間話 誓いと忠臣
「王命、しかと承りました」
私──シャルル・ヴィアルリィは、冷静な言葉とは裏腹に心の中で喜んでいた。
ヴィアルリィ家は代々、近衛や騎士団長、宰相や暗部の幹部など、表に出ることのない「裏」の仕事を請け負うことの多い所に、表向きは従者──執事やメイド──として仕えることが多い。
これは遠い御先祖様が建国王と共に国を起こした際、建国王からの取り計らいとして「貴族ではないが王族と同権力を持つ家」、いわゆる「裏」の王家として祖国の夜を統べる権利を譲り受けたためである。
そして今日、私にも仕えるべき主の通達が来た。
私達は幼少の頃より様々な訓練を受け、いつの日か出会う主の為に日々鍛錬を続けている。
さらに、一度家を出れば、もう二度と家族を家族と思わないように躾られている。これは家族同士で殺し合いになった場合、主に害悪が向かないよう速やかに任務をこなすためである。
そんな私が仕えることになった主の名は「フォード・フォン・アストラーゼ」。
またの名を『剣狼』フォード。
つい一年前、魔王直轄の四天王の内の一人『獣獅子』ザークを討ち、英雄となられた御方。
「フォード様直々の御依頼という事で、私達の家に望まれたご様子ですが、私の仕事は何になるのでしょうか?」
そんな事を考えながら、自室に置いてある荷物を纒める。
出発は明日、3日かけて陛下がフォード様に下賜された領地へと向かう。
「申し訳ございません、もう一度お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ〜、だからな。お前に仕えて欲しいのは俺やメリーじゃなくて、これから産まれてくる俺達の子に仕えて欲しいんだ」
領地に着き、従者として仕えるべき主にご挨拶に向かうと、そのような事を命じられた。
「理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「俺達はさ、また魔王と戦わなきゃいけない時が来ると思うんだわ。と言うか間違いなく来る。俺やメリーもそれは覚悟してる、だけどな、その時生きて帰ってこれるかは別物なんだよな。もしも俺らが死んじまうと子供だけを残すことになる。領地自体は代官がいるからどうにでもなるんだろうけど、俺達の子ってだけで産まれてくる子が利用されるかもしんねぇのは我慢できねぇんだよ」
――だから、お前たち「裏」の王家に頼む事にしたんだ。
そう私に向かって仰られたフォード様のお顔は、何かを予感されたような、そんなお顔でした。
「シャルル・ヴィアルリィと申します。至らぬところもあると思いますが、どうぞなんなりとご命令下さい」
そう私が挨拶したのは、フォード様の妻にして『大賢者』の二つ名を持つメリッサ様。
「そんなに畏まらないで下さい、ね? 私達は所詮成り上り貴族です、ちょっとばかり力を持った平民に過ぎないんですから」
「いえ、そのようなことは……」
「お願いですから、ね? お友達になってください、この子が産まれてくるまでは私の話し相手になってくれませんか?」
「それがご命令とあらば」
「そう……ですか」
メリッサ様はそう言い苦笑されておられた。
そんなメリッサ様のお腹はかなり膨らんでおられて、産婆の話によると、かなり近い内に産まれるだろうとの事だった。メイドとしても様々な教育を施された私はいつ産まれても大丈夫なように、日々、メリッサ様の容体に注視し、身の回りのお世話をする事にした。
「元気な子が産まれて来るといいんだけど」
ある日、メリッサ様がそんな事を呟かれていた。
今はそれほどでもないのですが、昔は力ある者同士の間に産まれてくる子供は、魔力や力の負荷に耐え切れず生まれて間もなく死亡する。という事が数多くあったようです。
魔力や力によって寿命が決まる今の時代、力ある者ほど若くあり続け、力のない者は老いるのが早いと言われています。
おそらくメリッサ様もその事を心配されておられるのでしょう。
「お言葉ですがメリッサ様。メリッサ様のお子様です、元気に産まれ、威勢のいい泣き声をお聞かせくださる事でしょう」
「そう、ね。今は神官様がお側について下さるものね、ありがとうシャルルさん」
そう言い、溢れんばかりの優しさを詰め込んだ笑顔を私に向けられるメリッサ様。
「従者に礼など不要です」
私はつい、そう言ってしまった。
それから数日後、メリッサ様の容体に変化がおとずれる。
「フォード様。そんなにご心配でしたら、教会から神官様を呼ばれてきたらいかがでしょうか?」
「あ、あぁ、そうだな。よし! じゃあ俺は教会まで神官様とやらを呼んでくる、何かあったらすぐに言いに来てくれ」
「畏まりました」
言い終わるや否や、飛んで行くようなスピードで教会とは逆の道を爆走されるフォード様。
「これは……私が教会まで行って、神官を呼んで来なければならないのでしょうか?」
進言が無駄になったうえ、二度手間になってしまった。
それから数時間後。神官や産婆、その手伝いなどが数多くアストラーゼ家に集まってきた。
「くっそ、なんだってこんなに来るんだ。これじゃメリーの側に居られねぇじゃねぇか」
「仕方がありません、フォード様。これから産まれて来るのは『英雄』同士のお子です、慎重になるのも当然でしょう」
「……ったく。それが嫌だったから限られた奴にしか教えなかったってぇのに、クレーベンの爺さんまで来てんじゃねぇか」
クレーベン大司教。
大陸中に幅広く布教されているノルネクシア教の三大大司教の一角を担われており、それだけでなく、目の前の『剣狼』フォード様の剣の師匠でもありながら、自身も『断立ち』の二つ名で知られている教会でも一、二を争う実力者。
「はっはっは。私がいたらなにか問題でもあるのかな? 『剣狼』フォード殿」
「止めろよ爺さん、むず痒いったらありゃしねぇ」
「そう言うわけにもいくまい、今やお前さんは世界を救った英雄。私はただの司教に過ぎないのだから」
「それでも、受けた恩は忘れたりしねぇよ」
「そうかい、そうかい。ま、子供が産まれるんじゃ、しばらくゆっくりしてもバチは当たらんと私は思うがな」
「あぁ。子供がいっぱしに歩けるようになるまでは、魔族の奴らには動いて欲しくないと思ってるよ」
「私もそう祈っておるよ」
そんな会話をお二人は交わされていた。
それから暫く、数多く来る人の波を対処しながらお産まれになるのを今か今かと待ちわびるフォード様。
そして──。
「フォード様ッ!!」
一人のシスターがこちらまで走ってきた。
「どうした!?」
「メリッサ様の陣痛が始まりました!! 面会できるのは今だけになります!」
「わかった! 今行く!!」
そう言って家の方に走っていくフォード様。
一人残された私は、周囲に目を配りながら人の波を捌き続けた。
一、二、三……。
特に、あのローブは危険ですね……。
そんな中で一人、ローブ姿の参列者に意識を割きながら。
暫くして私が家の中に入ると、フォード様がちょうど部屋から出てくる所でした。
「メリッサ様のご様子はいかがでしたか?」
「………っ、あ、あぁ、元気そう。と言っていいのかわかんねぇけど、とりあえず今は問題はないって」
「そうでしたか。それでは、私も中でお手伝いさせていただきます」
そう言い、お辞儀をしてフォード様の横を通り過ぎる。
「あぁ、メリーの事を頼んだ」
その言葉に軽く頭を下げながら、分娩室に向かう。
基本的に出産の際には男の立ち入りは禁止。それゆえに部屋の中にいるのは産婆やその手伝いに、回復魔法をかけるシスター達のみ。
そんな中、私はメリッサ様の側に立ち声を掛け続けることにした。
「メリッサ様、聞こえますか」
「……ッ! あっ、いっつ!! ……あ、あぁ、シャルル…さん。あ、痛っ!!」
「痛みは、お子様が元気な証拠。もう暫く我慢なさってください」
「そ、そう……いたっ! あぁぁっ! ……よねぇぇぇぇっ!!! …がん……ばんなきゃ…ね……あぁぁっ、いったぁぁぁい!!」
そう叫び続ける事数十分、ついに子供が産まれた。
すると同時に、扉が爆散しながら内側に開いた。
清潔第一の分娩室の扉をぶち壊しながら入ってこられたのは、フォード様とクレーベン大司教様のお二人。
「生まれたのかッッ!!」
そう叫んでメリッサ様の元に向かわれるフォード様。
その時私は、生まれてきたお二人の子供から目を離せないでいた。
少しくすんだ金髪に瞳は閉じているために分かりませんでしたが、落ち着いた雰囲気と荒々しい雰囲気を併せ持った男の赤ん坊。
その赤ん坊を見た時、私はなぜか傅きたくなるような、そんな焦燥感に駆られました。
「えぇ、元気に産まれてくれたわ。よかった」
「あぁ、ありがとうメリー、元気な子を産んでくれて。それに男か。よーしよし、お前の名前は今からルードだ。元気に育ってくれよ」
「えぇ、ありがとう。これからも末長くよろしくね、あなた」
「当たり前だ。こいつが一人で生きれるまでは、くたばるわけにはいかねぇからな」
「えぇ、そうね。この子が一人で生きていけるまでは」
そう言い、何かに憂いておられるような顔をされるお二人。
そこへクレーベン大司教様がやって来て、祝福の言葉を述べられる。
その間、フォード様は手伝われた一人一人に礼を述べ、私の前までやってきた。
「これからはお前にも苦労をかける。だけどルードだけは死んでも守って欲しい」
そう仰られて私に頭を下げられるフォード様。
「御命令、しかと承りました。この命にかえましてもルード様をお守りいたします」
「あぁ、よろしく頼む」
そう笑い顔を見せられるフォード様。
しかしこの時、私は内心ではまだ、ルード様が主になるのを認めたわけではなかった。
私とフォード様がそんな話をしていると、周りが騒がしくなってきた。
「なんだ?」
そうフォード様が訝しがられる。
その時、クレーベン大司教様と産婆が話している内容は衝撃的なものだった。
普通、産まれたばかりの子は全員が産声をあげる。しかし、ルード様は泣くことも目を開くこともなく、ただじっとメリッサ様の腕の中で抱かれたままにっている。「このままでは亡くなる」そう産婆の声を聞いた者に動揺が走る、。クレーベン大司教様は対処を聞き、メリッサ様は泣き崩れ、フォード様は私に向かってこう言った。
「町医者を連れてくる! ついてこい!!」
私とフォード様は家を飛び出し、この都市唯一の医者の元まで走った。
フォード様が名医のお婆さんの元に怒鳴り込み、金を掴ませすぐに来るように言うと、私にお婆さんを託し医者の元を飛び出していく。
「すいません、お婆さん。少し急いでいるので背中に乗ってもらってもいいでしょうか?」
そう言って、お婆さんを背に背負いアストラーゼ家に向かってひた走る。
私はこの時、あの赤ん坊は死なせてはならない。そんな使命感に支配されていました。
その後すぐに屋敷へと着いた私は、上擦りながらも声を張り上げた。
「フォード様! メリッサ様! ただいま医者の方を連れてまいりました!」
そう言って室内に顔を向けると、ルード様と目があった気がした。
ルード様の両目は全く開かれていなかったというのに……。
視線が合ったと感じたその目は、何か心の奥底を揺さぶるような、そんな気がした。
そんな中で、メリッサ様はお婆さんを見たのちルード様を正面から見つめてこう呟いた。
「ルード、ルード……お願い」
と。
そうしてお婆さんに手渡そうとした時、ルード様が叫ばれた。
「『頭が高い』」
実際は違っていたのかもしれない、だけど私の耳にはそのように聞こえた。
そして、その直後にルード様はとんでもない覇気を発せられた。軒並み平伏し、私も片膝をつき
不思議と嫌悪感や不快感はなかった。あぁ、私はこの人に仕えるべくしてここに来たのだと感じ、フォード様に三日三晩、感謝の言葉を述べたいくらいだった。
そして、心の奥底から湧き出てくるままに誓いの言葉を述べていた。
「私、シャルル・ヴィアルリィは、この命尽き、この身朽ち果てようとも、魂となり、あなた様の側へ寄り添い、永劫を共にする事をここに誓います。どうか末長く私をお側に置いてくださいますよう、お願い申し上げます」
と。
崇拝と尊敬と敬愛の念を持って言葉を紡いだ。
その瞬間、自分の身に溢れんばかりの力が湧いてくるのが分かった。
《シャルル・ヴィアルリィはルード・フォン・アストラーゼの『皇帝の眷属』となった!》
あぁ……! これは!!
そんな文字が無機質な女の声と共に頭の中に浮かび上がったその瞬間、私は全てを理解した。
ルード様こそ至高にして唯一たる皇玉。
世の全てが平伏し、付き従うに相応しい御方だと。
そして、私のこの身、この心、その全てをルード様に捧げようと思った。
何よりもルード様を優先し、その御身を害するものは如何なるものでも排除しようと、そう固く誓いながら。
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