眷属

 ちゅんちゅんと雀に似た何かが囀る朝。

 俺は、昨日から俺の世話をしてくれているメイドのシャルルという人に付きっきりでお世話されていた。


「ルード様、お気分はいかがですか?」


 この人、シモのお世話を全くもって嫌がってないんだよなぁ。見た目、大人びた大学生に見えるぐらいなのに……。

 ………という現実逃避もこの辺にしておくとして。凄く恥ずかしいんだけど、これ。自分で何も出来ないと、こうも羞恥心に直撃するハメになるんだな。

 次、転生する機会があったらそれなりに成長したとこから始めたい。


 丁寧に何度も何度も拭われる俺の愚息から意識を逸らして、何故こうなったのか思い返してみる。


「ルード様、どうされました? どこかお気分が優れないのですか?」


 そう、何故頻繁にオムツを取り替えるハメになったのかと言うと、今日の明け方に起きてから『鑑定』を使いまくった結果、何故か体に力が入らなくなり、下の蛇口が漏れ出るほど気分が悪いのである。


 おぉォォ。始めて飲み会に誘われて、次の日二日酔いで起きれなかった時より酷い……。

 これは……何かが尽きたのか……?


 そんな俺を心配して、専属メイドのシャルルさんは離れずの看病をしてくれているのである。


「何処か具合が悪いのでしょうか? 今はメリッサ様もおられませんし、どうしたらいいのでしょう……」


 俺の惨状を見てオロオロし始めるシャルルさん。


 心配しないで良いですよ……。きっと、魔力が無くなっただけなんで………。


 そんな事を思いながらも、またもや蛇口が決壊する。


「あぁっ! ルード様! 本当にどうしたら……」


 本当に大丈夫ですから、本当に……。


 そうして、何度目になるかわからない気絶を体験することになる。


 あぁ……。絶対赤ん坊の頃に気絶したことのあるやつ、俺しかいないだろうなぁ……。


 そんな馬鹿なことを考えながら………。



 ◆ ◆ ◆



 ルード様の体調がどうも優れないご様子……。


「これは本当に病気とかではないのでしょうか?」


 そんな事を考えてみても、私は医療の知識は外傷に関する者しか習熟していないし、メリッサ様から回復魔法を学ぼうにも今は遠征に出ておられるから学ぶことも出来ない。


「こんな事なら、暗殺系統ばかり揃えるんじゃなかった……」


 そんな事を考えても仕方がない事は分かっていたけど、考えずにはいられない。


「あぁ、愛しのルード様。このシャルルめにできる事は何かないのでしょうか?」


 その愛くるしい寝顔を眺めながらそんな事を呟いてしまう。


「ルード様が眠っておられる今の内に、少しでも内科に関する資料に目を通さなければ」


 家を出る際に自らの配下として与えられた部下を使い、様々な病や呪いに関して調査しまとめてある資料。

 ルード様の御身に少しの傷もつけさせないために死ぬ気で集めさせたその資料に目を通すため、私は少しばかり席を外すことにした。


「しばしお待ち下さいルード様。このシャルルが御身に降りかかる災いの一切を消し去ってみせますから……」


 そう言いながら、部屋を退出する。



 ◆ ◆ ◆



 おぇ……。あぁ、ようやく治り始めた……。


 気絶してから体感で数時間あまり、ようやく体調が元に戻り始めた。


 魔力枯渇に関しては『完全再生』とか発動してないだろうな、絶対。

 だって、車酔いからの船酔いからの二日酔いみたいなトリプルパンチが未だ尾を引いてるから。

 この状態が魔法使いの日常だとはちょっと思えないから、俺が使いすぎたのか、魔力が少なすぎるのかのどっちかだろう。

 きっと、魔法について学ぶ過程で枯渇一歩手前の感覚を知るに違いない。

 完全枯渇はあまり体にも良くないものみたいだし……。


 そんな事を考えながらぼんやりと天井を見つめていると──。


 ……ん? 何かある?


 ふと、天井付近に緑色の塊がフラフラしているのに気が付いた。


 蝶、か? それとも他の何かか?


 赤ん坊の視力じゃハッキリと物が見えないので、少し悩んだけど『魔眼』を使って『鑑定』を発動させる。


 何が凄いかって、この組み合わせを使えば、視認範囲に限界はあるけど視力に頼らなくて済む上、魔力の痕跡を辿られない限り俺が見たとバレない所が良い。

 その事に気付いたのは魔力枯渇になる前だったから時間的にそう経ってる訳じゃないけど、俺には『熟練値4倍』があるからあっという間に使えるようになった。

 どうにもこの『魔眼』って、良くあるメドゥーサの石化の眼とか見たいなのじゃなくて、単なる『魔力の眼』みたいなんだよな。


 そうこうしていると、空中に魔力による擬似的な眼玉が浮かび上がり、緑の塊に向かって『鑑定』を発動していた。


────────


 精霊(生後0日)

 魔力の流れや自然の力によって生まれたばかりの精霊。

 このまま何事もなければ消滅するか、魔力を吸収して自我を手に入れる。


────────


 おぉ……精霊……。

 想像と全く違ってたけど、あれは創作物だったから、然もありなんって感じだな。

 ……でも、このまま何事もなければ消えちゃうのか。俺が魔力を渡したり出来ないのか?


 そう思い、魔力の塊を自分の体の中から押し出すようにして伸ばしてみる。


 『魔力感知』のおかげで魔力の存在に関してははっきりと分かるし、『魔眼』や『鑑定』のおかげで使い方も分かるが……これを──ふぬぁっ!


 体内の一箇所でグルグルと渦巻いていた魔力を少しだけ引き剥がし、ゴリ押しで体外に捻り出してみると、案外簡単に出す事が出来た。


 ──おっ、出来たぞ!

 これをこのままこうやって……。


 出した魔力を、無理矢理に手の形に捏ねて精霊の所まで引き伸ばす。


 すると──。


 優しい光と共に精霊の中に自分の魔力が入っていくのが分かった。


 お、上手いこといった。よかっ──あっ、あれ? ちょっ………。


 そんな風に安堵していたのもつかの間。自分の体から急速に魔力が減少していくのが分かった。


 あぁ、いやだ……。

 もう……漏らすのも、気絶するのも……いやだよぉ………なんでだよぉ…………。

 ちくしょぉ……限界ラインなんて分かるわけねーだろ! 次は絶対ギリギリで止めてやらぁ!


 決意を新たにして俺──三上良改めルード・フォン・アストラーゼは、数えるのも億劫になってきた気絶体験を今一度する事となった。






《ルード・フォン・アストラーゼは、無の精霊を生み出し『皇帝の眷属』とした!》



 ◆ ◆ ◆



 私は精霊。どこからともなく生まれ、どこかへと消えていく存在。


 生まれたその瞬間から世界の理を把握し、ただ空を地を海を漂う存在。


 家族や兄弟といった、人が使うような概念はない。

 生まれ漂い、自我を手に入れて初めて一つの精霊になることができる存在。


 そんな精霊である私も、その他大勢の精霊達と同じように生まれ、同じように漂っていた。


 私と時を同じくして生まれた存在は様々な存在に、自然に、精霊に見初められ、魔力を貰い一つの精霊としての自我を手に入れていった。


 私も何かに見初められる事を期待してただ空を漂い続けた。


 しかし、私は一向に見初められる事は無かった。


 このまま消えていくのだろうか?


 そんな事を考えると恐怖が、未だ存在しない筈の心を支配した。


 いやだ………。


 いやだ…………。


 こわい……………。


 さむいよ……………。


 たすけて………………。


 きえたくないよ…………。


 どれほどそのような事を考えていただろうか。ふと、自分の周りに暖かな魔力が漂っているのに気が付いた。


 その元を辿ってみると、産まれたばかりであろう赤児が自分に魔力の塊を伸ばしているのに気付いた。


 ──貴方は、私を受け入れてくれるの?


 ──勿論。


 そんな感じの事を言われた気がした。すると、その魔力の塊が自分の中に流れ込んでくるのを感じる。


 あぁ、暖かい。とても……。


 魔力と共に赤児がどの様な存在なのかが自然と理解できた。


 王、帝王、精霊王、魔王、地獄王、神界王。


 それらだけでなく、この世に存在する全てを統べる存在。


 ──そんな貴方が私を?


 赤児が笑った気がした。

 そして、大量の魔力が自分に流れ込んでくる。


 あぁ、貴方様はこんな私を肯定してくださるのね。あぁ、ああぁぁ……。


 涙、というものがあるのだとしたら絶対に流していた。


 そして……。


 そんな私の主が気絶をするのと同時に──。


《貴方はルード・フォン・アストラーゼによって生み出さた無の精霊であり。彼の者の『皇帝の眷属』となった!》


 神の声が聞こえ、私は一つの個として世界に顕現する事が出来た。


 偉大なる王の眷属として……。


 そして──。


「偉大なる我が主にして世界の王よ。未だ名も無き矮小なる身ですが、どうか末永くお側に」


 誓いの言葉と共に終生お側にいると、固く、硬く誓った。



 ◆ ◆ ◆



 一通りの資料に目を通し、ルード様のお側に侍る為に部屋へ戻ろうとすると部屋の中にルード様以外の気配がした。


「来なさい」


「「「はっ」」」


 この家に張り付かせていた3人の部下を呼び寄せる。


「ルード様のお部屋に誰かが入るのは見たのかしら?」


「いえ、一度もその様な存在は確認しておりません」


「そう、下がっていいわ」


「はっ」


 そう言って、部下を下げる。


 所詮は素人に毛が生えた程度。


 そう思い、もう一度気配を探る。

 確かにルード様以外にとてもルード様に似通った気配を持つ存在がいる。


「いい度胸ね。私の、いいえこの世の偉大なる主であらせられるルード様に手を出そうものなら、親類縁者纏めて始末してあげましょう」


 そう言い、装備の有無を確認して扉を開けた。


「誰かしら?」


 部屋の中では、白い髪を持った見たこともない精霊がルード様を守る様に佇んでいた。


「貴方は? 答え方次第によっては消えていただかないと。いえ、御方の前に不遜にも立ち塞がるのだから、消えてもらうのは当たり前ね」


 私がそう言うと、その精霊は仄昏い微笑みを見せながらながらこう言った。


わたくし? わたくしはルード様によって生まれた精霊。ルード様に仕え、ルード様のめいにのみお答えする存在。そう言う貴方こそ誰かしら?」


 油断ならない気配と共に精霊がこちらに尋ねる。


 ルード様がお生みになられた?

 この精霊を?

 嘘ではなさそうね……。


 武器に翳していた手をゆっくりと降ろしながら、探るように答える。


「私は偉大なる主──ルード様の『眷属』よ。貴方のその言葉に偽りがないのだとしたら、仰ぐ主は同じのようだけど……。さて、どうするべきなのでしょうね?」


「あら」


 私がそう返すと、精霊は嬉しそうに微笑んだ。


「それは、それは。やはりこの御方は素晴らしいお人」


 そう言いながら、精霊は慈しむ様にルード様の側に寄り添う。


「いつからそこに?」


「つい先ほど。ルード様からお力を頂いて」


「そう……」


 すると、精霊はこちらを向いて一つ提案して来た。


「ねえ、貴方。わたくしとお友達になってくれないかしら? 共にルード様を主と仰ぐ仲間として」


 そう言われ、私は肩の力が抜けた。


「なに、そんな事……」


 部屋の外に待機させていた部下ゴミを遠くにやり、ルード様の眷属として相応しい立ち居振る舞いでお側に近づく。


「勿論、いいわよ。でも、最も大切なのがルード様なのは変わらない」


 そう答えた。


「えぇ、それで充分よ。あぁ、今日はなんて素晴らしい日。これも全てはルード様、貴方様のおかげです」


 そう言いながらルード様に心酔している精霊を見て、やはりこの御方は仕えるに相応しき主なのだと、改めて心の奥底から確認することができた。



「「貴方様のお側に寄り添い、永遠の忠誠を誓います」」



 精霊と共に、私は今一度ルード様に忠誠を誓った。






 これは、ルード様が産まれてから3日目の出来事。


 ルード様がこの世界に名を轟かせるのには、まだ少し時間がかかるのであった。

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