第28話:廊下の刺客②

女の言にレインが楽しそうに唇を舐めた瞬間、突然オークション会場の方から濃密な魔力の気配を感じた。続いて聞こえた破壊音、つんざくような悲鳴、それらが表すのは異常事態だ。きっと何かあったに違いない。


レインは唐突に表情を消した。好戦的な笑みも喜色の双眸も。不気味なくらい表情の消えた顔でレインは首を傾げながら口を開いた。


「少し遊んであげようと思ったけど、事情が変わった。お姉さんに構ってる暇なくなっちゃったみたいなんだ。だから、どいて?」


「いやだ、と言ったら?」


「だめ、君に拒否権はないよ?僕の言うことに意見して良いのはアルトだけ、わかる?君は僕に意見する立場にないの…」


レインはあくまで無表情で無機質な声で淡々と言う。いつもの天真爛漫なレインからは想像できない姿だ。


それでも女は微動だにしない。


「情報通り、相当壊れてるわね、貴方の常識」


「じょーしき?」


「貴方の行動原理、存在理由、その全てが兄であるアルトのため。アルトのためならどんなに非道なことでも躊躇なく行うって…狂ってるわ」


レインは女の言葉の意味がわからなかったようで、不思議な顔をして女を見た。


「当たり前でしょ?僕はアルトが大好きだもん。アルトが嬉しいなら僕もすごく嬉しいし、アルトが苦しいなら僕も苦しい。僕はアルトに苦しんで欲しくないんだ、だからアルトのためならなんでもするよ?」


アルトが望むなら、神にだって逆らってやる。


ここでようやくレインの双眸に光が戻ってきた。しかし、その光は理性的なものからは程遠い。

そう、例えるならば狂気…。


「ねぇ、お姉さん。僕、お姉さんのこと許せなくなっちゃった。だってさぁ、誰の許可得てアルトの名前呼び捨てにしてんの?僕のアルトだよ?僕とアルトが認めた存在でもないくせにさ…」


…決めた、君でたっぷり遊んであげるよ。出ておいで、≪ファーメ・ベスティア(飢餓ノ獣)≫。


レインがポツリと呟くように言うと、彼の背後に壊れかけたファスナーが現れる。それがジジジと不気味な音を立てて開いたかと思うと、その奥に現れた漆黒の空間から継ぎ接ぎだらけのぬいぐるみが飛び出してきた。その大きさはレインとほぼ同じ、その手に持っていた長大な鎌を取ったレインは突然ニヤリと笑いだす。


「んふふ…♪ああ、お姉さん。すっごく美味しそう」


唇を舐めた舌から唾液が一筋。


「たっくさん楽しませてね?」


言うや否や、レインが鎌を大きく薙ぎ払った。その斬撃に無詠唱で乗せられた鎌鼬が女に襲いかかる。しかし、そこは彼女も暗殺専門ギルドの所属、鎌鼬の軌道を読んで身をさばき、長い足をレインの胴めがけて容赦なく振り抜く。


しかし、レインはそれを一歩下がるのみでかわすと、今度は足を狙って鎌を振り抜く。女はそれをジャンプしてかわした、その瞬間、


≪捕まエタ…♪≫


背後から突然現れたぬいぐるみに女は羽交い締めにされてしまう。女がぬいぐるみを振り向くと、糸に縫い止められていた口がブチブチと糸を千切りながら開き、ナイフのように尖った鋭い歯がびっしりとはえたそれで噛みついてきた。


女は一瞬顔を歪めたが、次の瞬間煙のようにぬいぐるみの腕から姿を消した。


≪あレれ?≫


ぬいぐるみが首を傾げる。レインはすぐさま袖口から先程失敬したナイフを取り出すと、気配の現れた方向に振り向き様にナイフを投げた。


が、キィンと小気味の良い音を立ててナイフが弾かれる。女のスーツの下に隠されていた手甲にはどうも鉄板が仕込まれていたらしい。


「チョロチョロ逃げないでよ、めんどくさいなぁ」


レインは風魔法で鎌鼬を刃にのせながら女に攻撃を仕掛ける。女はどうやら格闘術に優れているようで、素早い身のこなしでレインの一撃を正確にかわしきっていた。


その度に壁に無数の穴が穿たれていく。


レインの鎌の攻撃はアルトの細剣と違って大振りのため、攻撃後のタイムラグがどうしても発生する。しかし、その合間に例のぬいぐるみがあの手この手で女に襲いかかってきた。手からはいつの間にかナイフがはえており、女の喉元目掛けて跳んでくるのだ。


「ほんっと、規格外の力よね。これは依頼主に報酬上乗せさせないと、割りに合わないわ」


「ねぇねぇ!逃げてばっかじゃおもしろくないよ!もっと楽しませてってば」


「もう、こんな戦闘狂の相手なんかマトモにしていられるものですか」


女はそう言うと再びからだを煙のように溶かして空間に消えた。


「かくれんぼかぁ…♪なかなか遊びがいのあるお姉さんだね」


≪ネェ?≫


レインとぬいぐるみは顔を見合わせるとニヤリと笑う。


「よし、探して殺してあげようか♪」


≪殺しテアゲようね♪≫


物騒な言葉を吐きながらレインは感知を強めていく。あの女性は魔力がなかった。恐らく姿を消したのは魔法具の力によるものだろう。ならばその気配を辿れば簡単だ。


レインは魔法具の気配を追う。色で魔力を見分けられるレインは、それが物が発するものなのかそうでないかもわかるのだ。すぐに探り当てたレインは口を三日月型に歪めた。


それは会場とは反対側に続く廊下の奥からした。考えられることはいくつか。


まず、敵わないと悟って逃げたか。暗殺ギルドの連中は命のやり取りを仕事にしているため、危険には敏感な上に引き際も誤らない。


それか、外に誘い出そうとしているか。狭い空間が戦いにくい戦闘スタイルをする可能性もある。


または、逃げ道を塞ぐために出入口を破壊しようとしているか。


「ふぅーん、どれもあり得る話だけど、出入口を破壊されるのは困るなぁ…。≪ベスティア≫、適当に遊んどいて」


レインはこのまま女を野放しにしていいものか迷ったが、会場内のアルトが心配なのでぬいぐるみを放って対処させることにした。


「全身、食い荒らしておいで…♪骨も残さずに、ね?」


≪はァい≫


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