第26話:突然の襲撃②
シャホルの言葉にラバンはそう返すと、シャホルの影に再び身を沈めていく。
「≪メス・コーホル(手術刀ノ弾丸)≫」
すかさず動いたジズがラバンに大量の手術刀を投下する。が、若干着弾が遅く、ラバンの頬を掠めるのみ。ラバンはそのまま影に沈み、姿を消した。
「おしい。…でも、もう逃さない。追うよ、≪スピン(蜘蛛)≫」
ジズが言うと床に突き刺さっていた手術刀がグニャリと形を変え、無数の蜘蛛になって会場中に散る。あまりの気味の悪さに気を失った人間が何十人もいたのは気にしないことにする。
「チッ!ラバンの邪魔するんじゃねぇ!」
「それはこちらのセリフだ」
ジズを追おうとするシャホルの腕をアルトが容赦なく切り落とす。シャホルは少し驚いた表情をしたが、すぐに腕を拾い上げて傷口に押しつけた。
「本気でやり合ってみたかった、そう言ったのはお前だろう?よもや逃げるということはあるまいな?」
「生意気に吠えるんじゃねぇよ、ガキが…」
「ただ吠えてるガキかどうか、その目で見て判断するんだな」
アルトは言いつつ、一度客の固まる場所までさがると、彼らに音の結界を施した。強度はそれほど強くないが、結界自体が細やかな振動を発するので触れたモノは容赦なく吹き飛ばすことができる。
「ほお、そんなこともできるのか。便利な奴だな」
「こうでもしないと、『俺の攻撃』をまともにくらってしまうからな。さっさと終わらせるぞ」
アルトはサーベルをおろすと、喉を一撫でしてから息を吸った。そして、次の瞬間発せられたのは優しい声色で紡がれる聖歌だ。
ただし、ただの聖歌ではない。音遣いたるアルトの声は時に暴力的なまでの武器ともなりうる。
≪主よ、どうかお導きください。
貴方の御言葉を信ずる者たちに幸福をお運びください。
ああ、どうか真実の光で我らに慈悲をお与えください。貴方の御心を知る賢者に知己をお与えください…。≫
アルトは声を作る器官の振動を最大にし、さらに会場の全ての音に無理矢理共鳴させた。カタカタと音を立てて砕けるワイングラス。会場中に反射した音波をあらゆるものと共鳴させ、鼓膜を激しく揺さぶる振動を生み出す。
術者であるアルトはともかくシャホルはたまらない。不死族が死に至ることは稀であるが、痛みや苦しみを感じない連中はごくわずかだ。死ぬことなく永遠に味わう苦行はある意味地獄だろう。
会場全体が共振を起こし地震のように揺れる。無限に湧き出てくるスケルトンやグールは共振により粉々に砕かれる。アルトは続けながらシャホルに近づき、魔封じの魔法具を発動させて投げつけた。
が―。
「なめるんじゃねえよっ!!」
シャホルは苦悶の表情のまま魔法具を大剣で真っ二つに切り裂いたのだ。驚き歌うことを中断したアルトをシャホルは見逃さない。
共振が止んだ会場に再び激震が走る。シャホルの振り抜いた大剣が床を突き抜いて発生した揺れだ。
「歌はてめぇの奥の手らしいな。喉を酷使するし、そんなに長いこと使ってられねぇんだろ?それを封じちまえばお前は無力ってな。」
「それで、勝ったつもり、か?」
発光する喉を押さえダミ声で言うアルト。
確かにシャホルの言う通りなのだ、歌は喉を酷使する。そのうえ、共鳴を起こすほど無理矢理音をいじった。喉には多きな負担をかける。
「強がるんじゃねぇよ、人間」
シャホルの大剣が勢いよく振るわれる。アルトは苦しそうに息をしながら身をさばいてそれをかわす。その過程で徐々に後ろへ後ろへと下がっていた。
「おらおら!!避けてばっかじゃ楽しくねぇぞ!」
楽しそうに大剣を振り回しながらシャホルはアルトを追い詰めていく。壁際までやって来たアルトは喉に手を当てたまま舌打ちをした。
「そら、追い詰めたぞ?どうする?」
シャホルはアルトに大剣を突きつけて聴く。すると、アルトはそこでふっと笑うと相変わらず掠れた声で淡々と言った。
「…どうにもせんぞ、俺は」
「は?」
言うや否や、突然轟音と共にシャホルの上に会場を照らしていたシャンデリアが落下した。
「何年魔導師やってると思っている?自分の能力の底なぞ自分が一番知っている」
そう口にしたアルトの声はどこまでも澄んだきれいなものだった。
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