてない。


 俺は昨日帰り際に聞いた頼人の言葉を思い出す。

 ――俺から一応連絡は入れとくけど、あとのことはよろしくね。


 畜生。なんでさほど話したことのない相手にする話がいきなり日常から逸脱した話なんだ。ハードルが高すぎる。俺が奴について知ってるのは、授業中だろうが休み時間中だろうが寝るってことぐらいだぞ。

 考えていると段々腹が立ってきた。くっそ。あの2人に1発ぐらい蹴りを入れてやらなきゃ気が済まない。


 意を決して俺は振り返った。


「おい!」

「ん?」


 昼飯を広げていたそいつは不思議そうに首を傾げた。話が通ってるならお前から話しかけてくれたっていいだろうが。

 そんな理不尽な怒りを腹に抱えながら切り出そうとすると、教室の後ろのドアから女子生徒が「終夜」と呼びながら入ってきた。

 そいつは一言俺に「ちょっと悪い」と詫びを入れてからその女子を迎え入れた。

 腰まで垂れるポニーテールが特徴な女子だった。名前は知らない。


 その女子は手にしていたハンカチを終夜に渡した。普通ハンカチは正方形に畳まれているだろうが、そのハンカチは長方形に畳まれていた。まるで何かを包んでいるようだった。


「3枚入ってるわ」

「分かった。サンキュ」


 3枚?

 何の話か分からないが、ハンカチの大きさはさつよりは一回りぐらい小さい。


 受け取ったハンカチを大事そうに内ポケットにしまいながら、そいつは席に戻ってきた。


「悪かった。で、なに?」


 で、なに? ……なんだろ。

 溺死体の怪異についてだが――っていきなり切り出すのはおかしくないか?

 あってるけど、なんかおかしくないか。というかここでする話じゃなくないか?


 俺が詰まっていると、丁寧にも昼飯に手をつけずに待っていた奴が口を開いた。


「もしかして、頼人の話?」

「あ、あぁ」


 俺が頷いて返すと、そいつは机の上に広げたパンをビニール袋に戻した。そして立ち上がる。


「場所、変えるぞ」


 俺は自分の昼食をひったくるように手に取った。

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