ぷつん、と途切れたはずの意識が、またしても徐々に明確になり出した時、さっきまでの何の進展もない状況とは違って誰かの声が聞こえてきた。


「お目覚めですか?」


「………誰だ?」


 意識がはっきりするにつれて辺りを見回すが、先程と同様に真っ白な空間が延々と広がっているだけだった。

 敢えて違う所を探すとすれば、何処まででも進んでしまえそうな、そんな膨大な空間になったような気がするだけだ。


「私には『自己』という概念がありません、ある者は『神』と呼びますし、またある者は『管理者』とも呼びます」


「あぁー、所謂……なんだ?」


「『不思議ちゃん』とでもお呼びください」


「その………なんだ。『不思議ちゃん』さんが俺になんの用事なのかお聞きしても?」


「『不思議ちゃん』」


「だから、『不思議ちゃん』さんが───」


「『不思議ちゃん』」


「『不思議ちゃん』さn「『不思議ちゃん』」


「『不思議ちゃん』は、一体俺に何の用が?」


 この『声』の主は『不思議ちゃん』にどれだけの思い入れがあるんだよ……。


 そんな思いを抱きながら、俺は話を進めた。


「貴方は願いましたよね、『神様でも閻魔様でもいいからとっとと来い』と」


「確かに願いましたね、それで『不思議ちゃん』が?」


「はい、貴方の『願い』と『精神』と『善行』の全て。これらによって私は貴方の前に現れました」


「それで『不思議ちゃん』は何を?」


「あなたの死因は事故死です」


「あっ、はい……」


「事故死というものは、そのほとんどが望まぬ死へと繋がります」


 『望んだ死』なんて、大体が自殺と同義だろうに……。


「まぁ、確かにその通りではあります」


 あれ? 声に出したか?


「故に、ごく稀に死のその瞬間まで他人を気遣いながら死ぬ人もいます。そしてそういう人は『試練の匣』に魂が入り込みます」


「おぉぅ………。あそこのことか……」


「そうです。そしてあの空間で666年間、自我を失わず、『己』を保てた者のみが、転生の権利を手にすることができます」


 666年かこれまたとんでもなく長い間あそこに居たんだな。長い長いとは思っていたが、流石にそこまで長いとは思ってなかったな。

 知ってどうするって話ではあるんだけど。


 そんなことを考えながら、俺は『不思議ちゃん』に先を促した。


「じゃあ、俺はその……なんだ……『転生の権利』ってのを使って転生できるって事か」


「はい、しかし転生先を選ぶ事は出来ません。また転生状態を選ぶ事も出来ません」


「転生するか、しないかだけしか選べないって事か」


「いいえ、具体的に言うと、『転生するか、しないか』。するならば、『能力は取得するか、しないか』。この二つを選ぶことが出来ます」


「なんか、ファンタジー感が満載だな」


 俺の率直な感想に、相手は間を置かずに言葉を返してきた。


「はい。あなたが転生されるとするならば、その転生先は剣と魔法と魔物のファンタジー世界になりますので」


「はぁー……。まさしくファンタジーの住人になる、って訳か……」


「どうされますか?」


「一つ聞きいても?」


 そこまで聞いて、俺は大体の話でありがちな一つの質問が頭に浮かんだ。


「なんでしょうか?」


「その世界には俺の様な転生者はいるのか?」


 そう。『転生者』の存在だ。

 俺以外にもそう言った存在がいるのかどうなのか。

 正直、この非現実的な状況に頭がついて行っているのも、例に漏れず俺が多少のファンタジー小説に触れた事があるからであって、ならば、俺よりも遥かに知識や経験が豊富で、600年余りの時間をあそこで過ごした人が他にも居るんじゃないか。

 そう考えたのは極々自然な事なんじゃないだろうか……。


「います。と言っても記憶を受け継がず、力だけを持った、いわゆる『天才』や『神童』と呼ばれる人たちは数多くいます」


「なぜ記憶を持っていないんだ?」


「簡単です、『試練の匣』に耐え切れず自我が崩壊したからに過ぎません」


「あぁ、なるほど……」


 そうか……。

 これは……仮に、目の前の不可思議な存在の言っている事が本当なら、俺は大きなアドバンテージを持って第二の人生を歩めるんじゃないか?


「自我が崩壊したといっても、前世で『善行』を積んでいますからね。少しばかりの『力』を与えて転生してもらっているんです」


 とすると、これはどうするべきだ?

 転生自体は全然良い。って言うか、むしろお願いしても良いぐらいだ。

 前世日本の様な先進文明の記憶を受け継いで異世界に転生してる奴がいないのなら、環境や物理法則にもよるが、生活に困ることはないだろう。

 問題は生まれた時の環境だよな、うん。こればっかりはどうにもならないし……。


「むしろ、あなたの様に自我を保ち転生する者がいること自体が無いのですから」


「ほう」


「ですから、あなたはおそらく来世で何かしらの偉業を成し遂げる事になるでしょう」


 断れなくなる理由を唐突に言い出す『不思議ちゃん』。


「……もしも、断ったら?」


「記憶と自我を消去し、地球にて再度転生をしてもらいます」


「転生します! いや、寧ろ転生させて下さい!!」


 俺はこの時ほど綺麗な土下座をしたことがないと断言できる。


「分かりました。では、今からあなたにはボーナスポイントを使用して、『職業』『能力』『スキル』を取得して頂きます」


「おぉー、まさしく異世界物語の序盤にありがちな……」


「それでは、此方へ」


「因みに、ポイントは幾らぐらい溜まってるんで だ?」


「666666ptになります」


「そうで────ふぁ!?」


 6のゾロ目が二つ並んでるのか……。何とも不吉だなぁ。


 驚きの声の裏でそんな事を考えながら、俺は『不思議ちゃん』の声が響いていると感じる方へと歩みを進める。

 これから行う『異能』の取得は、異世界生活でどれほど重要だろうか、そんなことを考えながら。

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