第22話:地下会場内




オークション開始まで、奴隷以外の出品物に関しては展示されていた。アルトはそれを見ながら周りの参加者たちの会話を聞いていた。


展示されている宝物が目的の者はショーケースの中にある金銀財宝を舐めるように見ている。それらに目もくれず話している者たちは奴隷目的の者が多いようだ。


「見たまえよ、このラピスラズリ。ここに透けている魔法陣は宮廷魔導師のものだ。加護付きの宝石ならば、魔法具を作って私たちでも疑似魔法を使えるぞ…」


「いや、自分はあの古文書がいいな。魔法陣も書かれているし、ひょっとしたら疑似魔法どころか本物の魔法が使えるようになるやもしれん」


「おお、それで宮廷魔導師を目指す手もありますな…」


「そんなことより、今回はテレスディア卿がとんでもない稀少種を出品するそうだ。どの種族だろうなぁ、どんなに美しいだろうか」


人間の欲はとどまるところを知らない。無い物ねだりでなんでも欲しがり、手に入れるためにはなんでもする。その最たる手段が金であり、このオークションなのである。


―手に入れればさらに欲しがる。ここまでくると、本能と言うより病気だな。


金でなんでも買えると思っているのだろうか?だとしたら、それはとんでもない思い違いだ。


―貴族も堕ちたものだな…。


アルトは話を弾ませる彼らを軽蔑する気持ちをかくすためショーケースの中の商品に目を向けた。

どれも一級品だが、残念ながらアルトの目に留まるものはなかった。


すると、そこにレインが戻ってきた。手にはグラスが二つあって赤紫の液体が並々と注がれている。


「ジュースだよ、カクテルのシロップを炭酸水で割ってもらったんだ。なかなか美味しいからアルトも飲んでみなよ」


場所の雰囲気的にワインかと思ったが、違ったらしい。二人とも飲めないわけではないが、調査の要となる仕事の最中、こんなことで失敗は避けたい。普段だったら嬉々として料理とワインにありつくレインも今日は大人しいものだ。


「タテハは?」


「この会場全体の間取りを見てる」


レインの返事にアルトはジュースを口にしながらそうか、と切り返す。


タテハの視覚情報は彼の主につながっている。なるべく多くの情報を主を通してギルドに伝えるための別行動なのだろう。


「そういえば、彼は来られるのかなー」


「さあな」


レインが首を傾げる。彼とはジズのことだろう。特にまだ連絡はないため、よくわからない。まあ、来ても来なくてもやることは変わらない。


「まあいっか。それよりいいものあった?」


「俺の目から見た限りはないな。レインは?」


「分解して色んなものの素材にするならどれもいいかなー。大きな声では言えないけど、どれもそのままじゃ使えなさそう」


レインの言にアルトも同意した。

疑似魔法なんて使えても仕方ないかららあのラピスラズリは必要ない。古文書に書かれていたのは手品に使えるぐらいの魔法しかないから必要ない。


例えば、ラピスラズリを≪白烏≫へと持ち帰り、刻まれた魔法陣を評議員の誰かに上書きしてもらえれば使えるようにもなるだろう。しかし、別にあの石でなくともできるため、ここで無理して購入するものではない。

そう考えるとどれも買う必要性はそれほどないのだ。


二人が話していると、ふいにショーケースの近くにいた男がこちらに近づいてきた。なかなか体格がよく武芸をたしなんでいそうな風体だ。


「…レイン」


「うん、こっち来るね」


二人は気取られないように警戒レベルを少しあげ、近づいてきた男に向き直った。


「こんばんは、紫紺の髪のお兄さんたち。貴方たちは何を求めて?」


優しい声色、だが聞いたことのないものだ。レインの方は警戒レベルをもう一段階あげてアルトの後ろに隠れながら男の様子を伺う。


「これは失礼、初めて見る姿だから気になりまして」


男が言うのでアルトは人当りのいい笑みを浮かべて首を左右に振った。


「こちらこそ、失礼いたしました。弟は人見知りなものでして」


「ああ、弟さんなんですか。そう言われてみれば、髪色そっくりですね」


「ええ、父も母も偶然同じ髪色でしたから」


アルトはさらりと嘘も言いながら男の出方を探る。レインも仮面の下からじっと男を見つめていた。


「それで?お兄さんたちは何をお求めで?」


「主の命により、テレスディア卿の秘蔵っ子を見に参りました。…貴方は?」


アルトは少し声を低くして聞き返した。

ぴりりと一瞬だけ男から感じた殺気。目つきは変わらないが、最奥に冷たい光が宿っていた。


レインはこっそりと後ろの机にあるフルーツバスケットからナイフを抜き取り、密かに袖口に隠した。護身用だ。


魔法で隠している大鎌を取り出すためには魔力が必要だ。こんなところで魔法を使って野良認定されるのはごめんこうむりたい。


「まあ、僕も似たようなものです。ところで君たちの主とは一体誰かな?」


「…身元の詮索はなしでしょう?私たちの主を知りたいのなら、貴方が先に名乗るのが道理です」


アルトが仮面の下から男を睨む。男はフッと笑うと、これは参りましたなぁ、と困ったように言う。


「貴方は主にしっかり教育されているようですね。とても気に入りました、これは是非とも貴方の主にお会いしたいものです。あ、僕はシャホル、君は?」


まさかこの切り返しでくるとは。アルトは少しだけ考えた。ここで名乗るべきか、名乗らないべきか。


その瞬間、突然会場の照明が薄暗くなった。アルトが顔をあげると、ステージとおぼしきところに出てきた男がマイクを持ってちょうど話し出そうとしているところだった。


「皆さま、大変お待たせ致しました。これよりテレスディア卿主宰のオークションを開催させていただきます。本日も素敵なラインナップでお届けいたします、どうか最後までご観覧のほどよろしくお願い申し上げます!」


「あ、あぁ!もう始まるのか、すまないね君たち、またあとで!」


すると、アルトに絡んできていた男が慌てて言いつつ、その場を離れていった。どうやら買いたいものがあるらしい。アルトとしては解放されて助かった。またあとで、と言われたが、ぶっちゃけ会いたくないので、その場を離れることにした。


「俺はオークションの品物を魔法具に記憶させる。レインは辺りの警戒を頼んだぞ」


「わかった、任せて!」


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