異能
それから少しもしない内に、最初に存在していた部屋サイズの領域から出ると、唐突に雰囲気が変わった様な気がした。
「こちらになります」
そう『不思議ちゃん』に言われ視線を向けた先には、ちゃぶ台の上に広辞苑ぐらいの大きさの本が一冊置いてあった。
「これは?」
「『不思議ちゃんbook〜異世界ゔぁ〜じょん〜』になります」
頭が痛くなってきた。
「それで、俺はこれを使って何を?」
「そこから『職業』『能力』『スキル』をポイントを消費して獲得してもらいます」
テンプレではパソコン辺りが出てくると思っていた俺は、間の抜けた声で聞いた。
「因みにどれほどの量があるんですか?」
「知りません」
「はい?」
「その本は見た目は広辞苑程に見えているのでしょうが、現在進行形で増えていますので、今現在どれほどなのかは皆目見当がつきません」
「つまり、今もなおポイントで買えるものは増えている、と」
「はい」
生きた魔導の書みたいだな、ちくしょう……。
そんな悪態をついてはみたが、何事もとりあえずは見てから話を進めることにした。
「あぁー、分かりました。取り敢えず見てから決めます」
そう言って俺は表紙をめくった。
【そんなあなたに朗報です。選ぶのがだるい、そう思われていませんか? そうですよね? その気持ち、わかります。この膨大な量の中からどう選べばいいのか、そう考えておられるのですよね? ならばこれ! 今限定のお得パック、『不思議ちゃん』の初心者応援セットとランダムパック。この二つを選んでおけばハズレはなし!!】
目次の部分一面にそんな事が書かれてあった。
ちなみに、「応援セット」と「ランダムパック」ってのは何のひねりもない物だった。
『不思議ちゃん』の初心者応援セット。
異世界生活をするにあたって、困ることのない範囲での、『職業』『スキル』の詰め合わせ。
価格は上から100,000pt、10,000pt、1,000ptとなっている。
ランダムパック。
『職業』『スキル』をランダムに取得することができる。
こっちの価格は桁が一つ減って、10,000pt、1,000pt、100ptの三種類。
それと、今あらためて聞いたが『能力』の大部分は『職業』に依存するそうだ。
「他には何かないのかな」
そう独りごちながらめくってみると……。
【ないです。正直いって多すぎます。これを一から選ぶとかドMですか? そうなんですね? まぁ、それは置いておくとして。一から選んでたらいつ転生できるかわかったもんじゃありませんよ?】
そう書いてあった。
一度本を閉じて、ゆっくりともう一度開く……。
【早くさっきのオススメを選んでくれませんかねぇ。定時になっちゃいますよ、定時に。と言うか、うじうじ悩む前に一度試してみたらいいじゃないですか】
そんなセリフの向こう側に、小生意気な少女の顔が浮かんだ……。
「『不思議ちゃん』、この本は会話するんですか?」
「人の思いを汲み取り、反射的に答えるようにはなっています」
「それと、他の『職業』などを見たいのに、見れないのはどうしたら?」
「諦めてください」
マジかよ……。
目次を開いた状態で一向に進まない俺を見かねたのか、『不思議ちゃん』は次に進む様に促してきた。
「試しに幾つか取ってみては?」
「そうするか……」
そうボヤいた俺は、ランダムパックの一番安い奴を試しに選んでみた。
《三上良はスキル『忍び足Lv.1』を手に入れた!》
「おぉー、本当だったんだな……」
ぴこんっ、という音と共に頭の中に機械質めいた女性の声が響く。
「忍び足、ねぇ。素で出来る奴もいそうな気がするもんなんだが……」
そんな疑問を無視して、『不思議ちゃん』は色々と矢継ぎ早に説明を始める。
「ちなみに、パックに関しては金額が高いほどレア度が高い物が増え、取得することのできる個数が多くなるようになっております。尚、どのパックを買われても、確率に違いはありません」
「なるほどな。なら、取り敢えず『不思議ちゃん』の初心者応援セットは買っておく方がいいか……?」
そう思い、初心者応援セットの一番高い奴を選んだ。
60万もポイントがあるお陰で、全然減った気がしないが……。
《三上良は『*****』になった。それに合わせて『能力』が上昇した。さらに『スキル』を手に入れた!》
「おいおい、伏せ字とか……ありなの?」
本から顔を上げて、『不思議ちゃん』らしき存在の雰囲気がする辺りにそう問いかける。
「今知っては面白くないと思いまして、向こうに転生されてからのお楽しみにさせて頂きました」
「はは……できれば今知りたかった」
そう言いながら残りポイントの部分を確認すると、566,566ptとしっかり減っていた。
「さて、これからどれを選ぶべきか」
「お考えの所、申し訳ありません。ポイントというのは、それ自体でスキルのレベルを上げることも、転生先に持ち越すことも出来ますので悪しからず」
「そうなのか……なら、試しに」
それを聞いて、さっき取った『忍び足Lv.1』を選択した。
あぁ、取得したスキルは広辞苑みたいな本の横に一枚の紙が浮き出てきてそこに書いてある。
《『忍び足Lv.1』次レベルまで残り10pt》
と書いてあり、試しに10pt入れてみると……。
《『忍び足Lv.1→Lv.2』になった!》
おぉ、これは楽しい!
なんだかフリゲ方式のネットゲームをやってる気分になってきた。
「御理解していただけましたか?」
「あぁ、良くわかったよ」
俺はどの程度パックを買うか考えながら、生返事を返す。
さて、どれにしようか……。
まとめて10,000pt分買うとしても50パック程度か?
ダブりがもしあるとするなら、100ptを多く買ってその検証を先にしてからの方が良いかもしれないな……。
それに、レベルも上げれるとなれば消費は余計増えるし、持ち越し分も考えると……うーん。
頭を捻りながらウンウン唸ってはみたが、特別いい案を思いつく事はなかったので、単純に楽しみながらやる事にした。
「まっ、後で考えてもいいだろうしな」
そう思い、10,000ptのパックを選んだ。
《三上良はレアスキル『業火魔法Lv.1』『聖魔法Lv.1』スキル『投擲術Lv.1』を手に入れた!》
レア? コモンとかノーマルとかの上の奴か?
だとしたら、これは明らかに当たりだろう。
次のランクはあるとしたらSレアとかか……?
「まぁ、いいか。次だ次」
そう言って、また10,000ptを選択する。
《三上良はレアスキル『暗黒魔法Lv.1』スキル『交渉術Lv.1』『火魔法Lv.1』を手に入れた!》
「はぁ……ってか、『火魔法』って『業火魔法』の下位互換か? そうなると、ハズレの分類だな……」
「下位互換だから、上位互換だからといった差は、経験や熟練度によって簡単にひっくり返りますよ。初心者の使う上位魔法より、上級者の使う下位魔法の方が優れたりしている時もありますしね」
「そんなものか……」
「はい」
すると、スキルばかりでも安心できないって事になるんだが、まぁ要努力ってのはどこの世界でも同じって事なんだろう。
ポンポンとスキルを買い漁りながらポイントの減りを眺めていると、ふと疑問が出てきた。
「あぁ、そうだ。これから行く世界の住人ってポイントは生涯にどれ位稼いでいるんですか?」
ちょっと前の話に出てきた『天才』やら『神童』ってのは、前世で『善行』を積んだ転生者だって事は分かったが、だとすると、俺みたいにポイントを消費しないで転生してるみたいだし、さぞかし沢山持ち越したりしてるのかもしれない。
そうすると、それに劣るとしても、現地の人達もポイントを稼がないと全く対抗できなくなるからバランスが崩れるだろうし、それなりに稼いでいるのか?
「ないです」
「は?」
「これから貴方が行く世界の民達は、スキルが欲しければ持つものに教えを請い、自分で試行錯誤して上げています」
「ってことは、俺は……」
「ある種のチートになりますね。ある意味、それが貴方の一番のアドバンテージになるのかもしれません」
「そうですか……」
残すか……?
現地にポイント制が無いと聞いて真っ先に考えたのは、多くのポイントを持ち越して応用が効く様にする事。
少なくとも、俺個人に限っては持ち越した先で使える様な言いようだったし、だとすると絶対的な切り札になる事は間違いない。
だとしても、どのくらい残す……?
万単位であれば十分か?
スキルを取りすぎても、器用貧乏になる。かと言って、レベルばかりが高くても張子の虎だ。
ここは広く浅くスキルだけ集めて、現地の状況次第でポイントを使う方がいいかもな……。
そう思った俺はこの後黙々とスキルを取り続け、それをある程度まで上げるという作業を繰り返した。
その結果。
最初も含め10,000ptを10個、1,000ptを28個、100ptを37個の計131,700ptを使用して、スキルを取り……。
《レアスキル
『業火魔法Lv.3』1,100pt消費
『聖魔法Lv.2』100pt消費
『暗黒魔法Lv.2』100pt消費
『隠密Lv.1』←『忍び足Lv.10』550pt消費
『気配遮断Lv.1』
『魔力感知Lv.2』100pt消費
『激流魔法Lv.1』
『時空魔法Lv.4』11,100pt消費
『魔眼Lv.4』11,100pt消費
スキル
『忍び足Lv./』
『投擲術Lv.6』150pt消費
『交渉術Lv.8』280pt消費
『火魔法Lv.7』210pt消費
『魔力制御Lv.6』150pt消費
『気配把握Lv.9』360pt消費
『鑑定Lv.5』100pt消費
『剣術Lv.8』280pt消費
『弓術Lv.4』60pt消費
『拳術Lv.3』30pt消費
『遠見Lv.6』150pt消費
『土魔法Lv.6』150pt消費
『召喚魔法Lv.8』280pt消費
『精霊会話Lv.2』10pt消費
『魔物制御Lv.7』210pt消費
『精霊召喚Lv.5』100pt消費
『魔物会話Lv.3』30pt消費
『風魔法Lv.8』280pt消費
『精霊魔法Lv.3』30pt消費
『精霊制御Lv.1』
『時魔法Lv.1』
『氷魔法Lv.8』280pt消費
『麻痺減衰Lv.9』360pt消費
『雷魔法Lv.6』150pt消費
『状態異常減衰Lv.9』360pt消費
『空間魔法Lv.8』280pt消費》
を獲得して、計28,440ptを消費してスキルを上げた。
結果、残りポイントが406,426ptになった。
ちなみに、ダブったやつはポイントになるでもなく、かといって経験値になるということもなく、光の塊になってどこかへ消えていった。明らかにポイントの消費損だ。
「ここまで取って20万ちょっとか……」
確実にポイントを持て余すな……。
スキルが書かれた用紙と睨み合いをしている俺に、『不思議ちゃん』が静かに声を掛けて来る。
「全部使い切る必要はございません。先ほども申しました通り、これから行く世界にはポイントなるものはありませんから、持ち越すだけでも大きな利点になるかと」
「それもそうか……。よし、ここで終わろう」
過度な力はその身を破滅に導くって言うし……。
考えが顔に出てたのか、気遣う様な声音が耳に届く。
「よろしいのですか?」
「勿論」
「分かりました。では、最後に特別特典を選んで頂いたら転生となります」
「特別特典?」
「はい、ボーナスポイントを消費して取ることのできる唯一の特典になります。これは先天的な異能であり、後天的に取得出来るという事もありません。あちらの世界には幾つかの段階に分けてスキルがありますが、これはそのどれにも属さない隠しスキルだとでも思って下さい」
ここに来て新しい情報か……。
もっと詳しく行き先の状況を話して欲しいけど、どうも必要な分だけ小出しにしてる感じなんだよなぁ。
「ほぉ……。ちなみにスキルの段階はどうやって分けられてるんですか?」
「ピンからキリまであるのがスキルなのですが……。分類としては、『スキル』『レアスキル』『固有スキル』『ユニークスキル』『隠しスキル』の五種類が主なスキルになります」
「内容は?」
「『スキル』とは、全ての土台となる基本的な能力の事であり、『レアスキル』がその発展系。『固有スキル』は種族・人種によって使うことの出来る能力。『ユニークスキル』に関しては、これは生きとし生けるものなら誰でも持つ潜在能力のようなものだと思って頂ければいいです」
生きとし、か……。
生物の範囲を最初に知っておく必要があるかもな……。
「この力は、誰に何がどれだけあるか全く不明であり、発現しないまま死ぬものがほとんどです。稀に発現しますが、そういう者達のほとんどは『天才』『英雄』『最強』などと呼ばれます」
「なるほどね」
「なお、『隠しスキル』の中にも二つ種類があります。先程述べた特典スキルと、特定のスキル同士を組み合わせて発現するexスキルです」
「ご丁寧にどうもありがとございます」
日本の義務教育以上に覚える事がありそうだ……。
スキルだけで広辞苑を優に超えてるのに、この上、地理や歴史、魔物や貴族なんかも出て来るんだろ?
俺は、げんなりとしながら『不思議ちゃん』の説明に礼を述べた。
「それでは特典スキルを選んで下さい」
そう言われてちゃぶ台を見ると、広辞苑がなくなり、小冊子ほどの本が出てきた。
【あなたの為の特別特典冊子】
そう書いてあった。
手に取って中を開いてみると。
『詠唱省略』10,000pt
『再生』50,000pt
『MP回復』50,000pt
『経験値2倍』20,000pt
『熟練値2倍』30,000pt
の五つが並んでいた。
「これは、かなりいいんじゃ……」
まず何よりも、『再生』ってのに心惹かれる。
迫害の対象となってる可能性もあるが、『聖魔法』だけで間に合わない傷を負った場合、これが活きてくるかもしれないから外せない。
「どうされますか?」
「とりあえず、全部取って、っと」
そう言いながら……。
《『詠唱省略→破棄→無詠唱』50,000pt消費
『再生→超再生→完全再生』100,000pt消費
『MP回復→MP超回復』30,000pt消費
『経験値2倍→3倍』20,000pt消費
『熟練値2倍→3倍→4倍』50,000pt消費》
五つ全てのレベルを上げて、計320,000ptを消費した。
全く後悔していない。
ポイントが10万を切ったけど、それぐらいが丁度いいだろう。
「こんなもんかな」
「よろしいですか? もう二度と手に入りませんよ?」
「いいですよ、8万もポイントがあれば多少の事はどうにかなるでしょうし」
「わかりました。では三上良さん。あなたの『善行』を
「おぉ、どうも」
「それでは、是非とも幸せな人生を歩んでくださいね」
そう言われた瞬間、目の前が真っ暗になった。
さて、言われるがままに色々と取ったわけだけど、今から転生するんだよなぁ。
あの時やり直せたら、って訳じゃないけど、降って湧いた幸運に感謝して、二度目の人生を過ごさせて貰いますか。
それにしても、何か忘れてる様な……。
「あぁッ! 一番大事な偽装系スキル。一個も無い!!」
そんな叫びと共に、俺──三上良は二度目の人生を歩むことになった。
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