第29話:蜘蛛の追撃①
失敗してなるものか。
これは最後のチャンスなのだ、彼女を救う最後の…。
「待っていてね、姉さま」
「姉さま、か。へぇ…」
影に沈み追っ手を撒いたと思っていたラバンの背後から声がする。振り向けばそこには青白い光を放つ手術刀を体の周りに浮遊させたジズの姿があった。
「誰ですか?」
「名を聞くなら、まずそっちから名乗るのが礼儀じゃあないかい?」
ジズは仮面を外して放り投げながら言った。
気だるげだがつり上がった金色の瞳がラバンを見る。その顔の特徴的な刺青にラバンは目を細めた。
「額から首筋に至る蜘蛛の刺青、金の目…。貴方がかの有名な医者ジズ=メルセナリオ?」
「そうだよ。怪我、病気、疾患…。俺に治せないものはない」
「医者が俺に何のようですか?」
ラバンの警戒した眼差しでこちらをにらみつけてくる。ジズは邪魔なジャケットも脱ぎ捨てて、シャツのボタンを全て開け放ちながら言った。
中に着込んでいたのはどこかの国の民族衣装のような袖のない衣服。
「君には用はない。君の姉さまを買って体を診てやるのさ。疾患があるんじゃないか、って心配した人がいたからね」
羽織られたワイシャツの裏に仕込まれた大量の注射器と手術具。それを目にしたラバンが一瞬顔を引きつらせた。その目に宿るのは不信感。
それはそうだ、どれも人を傷つけることもできる道具だからな。だから、ジズは努めて優しく語りかけた。
「なあ、君は姉さまを助けたいんだろ?だったらさ、俺に全部任せてくれない?」
「信用できるとでも?」
「してもらわないことにはねぇ…。じゃあどうしたら信用してくれるのかな?」
問い返すジズだが、話すだけ無駄だと感じたのだろう、ラバンは踵を返して廊下の奥に進もうとする。
「ずっと」
「…」
「ずっと君の目的がわからなかった。なんでこの会場を襲う賊と一緒にいたのか。魔法陣を書いて人を呪おうとしたのか」
でもね、今わかった。姉さまとやらのためなんだね。
ジズはラバンの背中に語りかける。すると、ラバンは首だけ巡らせてジズを見た。
「貴方は勘違いをしています。まず、俺は賊と一緒にいたのではなく、俺が賊と一緒にいたのですよ」
「へぇ、君がこの騒ぎを起こした元凶なのか。少し以外だな、アルトが相手してる奴の方が頭目かと思ったよ。不死族だったようだしね。…じゃあ魔法陣を書いたのは君かい?」
「ええ、彼が種をまいて俺が魔法で瘴気を作るんです。不死族の兵士を呼ぶためにね…」
バレないように魔力を極限まで抑えるのは大変でした。そちらには化け物じみた感知能力のやつがいるからね。
ラバンはどこか楽しそうに言った。
「なるほど…。さて、結構おしゃべりしたんだけど、まだおれを信用できないかな?」
ジズもおどけて返す。
「できませんね、貴方がその武装をといて俺の邪魔を一切しないという意思表示がないと」
「君の目的も知らないのに邪魔しないことが条件というのはおかしな話だ」
「それじゃあ、貴方はここでしばらくお遊びください」
言うや否やラバンの周りに魔法陣が浮かび上がった。どうやら紙に描いたものをストックしていたらしい。その魔法陣の中から出てきたのは大量のグール。
ラバンはそれを確認すると廊下を走り去り、舞台裏へと消えていった。
「全く、邪魔だよ!≪メス・コーホル(手術刀ノ弾丸)≫」
グールは動物型と人型がいるが、どちらも急所はグールに変化する前の種族と同様の場所になる。医者をやっているジズは生物の急所を寸分の狂いもないぐらい熟知していた。前もって浮かせていたメスたちの一撃で一瞬にして彼らを葬り去ったジズはすぐさまラバンを追った。
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