第1章:2020年7月

1.早朝

その日、最初に見た光景は自室でデジタル時計が『AM 05:00』を示しているところだった。

「今日も普段通りだろうな」……あの時はそう思っていた。普段通り、飛鳥の家にある稽古場で模擬戦をこなしてから登校。授業が終わったら、生徒会と『戦技研究部』の二束草鞋で活動。帰宅後は適当にネットサーフィン辺りをして就寝する、と。

でも、現実はそうならなかった。寧ろ『日常の転換点』になるなんて、誰が想像出来ただろう?


―「扶桑大和が当時を回想後、書き綴った」と思しき、手帳内の記録より抜粋


2020年7月。梅雨も明け、初夏の訪れを告げる暑さで『彼』は目覚めた。

ショートカットでまとめた黒い髪にダークブラウンの瞳。薄いオレンジ色の肌に中肉中背な体型と、日本では珍しくない容姿(強いて特徴を挙げれば「『クラス内男子への人気投票があるなら、何とか五本の指に入れそう』な顔立ち」位か)をした、その人物はデジタル時計で時刻確認を終えてから、すぐに「自分の『得物』」の状態確認へ移る。


「鞘へ納められた日本刀」に「コンバーティブル(セミオート・ポンプアクション切り替え式)ショットガン」と思しき武器。

どちらも『高校生の自室』に在ってはならない物だろう。

『インベーダー』の襲撃が頻発化、『国連軍』結成に続く形で日本国憲法へ「尚、本憲法の適用対象は意思疎通可能な知的生命体に限定される」……即ち『問答無用で襲い掛かるインベーダーへの対策に限り、個人が武装を携帯する事やそれらを行使する事は第9条違反とならない』という補則事項が付け加えられる前ならば。


昨日も帰宅途中に襲撃してきたインベーダーを斬り捨て、撃ち貫いた得物達。

本来ならば然るべき整備……それこそ、熟練の匠による手入れが必要な「筈」であった。しかし―


「……うん。今日も『機能』に問題無しだな」


彼は無造作に「一見だと鞘に見えるが、所々へ機械的な意匠を施された『何か』」から、愛用の「同じく、一見では日本刀にしか見えない『何か』」を抜き取る。

それは「簡単に血を拭う程度の手入れで済ませ、鞘へ収めた刀」とは思えぬ程の輝きと鋭利さをあるじに示していた。


『新技術』に『新素材』。

インベーダーとの交戦回数が増えてきた頃に突然、『多国籍複合産業体』から発表された、これらの存在は出所不明ながらも従来製品を駆逐せんばかりの高性能ぶりで一気に市場を掌握。

パワーバランスを人間側へ引き戻した、最大の貢献者となった(尚、これらの存在を「インベーダーを分析して作り上げられた」とする説が一般的であり、産業体側はそれを肯定も否定もしていない。)。

そして、彼の得物達も『新技術』や『新素材』によって生み出されし、『最新兵器』だった。


鞘に見えていた『何か』は鞘本来の機能を持ちつつも自動洗浄・研磨機能が付与された、謂わば『新世紀の鞘』であり、日本刀にしか見えなかった『何か』も新技術と新素材を惜しみなく使用する事で、フィクションに登場する様な「舞い落ちる花弁が刃へ触れて、音もせぬままに両断される」切れ味を常に実現可能な『新世紀の刀』であった。

ショットガンもまた、新技術と新素材により「学生が運用しても片手撃ちが可能な程に低反動且つ軽量で、威力も同重量の従来製品を凌駕する」性能を確保しており(流石に護身用として採用される事は無いが)、『アームド・スチューデント』間では比較的、ポピュラーな部類の銃となっていた。


ショットガンの方も問題無い事を確認し、二階の自室から一階のダイニングへ移動する。

そこにはテーブルへ並ぶ、白飯や味噌汁等の和風朝食とそれらを準備し終えた母の姿があった。また、朝食の傍には白飯を巻く為の海苔も用意済みで「時間が遅れても最低限の朝食はとれる様に」という、母の気遣いが見て取れた。


「母さん、おはよう」

「おはよう、大和。朝食の量は大丈夫?」

「うん、これなら朝練に支障無いさ」


この家における、何気無い会話。父の姿が見えないのは『自衛官』という職業柄、こちらよりも早く起きて家を出る必要があるからだ。

そして、遠くの学校へ通っている訳でもない彼が一般的な学生よりも早く起きて活動するのは幼馴染である『山城飛鳥』の実家(邸宅レベルである)に構えられた道場で「朝練と言う名の『模擬戦』」をこなす為だ。


「御馳走様でした」

「御粗末様でした」


素早くもしっかり、朝食をとり終えた後は身嗜みを整える準備に移る。

歯磨きに洗顔、そして着替えを含む「身支度」。

そのまま学校へ向かえる様に新素材製のカジュアルな服装(インベーダーや新素材の影響もあって「所謂『学生服』の着用を校則で指定する学校」は稀になった)で身を包み、これまた新技術と新素材の賜物たる『武具携帯機能付きベスト型防具』を上から着込む。最後に鞄と得物達を持って準備が完了する。


「それじゃあ、行ってきます」

「ええ、行ってらっしゃい。今日も気を付けてね?昨日みたいにインベーダーを相手取って遅れる時は連絡してくれれば、調整するから」

「了解……今日は遭遇しないと良いんだけど」


こうして「他愛もない『母子の会話』」を終え、彼……『扶桑大和』は出発する。

多分、今日もこの暑い中で自宅の門前に立ちながら自分を待ってくれているだろう、幼馴染の事を考えながら。

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