期待

 あれから一年が過ぎた。


 産まれてから久しぶりに会った両親の頭上に、激流魔法──そうそう、水魔法とはまた別の魔法だったらしい──の水弾ウォーターバレットをぶちかましてから早一年。


 首がすわり、ハイハイで移動できるようになってからは、漸く家の中をシャル──名前を呼び始めたら是非にというから、愛称にした──に抱きかかえられた状態や、自らの意思で移動したりする事が出来るようになった。

 その過程で、近衛や親衛隊などがある事に驚いたり、家のデカさに驚いたりと色々あった。

 もっと言えば、たまたま開いたステータスで、精霊とシャルを眷属にしてる事を知った時は心底驚いた。

 まぁ、ステータスなんて見ても慢心するだけだと思ってたから、一年ぶりに見た時なんて途中で見なくて良かったとまで思ってしまったけど。


 最近では、乳母のメリーナさんと母親の母乳から離乳食へと徐々に移り始めたのをきっかけに、両親の目を盗んでは家の中を動き回ることに心血を注いでいると言っても過言ではない。


 家が広いおかげで死角というか、デッドスペースとでもいうべき空間が幾つかあるんだよな。


 今日も、あまり不審がられないように赤ん坊を演じる傍ら、魔法を使いこなす訓練をするために、俺がすっぽりと隠れてしまいそうな場所を探して移動する。

 デッドスペースと言っても、なんだか家に結界みたいなのが張ってある気がするので、俺が何処に居ようとその気になればすぐ見つかると思うが……。


 いや、魔力の流れ的に外向きの奴か……?


 成長した『魔力感知』は、魔力の流れが結界外に対して働いている事を示していた。


 うーん……。

 まぁ、やってる事が黙認されてるなら、それでもいいか。


 ハイハイで広い家の中を歩き回り、やっとの思いで物置や空き部屋などが連なる人気の少ない所まで来る事が出来た。


 さてさて、今日は何の魔法を使ってみようか。


 最近見つけた人気の少ない場所。

 特に誰が来るという事もなく、安心して魔法を可視化させる事が出来る場所というのは、案外、家の中では限られたりしている。


 ……まっ、多分母さんにはバレてるだろ。


 『大賢者』の二つ名は伊達ではない。

 かつて、バレるのを承知でステータスを覗き見た時、大半がエラーと表示されたが、HPとMPだけは何故か見る事が出来た。

 MPに関しては、6桁後半だったけど……。


 他の人のを見ても、大凡の平均が4桁か3桁後半だろうから、俺の量も大概だが母さんの量も可笑しい。

 しかも、多分それで素ステだ。強化も回復も発動してないだろうから、戦いとなったら数倍から数十倍を超えるかもしれない。

 今の俺でも6桁だけなら超えれるし……。


 そんな事を考えつつ、廊下を奥へ奥へと進んでいく。


 すると──。


「あっ………いやですっ……! だめっ……!」


 そんな艶かしい女性の声が聞こえてきた。


 ………成る程、成る程。


 魔力を推進力に、ハイハイのスピードを上げて声が聞こえて来た辺りに急ぐ。


「だめです……フォードさまっ! ………あっ……いやっ!」


「ここには、誰も来ねえって。ルードも寝てるのは確認したしよ」


 辿り着いた場所では、我が父フォードがメイドの1人に覆い被さるように抱きついてる所だった。


 はっはっは……ハァーッハッハッ。変態殿クソ親父は、母さんのお仕置きが恐くないとみた。

 親父がメイドだけではなく、女性を口説く場に居合わせるようになって、これで何度目だ?


 俺がこういうシーンに出くわすのは、これで二桁を超えている。

 ハイハイで動き回れるようになってからは、人気ひとけのない場所を探して家の中を移動しているので、時たまこういう光景を見る事がある。

 その度に母さんに告げ口をしては、親父が吊るし上げられていると言う訳だ。


 でもまぁ、親父もまだ22歳。

 女を求めるのも分からなくはない。

 思った以上に危険の多いこの世界では、種を残そうという本能に従うのは悪い事ではないからな。

 娼館に行けよ、と思わなくもないが……。


 そんな親父の行動に肯定的な俺が、何故、母さんに密告をするのか。

 そんなのは説明するまでもない。


 なーに、俺の家事ハウスメイドに粉かけとんじゃおんどりゃぁ!!


 そう、親父が手を出してるのは、俺の部屋の掃除やその他の雑用をやってくれている家事ハウスメイドなのである。

 最初は、近衛や親衛隊にもツバをつけようとした親父だったが、近衛には剣を抜かれ、親衛隊には魔法をぶちかまされたため、仕方なしに俺の側付きの家事ハウスメイドに手を出し始めたのだ。

 それでも良いところで俺が通りかかったり、俺に嫌われることを嫌ったメイド達に避けられたりと、1年経った今では誰にも相手をしてもらえなくなっている。


 ふふっ。フハハッ。

 思い知れ! 息子の怒りを!


 親父の足下を起点に、即効性のある束縛系の魔法を発動する。


 【彼の者を束縛せよ】複合魔法『泥濘でいねいの檻』。


 水と土と阻害系が混ぜ合わさった、比較的使いやすい魔法。

 勿論。発声が未だ上手じゃないし、『無詠唱』持ちの為、声には出していない。


 突如として出現した泥濘ぬかるみに、親父は突っ伏すように足を取られ盛大に転んだ。


「ぉ────あ?」


 間抜けな声を出した父を尻目に、俺は即座に踵を返して来た道を急いで戻る。

 それに気付いたメイドが誤解を解くように叫ぶ。


「あっ……こ、これは! 違うのです! ルード様ッ!!」


 大丈夫。俺は分かってるから。

 君が毎日俺に毛布を掛けてくれてる人だって。


 踵を返す前の一瞬のアイコンタクトで伝わったか分からないが、俺にはそれよりも大変な事が起こっているので、気にしている暇がない。


 距離を取れるうちに逃げないと……!


 必死に親父から離れる。


「こんちくしょぉォォ! ルードかぁぁ!!」


 1分も待たなかった。

 異様に高いステータスに任せて魔法の檻から体を引っこ抜いた親父は、咆哮と共に、ギロリ、とこちらを睨みつけて来た。


 いやぁぁぁぁ!!

 くそッ! 脳筋めッッ!!


 渾身の拘束魔法も何のその、一瞬の拘束の内に覗き見れた父のステータスは埒外を示していた。


────────


フォード・フォン・アストラーゼ 人族 男 22歳

職業「剣神Lv.7」「剣聖Lv.Max」「剣士Lv.Max」

HP 7256

MP 4256

力 8415

防御 7569

素早さ 7855

器用さ 6352

魔力 3256

運 3546

カリスマ 10110


称号

剣の申し子・武神の加護・剣神の加護・陽の精霊・剣聖・剣神・英雄


隠しスキル

 exスキル

『狼の感』『無の極致』


スキル

 Uスキル

『武の舞』『幾億の刃』

 Rスキル

『剣王術Lv.Max』『隠密Lv.4』『気配遮断Lv.4』『魔力感知Lv.Max』『強化術Lv.Max』『魔力遮断Lv.1』『気配察知Lv.Max』『精神耐性Lv.Max』『毒無効Lv.3』『魔眼耐性Lv.2』

 スキル

『忍び足Lv./』『火魔法Lv.5』『魔力制御Lv./』『気配把握Lv./』『剣術Lv./』『拳術Lv.9』『体術Lv.7』『魔力把握Lv./』『遠見Lv.6』『風魔法Lv.8』『麻痺減衰Lv.4』『状態異常減衰Lv.9』『言語理解Lv.9』『属性耐性Lv.8』『気配制御Lv./』


────────


 いやぁぁぁぁ!!

 ステータスが怖いぃィィ!!


 そんな心の叫びを我慢し、俺の方も実に1年ぶりに自分のステータスを開いてみた。


────────


ルード・フォン・アストラーゼ ?族 男 1歳

職業「???????」

HP 2756

MP 35698

力 963

防御 542

素早さ 1025

器用さ 9655

魔力 24600

運 750

カリスマ 2400


称号

英雄の子・剣聖の素質・賢者の血筋・シャルルの主・精霊を生みだしし者・神に愛された子・超越者・かくれんぼマイスター


隠しスキル

 特典スキル

『無詠唱』『完全再生』『MP超回復』『経験値3倍』『熟練値4倍』

 exスキル

『死神』『隠密者』『天羅万象』『森羅万象』『神羅万象』


スキル

 Uスキル

『***』『皇帝の覇気』

 Rスキル

『業火魔法Lv.Max』『聖魔法Lv.Max』『暗黒魔法Lv.Max』『隠密Lv.Max』『気配遮断Lv.Max』『魔力感知Lv.Max』『激流魔法Lv.Max』『時空魔法Lv.Max』『魔眼Lv.4』『偽装Lv.Max』『氷結魔法Lv.Max』『魔力遮断Lv.Max』『気配察知Lv.Max』『万物鑑定Lv.3』『雷鳴魔法Lv.Max』『麻痺無効Lv.Max』『大地魔法Lv.Max』『状態異常耐性Lv.1』『精霊術Lv.Max』『神獣召喚Lv.Max』『翻訳Lv.1』『暴風魔法Lv.Max』

 スキル

『忍び足Lv./』『投擲術Lv.6』『交渉術Lv.8』『火魔法Lv.10』『魔力制御Lv./』『気配把握Lv./』『鑑定Lv./』『剣術Lv.8』『弓術Lv.4』『拳術Lv.3』『遠見Lv.6』『土魔法Lv.10』『召喚魔法Lv.10』『精霊会話Lv.2』『魔物制御Lv.7』『精霊召喚Lv.5』『魔物会話Lv.3』『風魔法Lv.10』『精霊魔法Lv.10』『精霊制御Lv.9』『時魔法Lv.10』『氷魔法Lv.10』『麻痺減衰Lv./』『雷魔法Lv.10』『状態異常減衰Lv./』『空間魔法Lv.10』『言語理解Lv./』『水魔法Lv.10』『光魔法Lv.10』『体術Lv.5』『闇魔法Lv.10』


残りポイント:55,426pt


────────


 いやぁぁぁぁ!!

 これ、誰ぇぇェェェ!?


 思った以上に俺のもぶっ飛んでた。

 

 何これ、何これ、知らない内に人じゃなくなってるし……!


 色々と尋ねたいことも検証したいモノも増えていたが、何より充分に人の域を超えていた。


 じゃあ、このステータスで放ったさっきの魔法でも、親父には効かないのか……。


 驚愕の事実を今にして初めて知った。


 そうすると、背後から襲い来る悪鬼にただ捕まれと言うのか……!


「くぉらぁぁ!! 人の楽しみを邪魔すんじゃねぇぇぇ」


 悪鬼が迫ってくる。

 そして、本当に後少しで地獄を見ることになりそうなので、最後の切り札を切ることに。


「うわぁぁぁぁぁぁ、しゃぁぁるぅぅぅぅぅ」


 目には目を。鬼には鬼を。


 俺の叫びに、ガコンッ、と壁や天井に小さな空間が出現し、中から刀身がぬらぬらと怪しく光る短剣や短槍が発射された。

 更には、壁がクルリと回転し、中から先が二又に分かれた槍を構えた何人もの美女が出て来る。


「うおぃッ───!!」


 無言の殺気が恐ろしい美女達の猛攻に、流石の親父も反射的に距離を取った。


「ルード様、お声に従い参りました」


 宝物でも扱うかの様な優しげな手つきで俺を抱き上げながら言ったのは、親父達に武器を向けている美女達の総元締めであるシャル。

 他にも、2対4枚の羽が美しい、無属性という極めて珍しいタイプの精霊。

 五人一組でチームを組んで親父に剣を向けている親衛隊や、俺の身を守るように位置取る近衛兵。

 総数にして三十人とちょっとという人数が、この廊下に一瞬で集まった。


「うわぁぁぁぁぁん!! あれがぁぁぁぁ!」


 その姿を確認した瞬間、即座に世界の英雄我が家の変態様を売った。


「…………」


 ふぅ……。これで大丈夫……。


 シャルの豊満な胸に顔を埋めた俺は、背後で鳴り響く剣戟の音をなるべく気にしないようにした。


 1歳児に出来る事は、泣くか食うか寝るか漏らすかだけだからな!

 だから、家の壁やら天井やらに取り返しのつかない傷がついたとしても、美しい美女達のドスの効いた声を聞いたとしても、俺には関係ない。

 そう、関係ない!


「ヤりなさい」


 一拍おいて、シャルが無情にも命令を下す。


「うおっ、待て待て待て! お前ら! くそッ!」


 いい気味だ。くひひっ。


 美女達の連携にタジタジになっている親父を見て、心の中で盛大に嘲笑ってやった。


「何事?」


 その時、戦場に1人の女性が現れた。

 その女性こそ、俺の母親にして親父の妻でもある『大賢者』様その人である。


「何事ですか? シャルルさん?」


「はっ──! フォード様、改め節操無しのクソ野郎様がルード様に襲いかかろうとしていた為、ルード様の保護、並びに反撃を行なっておりました」


 それを聞いた母さんは、額から汗が止まらなくなっている親父の方へ体を向けた。


「どういうことですか?」


 顔が笑っていて目が笑っていない。

 女性とは役者以上に演技に優れている、とは前世で誰が言っていた言葉だっただろうか。


「いや、ちがっ、いや……」


 正面から見据えられた親父の目は、既に壊れた羅針盤の様にクルクルと回っている。


 少しは懲りたらいいんだ。


 そう思った俺は、これ幸いと爆弾を放り込むことにした。


「まぁま。あれ。メイド、ぎゅーっ」


 可愛らしく、身振り手振りで親父の所業を報告する。

 すると、母さんはニッコリと笑って静かに頷いた。


「まぁまぁまぁ。うふふっ。そうですか、また………うふふふ」


 頷いた母さんが顔を上げた時には、その手に古代龍の御霊が封じ込められた杖を持っており、先端の龍玉は怪しく輝いていた。


「はッ!? いや、待て! それは! やばいぃぃぃぃぃいあばばばばばびぶびっ」


 腕を前にして後ずさるも、見えない何かに一瞬で捕まった親父は、炎や雷や氷や、様々な魔法に包まれて地面に倒れ臥した。


 ザマーミやがれってんだ。

 これに懲りたら、無闇矢鱈と口説くなよ。


 柔らかいおっぱいに包まれて半分夢見心地だったが、何とか寝るのだけは耐えて地面に降ろしてもらう。


 にしても、母さんも母さんでぶっ飛んでるんだよなー。


 魔法の発動の瞬間が一切見えなかったので、恐らくは『無詠唱』に加えて何らかのスキルが発動してると思われる。


「だぁ〜。まぁーまぁ」


 ハイハイで親父の屍を乗り越え、母さんの下まで移動する。


 俺もまだまだなのかね。

 対魔族最前線じゃあ、スキルがあるだけじゃ厳しいのかも。


 母さんに優しく抱かれながら、プスプスと煙を出して倒れている親父を眺める。


 ステータスばっかに気を取られても、ダメだって事なんだろうなぁ……。

 あまり数値やスキルに固執するのも良くないか……。


 この事があって、俺はどちらかと言うと、自分の目で見た相手の実力を信じようと思う様になる。



 ◆ ◆ ◆



 2年後、俺は武の頂を知る。


 人の身である事の限界を悟る。


 だけど、俺に歩みを止める事は許されない。



 ──英雄は、勇者みたいに華々しくないぞ?


 悲しい声で諭す親父に、


 ──知ってるよ。それでも英雄が良いんだ。


 と、答えたから。



 ──勇気と無謀を履き違えてはダメよ。


 そう教えてくれた母に、


 ──英雄は、無謀でもやらなきゃならないもんね。


 と、答えたから。



 だから俺は歩む。

 両親が作り上げた『英雄』という人生は、両親が思ってるより悪いもんじゃないんだ、という事を証明してあげたいから。

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