第2品 シフト未確定



 ◇



 連れてこられたのは、洋館だった。

 絵に描いたような、むしろ絵から出てきたような洋館。

 仰け反るほど大きいわけではない。むしろ小さめだ。だが住宅地に並ぶ家々よりはずっと大きい。

 その館の周囲に館以上に高い木が茂っているせいもあり、こぢんまりして見える。

 外壁は白ではなく、ここの宿主の2人とは大分違って落ち着いた暗い色だった。ダークチョコみたいな色。窓枠は白。

 洋館ではあるのだが、威圧感は感じられずどちらかと言えば洒落ている。この2人が住んでいるのでなければ、そう正直に口に出していた。


 俺はそんな家の居間に運ばれた。

 ……字面がおかしい。なんで運ばれたんだ。別に足に怪我をしているわけでもないのに。だが暴れてしまえば落ちかねなかった。サングラスの背は茶髪よりも高く、そんなところから落ちたら今度は尾てい骨強打だけでは済みそうにない。そう思い、おとなしく運ばれた結果である。

 まぁ、抵抗策が全て潰されたというのも理由ではあるが。


「どこがおとなしくだよ! さんざん暴言吐いてくれたでしょ!?」


 おっと、口に出てたようだ。

 俺をここまで担いできたサングラスは居間の床にどしりと腰を下ろした。下ろしたって言うか、落とした。

 俺を担ぎ上げた場所からこの館まではさほど距離はない。どちらも四丁目だ。

 なのに立っていられないほどぐったりするとは、さては軟弱だな。


「おい、誘拐犯。通報されたくなきゃここでやめとけ」

「いや誘拐犯じゃねーけど。ってか、お前態度でかいな! 普通混乱とかしない!?」


 流石だな、と茶髪が感心したように数回頷く。

 流石ってなんだ。俺の何を知ってるんだ。初対面だぞ。


「連れてきた本人達がよく言うわ。で。マジで、通報されたくなきゃ帰せよ。見りゃなんとなく分かるだろ? 俺から金は搾り取れねーぞ」

「あのね、マジ誘拐犯じゃないから。誘拐犯ならもっと拘束するわ」


 それを言われてしまうと妙に納得してしまう。

 唐突に担がれて運ばれたはしたが、手足をロープで縛られたり、柱にくくりつけられたりしているわけではない。むしろ、俺がソファーに座って、2人は床に座っている。


「じゃあなんだよ。俺だって暇じゃねーんだぞ」

「俺らだって暇じゃねーわ! だから、言ったでしょ、聞いてもらいたい話があるんだって」

「話?」


 俺が怪訝にそう尋ねると、ドアが開いた。

 この館は外見は完全に西洋のものなのに、中に入るとところどころ和風さがにじみ出ている。そのドアも和風独特の横開き式だ。


 ドアがわずかに開き、そこから何かが入ってくる。

 何か。何か……。なんだ、これ。毛玉?


 黒い毛糸玉のようなものだった。それが空いた隙間からころころと転がってくる。

 それはゆっくりだったがスピードが緩むことはなく、そのまま真っ直ぐと俺の足下まで転がった。そして止まる。


 というか、この2人は今ドアに触れていなかった。なら、開けたのは一体誰なんだ。他にまだ住んでいる人がいるのか。それも不思議ではない。この館の大きさなら、むしろ2人じゃ余るぐらいだろう。


 なんてことを考えながら俺は毛糸玉に手を伸ばした。だが、俺の手が触れる前にそれは動いた――独りでに。


「……は?」


 ぽん、と。それはボールのように俺の顔の位置まで跳ね上がる。糸がほつれているのか、1本だらりと垂れていた。その1本が、ピンとアンテナのように立ち上がる。


 そして、俺はそれと目があった。

 毛玉に埋め込められたような、ビー玉のような双眸。


 アンテナのようなものは尻尾なのか、左右にぴこぴこと揺れ始める。

 よく見ると背中に羽らしきものが生えていて、そのおかげで滞空し、ずっと視線がかち合う。

 くりくりとした目玉の横には羊のような内に丸まった角が生えていた。


 生き物博士ではないので、俺が知ってる生物なんて世界のわずか一握りでしかないだろうけれど、それでもこの目の前にいる生命体は存在しないものだと断言できる。


「……UMA?」


 俺は目の前の未確認飛行生物を指さす。

 その毛玉は「みー」と小さく甲高い声で鳴いた。猫に似ている。似ているが、何かが根本的に違うような、不思議な鳴き声だ。


「あ、それ?アルコルだよ」

「アルコル?なんだそれ、こいつの名前か?ってか、これ何?」

「だから、アルコル」

「……虫かなにかか?」

「虫違う。アルコル」


 な?と茶髪が同意を求めると、サングラスが親指を立てた拳を上に上げた。異論は無いらしい。ってか、いつまで息きらしてんだよ。

 で、アルコルって結局何。


「簡単に言っちゃうと、この世にはいない生き物かな」


 はっはっは!と演技じみた笑い方をした茶髪の言葉に俺は一瞬フリーズをする。

 もう十分なほどの奇行は見せられたが、やはり頭はもう手遅れだったのか。


 また、毛玉が「みー」と猫のような声で小さく鳴く。

 試しに俺が手を出すと、その毛玉はその上に乗ってきた。警戒心ゼロかよ。


「この不思議生命体を売られたくなかったらさっさと話せ」

「魔王か貴様!」


 俺は攫われた姫よろしくおとなしくしてる気はない。それに拉致したり、不思議生命体モンスターを使役したりしてるこいつらには言われたくない。

 って、誰が姫やねん。


「まぁ、君にその生き物が見えた時点で俺らの勝ちよ!」

「説明する気あんのか」


 軽く未確認生命体を鷲掴みにすると、奴らは慌てて始めた。

 手の中から「に"ゃーッ!」という絶叫のような濁った声がする。

 重さはほとんど感じない。けれど、生き物を抱きかかえたときに感じるような温かさを確かに感じる。毛並みは毛布にしたいほど気持ちいい。


 ごほん、と茶髪が咳払いを挟む。

 ここに連れ込まれた理由を知りたいのは事実だが――前らの名前は何。

 それを聞きたいところではあるが、また話がずれてしまいそうなので俺は茶髪の次の言葉を黙って待った。


「どっから話そうかなぁ……」と首を大きく捻りながら、顎に手を当てる。

 そのままうーんうーんと唸りながら、何度か首を角度を変えた。


「じゃあ、まずなんで俺を連れてきたのよ」


 ヤツは俺の助け船にあっさり乗船した。


「バイトの勧誘!」


 意味は果てしなく分からないけれど。


「バイト? ってことはなに、ここ店か何かなわけ?」


 尋ねながら俺は手に乗っていた謎生命体をソファーの上にそっと置いた。摩訶不思議生命体でも生物なら自由にさせておくべきだろう。雑に扱って悪かったな。


「店。まぁ、店かな」

「へぇ。何屋」


 館内、もしくは店内と呼ぶべきか。どちらにせよ内部は普通の家そのものだ。いや、普通にしては少々豪華感が否めないが。

 商品らしきものは一切無い。だから俺は投げやり気味にそう尋ねた。


「何でも屋だよ」

「……、」


 そういったときの茶髪の顔は、初めて見たかもしれない真顔だった。

 どちらかと言えば田舎である街なのに、ヤツの格好は都会的ファッション過ぎて浮いている。長く蓄えたその髪はまるで女のようで、正直なところ顔だけ見れば中性的どころか女性的ですらある。だが、体格は男らしく肩幅もそれなりにあるし、何度も言うようにタッパがある。背が高い。

 それでいて、顔と体のバランスは一切おかしくない。

 ソファーで寝転がる毛玉も大概だが、改まってみると目の前の男も十分摩訶不思議生命体だった。人間の皮を被った化物だと言われても、もしかしたら俺は納得できるかもしれない。


「そんなにじっと見られても。もしかして、めっちゃ疑ってる?」

「……そりゃ、疑うだろ」


 声をかけられ我に返る。

 意識は戻ってきたが、それでも体は動かなかった。

 人間は意外と純粋に綺麗一色や華麗一色のものよりも、不気味さや恐怖感を煽るものや危うさとか胡乱さを内包したものに惹かれる。

 目の前の存在はまさしくそれだった。


「ねぇ、少年。困ってることなぁい?」


 幼気さをにおわせながらその男が近寄ってくる。

 ソファーに座ったままの俺の前まで来ると顔を覗き込むように腰をかがめた。

 口元は柔和だけれどしっかりと弧を描いている。


「は? 困ってること? 今の状況だボケ」

「そう。それだけ?」


 俺は目の前の嫌みなほど整った面にガンをつける。

 テメェらが引き起こした今の状況をそんな一言で片付けるんじゃねぇよ。そうは思っても言葉には出来なかった。

 男の笑みは有無を言わせない何かがあった。


 威厳を感じるわけでもないし、貫禄や風格に戦いているわけでもない。

 迫力があるのとも違うし、もちろん殺気を感じているわけでもない。

 威圧感。

 奇妙な程までに整った顔、だからこその抑圧感。


 不意に背に柔らかい壁を感じた。

 ソファーの背もたれだ。さっきまでもたれかかっていなかったのに。


 目の前の男が少し遠ざかる。

 代わりに長い指が俺の前に伸びてくる。

 人差し指が俺の鼻先を指した。その指と隣の親指と中指に趣味の悪い銀色の指輪がつけられている。


 脳裏でさっきの言葉が繰り返された。

 ――困ってることなぁい?


 困ってること。

 今の状況、以外に。困ってること。困ったこと。


 指先から腕を辿り、男の顔に目をやった。何も言わずにその顔を睨むように見据える。

 俺のその動きをどう捉えたのか知らないが、すっと目の前から指が離れた。


「返答は今日じゃなくていいよ」


 いつでもいいよ、と茶色い髪が揺れる。

 それはバイトの話なのか、それとも。


「当店は何でも屋。何でも売るし、何でもやるし、何でもできる」


 何でもね、ともう一度。


「ウチに出来ないことはありません」


 視線の見えないサングラスの奥からも、確かにこっちを見ているのが分かった。


「だから、君のことも解決できるよ」


 何でもね。

 その言葉は甘味な毒だ。

 浴び続ければ中毒になる。


 俺は足下に置かれた自分の鞄を掴み、無言でその場を立ち去った。

 部屋を出る前に、「待ってるよ、千里君」と声をかけられた。


 ぞくりとした。

 俺はこいつらに1回だって名乗ったことはないのに、呼ばれたその名前は間違いなく俺のものだった。

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