落下する溺死体

第1品 リモコン至上主義

 殺人事件を取り扱った刑事ドラマを平和だと言ったらさすがに不謹慎だと思うが、この館では残念ながら心安まるものだった。


 居間ともいえる場所に置かれたL字型ソファーに俺達3人と毛玉1つが座っていた。全員の目線はその先の大型テレビに注がれていた。

 ばりばり、ぼりぼり、とせんべいを貪り食いながら午後ドラを見ていた。


 一つ言わせてもらいたい。

 実は、今バイト中だ。


「お前ら仕事は?」


 CMに入ったタイミングで俺は聞いた。


「今はなぁい。どったの、千里。これ飽きた?」


 新作映画のほうが良い? と頼人が俺に聞いてくる。

 すっ、とどこからかグラサン野郎が血みどろデザインのパッケージを取り出していたが、あえてそちらには目を向けない。その期待するような笑みをやめろ。

 なんでスプラッタ1択なんだよ。


「じゃ、犯人当てゲームしようぜ!」

「今のドラマのか?」

「そう! 正解者にはリモコン権を与えよう!」


 リモコン権――名前の通り、リモコン操作の主導権を握れるものだ。

 そんな権限をくれるのなら帰らせてくれ。酷使するほど居座りたくない。


「はいはーい! 俺、浮気相手に一票!」


 ロックが勢いよく手を上げる。奴の隣で寝転がっていたアルコルが同調するように「きゅい!」と鳴く。


「お前ら甘ちゃんだなぁ。刑事ドラマ初心者、さてはど素人だなぁ?」


 チッチッチ、と頼人が人差し指を横に振る。

 こいつが事件の被害者になってしまえばいいのに。


 俺はせんべいに手を伸ばし、袋を破る。


「浮気相手、とみせかけて家政婦さんだ!」


 ビシッとこちらを勢いよく指さしてきた。

 えー? とロックが不服そうに声を上げる。

 俺はせんべいを適当に割り、一口サイズになったそれを口の中に放り投げた。


「だってその時間家政婦さんアリバイあったじゃん。無理くない?」

「馬鹿め! 推定死亡時刻をいじるという高尚なトリックを使ったんだよ!」

「……その可能性はあるかもしれない!」

「だろ!? なぁなぁ千里もそう思うだろ!?」

「あ? 知るかンなこと」

「ノリ悪いなー。じゃあお前は何だと思うんだよぅ」


 ぼりぼり。

 ふむ、醤油味がしみこんでいて上手い。少し濃いめの気がするが濃い味は俺好みなので文句無し。固すぎず丁度良い厚さだし、大きくもなく食べやすい。値段は知らないが、1袋2枚セットが計20個。多分お買い得だ。


 俺は次の欠片を口に運ぶ前に、両脇の煩い視線をかいくぐるように言う。


「自殺じゃね?」


 ちなみに、被害者の死因は撲殺である。


 CMが明け、主人公である刑事がもったいぶった推理を始める。

 2人は身を乗り出すようにして画面に食いつく。ヒーローの変身シーンを見ている小学生のような目でみるようなものじゃないと思うんだが。


 ピンポーン。

 その音が鳴ったのは、刑事が容疑者をちゃんとした根拠に基づいた消去法により、1人ずつ外しているシーンだった。来客と妹が外され、残りは正妻と浮気相手と家政婦のみ。

 俺はそこでテレビのスイッチを切った。


 絶句した2人が俺に変な視線を向けてきたが、俺は逆ににらみ返す。

 なにか文句でも?

 2人はすごすごと腰を上げた。




 ◇



 珍しくやってきた依頼人は私服姿の好青年だった。

 俺よりは年上で、奴らよりは年下といったところだろうか。ということは、大学生ぐらいだと思われる。


「本当になんでも引き受けてくれるんですか?」


 依頼人はまずそう切り出した。

 だがニュアンスは疑っていると言うよりも、切羽詰まっているといった感じだ。まぁ、こんな胡散臭い店に頼るぐらいだしな。よほどのことがあったのだろう。


「依頼料もしくは対価さえ払ってくれれば、なんでも」


 俺はテーブルを挟んで向かい合って座る頼人と客の前に茶を注いだコップを置き、その後壁際まで下がった。


「実は」と拳を握りしめた依頼人が話を始める。


「俺の知り合いが少し前に亡くなったんですが」

「ふむ。さすがに葬儀はウチじゃなくて良いとこであげた方が良いと思うけど」

「あ、いえ。もう葬儀は済んでます」


 なんで葬儀の依頼がくると思ったんだ、こいつは。

 大事な人を亡くして冷静さを欠いていたとしてもここにはこないだろうよ。


「彼女、ビルから飛び降りたんです。多分、自殺です」

「まぁ、飛び降りは自殺の定番だね。遺書とかは?」


 依頼人は首を横に振った。


「見つかってません。けど、監視カメラに彼女が1人でビルに入っていく姿が映っていたらしく。事件性も薄いというのが警察の見立てです」

「なるほどなるほど」


 頼人はコップに口をつけた。適当な返事に聞こえたが、今のところは問題らしい問題もみあたらない。強いて言うのなら、警察側は自殺と断定はしていないというところだろうか。


「だけど、彼女の死因がおかしいんです。溺死なんです」

「うん? じゃあ、溺死したあとに落とされたとかじゃないの?」

「入り口の監視カメラが捉えた映像の時間と彼女の死亡時刻を考えると、その可能性は低いそうです。誰かに会って、殺されて、屋上から落とされた。それにしては発見が早すぎる、とか」

「発見が早すぎる、ねぇ」と頼人は顎を指で撫でる。

「依頼は彼女の本当の死因です。溺死なら、いつ溺れたのか。なんで溺れたのか。何に溺れたのか。そういうのを調べて欲しいんです」

「いいでしょう! その謎、しかと引き受けた!」


 グッ!と頼人が頼もしく親指を立ててにっと笑うと、依頼人は頭を深く下げた。

 その隙に、何故か頼人の上半身の構図は変らずに向きが変わった――なんで俺の方を見る?

 そんでもって、なんでグラサンも俺の方を見る?なんでお前まで親指を立てる?


 いまいち分かってないであろう毛玉はこっち見るな。

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