第21話:ギルドにて…



時は朝方にまで遡る。


ギルドの集落にある喫茶店≪ノクス≫には二人の来訪者がいた。





「どうやら、アルトたちは無事に潜入したようだな」


片や黒いマントを身につけ、手や足などに装身具をたんまりとつけた茶色の髪に青い目をもつ青年。


「いーなぁっ!ねぇヤカク、俺はどうしてもオークションで買いたい奴隷がいるんだ。行ってもいいかい?」


片や白いマントを身につけ、右の額から首すじにかけて蜘蛛の刺青をいれた灰白の髪に金色の目をもつ青年。


二人ともギルドのメンバーで、前者は人形師のロコ、後者は彼と組む凄腕の医者であるジズという。


通常任務と追加任務を終えた二人はジズの要望のため、一度ギルドのある集落に帰還していたのだ。


カウンター席に座った二人の前に立つヤカクはジズを見てからすぐに答えた。


「駄目に決まってるだろ。オークションの奴隷売買は違法、そのための調査なのにお前が違法な奴隷を買ってどうする」


ヤカクは煙管をふかしながらあくまでも淡々切り返す。


「でもさぁ!ワイトキングとエルフの混血だよ!?不死の一族と長寿の一族の混血なんて滅多に会えるものじゃないんだからさ!」


「でも、じゃねぇよ。冷静に考えろ、ジズ。だいたいお前は奴隷を買って何しようとしてるんだ?」


さらにジズが食いついてもヤカクは動じない。むしろ新たな問いまで返してくる。


「もちろん研きゅ…っ!」


そこで突然、それまで黙っていたロコがジズの口をふさいだ。ジズが何をする、と言わんばかりの目でロコを睨むが、ロコはため息をつきながらヤカクを見た。


「…愚問だな、ヤカク。そいつが病の疑いありだからに決まってるだろう」


「病…?会ってもないのになんでわかるんだよ」


ヤカクが怪訝そうにロコを見た。この青年はこう見えてかなりの修羅場を潜り抜けてきている。論破されることを警戒してかヤカクの目はかなり冷たかった。


ロコはそれに対して眠そうな目をしたまま続ける。


「考えてもみろ、エルフは元々≪聖の領域≫に住まう神に近い者たちだ。穢れを恐れて五十年前の大戦乱で奴隷兵士として連れ出されるまで、他と交わず純血を保ち続けた。そんな連中が≪地の国≫のワイトキングと交わった。聖の存在と地の存在とが交われば、どんな疾患が起きても不思議ではあるまい」


「…む、まあ、そうだな」


「いいのか?エルフを見殺しにしたとなれば、うるさい評議員もいるだろ?私が仲介しても構わないが、私はあくまでも評議員を退いた隠居の身だ。発言力はない」


「むむ…」


「『違法性のある奴隷だから買うこともできずに救えなかった、無念だ』なんてこと、万が一あったらどうしようと言うのだ?ならば、多少のリスクはあっても買った方がいい」


「むむむ…っ!」


警戒した通りだ。ロコの懸念も一理ある。

ギルドの評議員は全部で十人、そのなかに数人エルフがいるのだ。彼らの仲間に対する想いは大変強く、混血であってもエルフの血を引く者たちが関わっている仕事内容には相当敏感なのである。


「金はジズが出すのだからいいだろう?診察もジズならあのジジイどもも文句言うまい。万が一にでも可能性があるならば、早急に動くべきだと私は思うがな」


さあ、どうする?


どこか挑戦的な口調。眠そうな目の最奥は鋭い眼光が宿っていた。決断は迫るが、有無は言わさぬ雰囲気だ。


これにはヤカクも折れるしかなかった。


「あー!!もう!!わーったよ、完敗だ。許可する、俺の首かけてな」


「ほ、本当かい!?」


ジズの目が輝く。本当は許可したくないに決まってるだろ、と口にしながら、ヤカクは頷いた。


「その代わり、言ったからには何がなんでも買えよ。どんな手を使ってもな」


「ほう、その言葉忘れるなよヤカク」


ロコは楽しそうに笑うと、目の前に置かれたグラスのラムネを飲み干しながら言った。


「わーってるって!あんたも俺みたいな若造に対して大人げないなぁ」


「ふん、これぐらい当然だろう?評議員の一人なのに甘ったれるな」


さてと、行くぞジズ。日が暮れる前に会場へ着かねば。






ヤカクは二人の背を見送りながらため息をついた。


「はぁ、やれやれ。上手く乗せられた気分だ」


疾患の可能性はゼロではないとはいえ、ジズの目的が買った奴隷の治療でないことぐらいヤカクにもわかる。しかし、疾患がない確証もない。

違法とはいえ、オークションの商品である奴隷を買うことなく勝手に治療をすることはできない。


よって、ヤカクには頷くことしかできないのだ。

胃の痛い決断に彼は疲れたような表情をしながら食器を洗い出したのだった。






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